第378話 逆神大吾の「えっ!? ここが最前線!? 聞いてねぇんだけ……やります!」 監獄ダンジョン・カルケル 第11層

 監獄ダンジョン・カルケル。

 現在、探索員協会側にとって重要な地点が3つある。


 まず、川端一真監察官が5番と交戦中の中央制御室。

 次に、防衛部隊がやって来る予定の【稀有転移黒石ブラックストーン】座標ポイント。


 最後の1つは当然、第11層にある異界の門。

 なお、第11層にはまだ探索員協会サイドの人間は到着していない。


「うげぇぇぇぇぇっ!? いてぇ! なんか急に揺れたと思ったら、ベッドから落ちた!! なんだよ! オレ、さっき寝入ったとこなのに!!」


 逆神大吾。

 この男を除いては。


 彼は懲罰房にいた。

 状況がさっぱり呑み込めていないため、すぐにサーベイランスに助けを求めた。


「おおおい! 福田さん、福田さぁん!! 地震だよ! やべーよ! 避難させてくれ!! ここ深いじゃん! あぶねぇじゃん! あと不快じゃん!! おっ、我ながらうめぇ!!」


 いつもなら秒で返事をしてくれる福田弘道Aランク探索員が、今日は10秒経っても30秒経っても、1分経っても何も言わない。

 その事実は、大吾の不安を増大させた。


「ちょっとぉぉぉ!? オレ、オレどうなってんのぉ!? なにこれ!? これが来るべき時ってヤツ!? 待ってよ、オレ何の準備もしてねぇよ!? 福田さぁん!!」


 福田が沈黙を貫いているのには理由があった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらは日本探索員協会本部。

 オペレーターの福田に待ったをかけているのは、五楼京華上級監察官。


「これは私のミスだ。どうして南雲の言うように、逆神六駆を第11層に配置しなかったのだ。どうかしていた……私は……」

「し、仕方がありませんよ! 大吾さんに対するアレルギーですから!!」


 五楼京華。

 当初の計画では「異界の門の守護は逆神六駆」とされていた計画書を「痴れ者を少しでも地上から遠ざけたい」と言う彼女の個人的な感情で、「大吾を地下に叩き込め」と修正していた。


 結果的に見れば確かに珍しく五楼の失策ではあるが、その失策を誘発させたのは逆神大吾の存在であり、その吐き捨てられたガムを推挙したのは逆神六駆。

 結局、逆神家を使うと言う事に痛みが伴う現実を今回もまさに痛感する五楼と南雲だった。


「五楼上級監察官。いかがしましょうか? 意見具申が許されるならば、大吾さんをこのまま遊ばせておくのはもったいないかと思われます」

「福田くんの言う通りだ。五楼さん、決断しましょう」



「よ、よせ!! あの痴れ者を最前線に送り込むと言うのか!? 落ち付け! ならば、私が出る!! だからあの痴れ者は首に仕掛けた爆薬で爆殺しろ!!」

「落ち着いて下さい! 逆神くんが現着していないので『ゲート』は使えませんし、そんな物騒なギミックは大吾さんの首に付いていませんよ!!」



 五楼は正気に戻った。

 「今、私がすべき使命はなんだ」と自分に問う。


 「黒歴史をこの世から消そう」が「アトミルカの殲滅」に8対2くらいで勝っていたが、少数派の正義の心がどうにか辛勝を収める。


「……止むを得ん! 痴れ者を解放しろ!!」

「よし、福田くん。回線を繋いでくれ。指示は私が出す」

「かしこまりました。逆神大吾さんのサーベイランスを起動します」


 この決断ののち、五楼京華は「ちょっと胃薬飲んで来る」と言い残して一時席を立った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ステルスサーベイランスがステルスの皮を脱ぎ捨て、サーベイランスとなって飛び上がる。

 それを「よし来たぁ!!」と飛び上がって歓迎したのが逆神大吾。


『大吾さん、聞こえますか? こちらは南雲です』

「おおお! 南雲さぁん! いやー! マジでちびっちまうとこでしたわー! 超揺れてるし、なんか騒がしいし、誰も相手してくれねぇし! ズボン濡らすだけで済んで良かったー!!」


 それ以上の事態があるのだろうか。

 この男にはそれがありそうだから恐ろしい。


『現在の状況はお分かりですね?』

「おおっ! 海中からガメラが飛び出して来たんだろ!?」



 この後、15分かけて南雲が大吾に事態を理解させた。

 なお、使われた経費は15000円である。



『と言う訳で、今のところ息子の逆神くんがそちらに向かっていますが、それでは遅すぎるかもしれません。そこで、あなたに異界の門の守護をお願いしたい』

「なるほどなー。まあ、10万円も追加で貰えるんじゃあ、そのチャンスを逃す手はねぇっすわ! よっしゃ、この大吾さんに任せとき!!」


 彼の命はいつも10万円の価値しかないらしい。


『サーベイランスで懲罰房を開門させます。その次に手錠を破壊させますので、そこからは大吾さんのスキルが頼みの綱です』

「……あのぉ。武器とかってないんですかねぇ? いえね、オレもやる時はやる男なんですけどぉ。ほら、得物も持たずに何人いるか分からない最前線に出て行くのはやべーって言うか。ね? 色々と危ないじゃないですかぁ?」



『大吾さん。こちら、福田です。ベッドの脇に金属反応があります。そちらを使用して、お得意の逆神流剣術を使われるのはいかがでしょうか?』

「おっ! マジだ! こりゃあ立派なスプーンだ!! おっ、フォークもあった!! ……って、オレは今からスパゲッティ食うんじゃねぇんだよぉ!!」



 大吾渾身のノリツッコミに反応する者はいなかった。

 それでだいたい事情を察した彼は、無言でフォークとスプーンを持つ。


「おっしゃあ! 男、逆神大吾! 10万円の大勝負じゃい!! 大丈夫だ! 煌気オーラ刀出しちまえば、得物なんて柄があるだけで充分ってもんよ!!」


 協会本部では南雲が「人命をこのように金銭で操って良いのだろうか」と、六駆で麻痺していた常識が一時帰宅してきたのでその相手に苦心していた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 逆神大吾、出陣。

 懲罰房は第11層の制御室の脇にあり、その隣にはデンと異界の門が構えていると言う好立地。


「お、誰かと思えばクレイジーなジャパニーズじゃねぇか! お前さんもアトミルカの勝ち馬に乗る事にしたのか?」

「まさか、こんなところまで落ちた我々にもチャンスが巡って来るとはな」


 彼らは大吾と同じ房に入っていた、ディーンとパトリック。

 残念なことに、アトミルカによって勧誘が成された後だったようだ。


「ああ! こんな美味しい話はねぇもんな! よし、今からオレたちゃブラザーだ!!」


 そう言って二人の背中を押した大吾は、両手に持ったフォークとスプーンに煌気を込めた。


「おらぁ!! 『煌気極光剣グランブレード』!! くたばれ犯罪者め!! 二刀流!! 『断罪だんざい十文字斬じゅうもんじぎり』!!」


 逆神大吾の全盛期には、木の枝を握ればそれが名刀になるほどの使い勝手の良いスキルだった『煌気極光剣グランブレード』だが、今では刃渡り10センチ程度の長さしかない。

 だが、丸腰でまだ手錠を付けているディーンとパトリックを相手にするにはそれで充分。


「へへっ。わりぃな! アトミルカってのは、10万円くれねぇだろ!? てめぇらの敗因はハッキリしてるぜ! 欲に目がくらんだ事だぁ!!」



 お前がそれを言うのか。



 騒ぎを聞きつけて、刑務官のモリーナ・ザクダッシュが駆けつけて来た。

 彼は大吾の肩を叩いて「お前、そんなに強かったのか!!」と褒める。


 続けて彼は言った。


「私はアトミルカ構成員。ナンバー19だ。どうだ? アトミルカに加わらないか? 今なら、そうだな。1万ドルは確約できるぞ」

「だらっしゃあぁぁい!! 二刀流!! 『七連両平突しちれんりょうひらづき』!!」


 魅力的な誘いを口頭で断る代わりに、剣を振るう大吾。

 正義の心に目覚めたのか。



「ドルとかわけ分かんねぇ通貨出して来やがって! パチンコ屋のサンドにドルって入らねぇだろ? おおん!?」



 逆神大吾が1万ドルの価値について知る事になるのは、これよりはるか先の未来である。

 よって、アトミルカの勧誘が外国通貨である以上、彼の心は揺るがない。

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