第571話 【カルケル局地戦・その6】木原芽衣、涙のおじ様救出作戦!! ~終始嫌そうな顔をしている探索員のアイドル~

 タイガー氏が距離を取れば前衛が不在になるため、ポッサムが距離を詰めて来る。

 犬のようで犬ではない少し犬っぽいポッサム。


 四足歩行で活動するこのワンコ、全ての脚力が煌気開放状態のタイガー氏に匹敵するフィジカルを持っており、夜中のバイト帰りに遭遇したら確実にギャン泣きするであろう恐怖を感じる速度で奇怪な動きをする。

 まずは大ジャンプ。


「むっ。いかんな。クララ! 対空迎撃を頼む! 莉子は追撃の用意だ! 私が防御を引き受ける!!」

「あいあいにゃー!! 『超電磁一矢レーザーアロー』!! にゃにゃー!!」


 ポッサム、どら猫さんのレーザーをギリギリのところで回避する。


「ムチ子! そのスキル、もう覚えた!!」

「うにゃー! ワンちゃんが強キャラみたいな事を言い出したぞなー!! あと変なあだ名付けられたにゃー!!」


 ポッサムはクルクルと回転しながら爪を伸ばす。

 普通のドーベルマンサイズでもクルクル縦回転されると怖いのに、ポッサムくんは体長が6メートル。


 もはや回転するだけで突風が吹きすさぶ。


「ぬぅっ!! 舐めるよ!! 『魔斧防壁ベルテウォルド』!! 莉子! 行けるか!?」

「うぅー! ワンちゃんかわいそうだけどぉー!! たぁぁぁっ!! 『苺剣いちごソード』!! 無刀流!! 『柄流つかながれ』!!」


「キャイィィン!!」

「ふぇぇぇ! ご、ごめんねっ!? 痛かったかなぁ!?」


 かわいそうと言う割には『苺光閃いちごこうせん』を撃たずに形質変化させた『苺剣いちごソード』を取り出したのち、それすらもフェイントにして剣をぶん投げる逆神流剣術を見せた莉子氏。


「……恐ろしい戦闘センスだ。もう10年。いや、5年修行を積めば、六駆を超えるかもしれんぞ。既に私では太刀打ちできんだろう」

「もぉぉ! 急に褒めるんですからぁ! バニングさんってばぁー!! あっ、でもでも!! 5年後はもうわたし、寿退職してますっ!! 子供も3人くらいいますっ!!」



 確定された哀しき人材流出。この世から結婚のシステムを消すしかもう手はない。



「クララ! あと何発レーザーは撃てる?」

「うにゃー。2発くらいですぞなー。他のスキル全部使わないって前提でですにゃー」


「そうか。使いどころに留意しよう。それからな、莉子が私の事を頑なに使って欲しくない方の名前で呼ぶのだが。どうすればいい?」

「にゃはー! タイガーさん! 諦めたら楽になるってあたしは知ってますにゃー!!」


 元アトミルカたちに俗世の欲をもたらしているのは8割がこちらのどら猫である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 重要任務に就いた芽衣ちゃん。

 ひっそりとデトモルトボールに接近中。


 彼女の煌気オーラコントロールは目を見張る腕前であり、ほとんど植物レベルにまで出力を押さえる事が可能。

 六駆くんでもそこまではできない。


 逃げまくっていたデビュー当時の副産物である。


「みみみっ。……おじ様が近づいて来たです。マジ勘弁です。どうやってあの球を割るかが問題です。近づきたくないです。……みみっ」


 既に涙目の芽衣ちゃん。

 彼女はどんなに過酷な状況に陥っても涙は見せない。

 それこそ、デビュー当時の彼女は「みみみみっ!」と鳴きまくってはいたが、涙を流すことはなかった。


 そんないつも頑張る探索員のアイドルが涙目で酷い目遭っている。

 こんな事が許されても良いのか。


「みみみっ。雷門さんの方が近いです。雷門さんはコンビニスイーツくれるから好きです。……みっ。……おじ様もコンビニスイーツくれたです。……じゃあ嫌いです」


 雷門監察官が何故か芽衣ちゃんに嫌われました。


 芽衣ちゃんジワジワ接近中。

 デトモルトボールとの距離は約200メートル。


 現在タイガー隊はポッサムに翻弄されているが、そこはタイガーさん。

 芽衣ちゃんの動きは瞳を動かさずに追いかけており、「これはそろそろこちらで陽動が必要か」と判断する。


「莉子。同時に遠距離攻撃を仕掛ける。いけるな?」

「はいっ!!」


 今回の任務では割とマジメに頑張っている莉子ちゃんは煌気オーラをチャージし始める。

 「小坂莉子が煌気オーラをたっぷり蓄える」と言う行為だけで初見の相手に対しては最高のけん制と最強の陽動になり得ると言う、たった1年で強さの最下層から最上位までワープした乙女はこちら。


 スカイツリーのエレベーターかな。


「まず私が仕掛ける」

「じゃあ、わたしは連撃でいきます!」

「うにゃー。超豪華だにゃー。それに対応してる敵さん、もしかしてヤバいにゃー?」


 どら猫さんも今日は閃きが多く、察しも良い。

 時刻はそろそろ深夜2時。

 夜行性の本領発揮か。


「ぬぅぅぅりゃあ!! 『魔斧ベルテ』! 『多重投擲魔斧デュアルトマホーク』!!!」

「あらあらぁ! 髭男が来るで、ポッサム!! そっちは任せるわ!!」

「任された! ババア!!」


 ポッサムがレーザーを吐く。

 どうやらクララパイセンのスキルを覚えた様子。


「よぉぉし!! ワンちゃんじゃなければ平気だもんっ!! ……わたしを女子大生って言ってくれた人!! 敬意をもって戦います!! 『拡散苺光閃かくさんいちごこうせん』!!」

「ええ……。なんやこれ。さっきのヤツが2、4、6……。ええ……。9股に分裂しとるやん。これは『蒼羽ニーラー』使わな。ポッサム、おばちゃんの後ろにおいで!! おおお! 30くらい消えたで! いやー! あの子すごいわー。おばちゃんビックリ!」


 相変わらず効果打消し系能力の中で異彩を放つペヒペヒエスのイドクロア装備。

 だが、本来の陽動としての役割は充分に果たされた。


「み゛み゛っ。完全に今が好機になってしまったです……。みぃぃぃ。嫌です。けど、頑張るって決めたです。……『分体身アバタミオル』です。みみみぃぃぃぃ……」


 しょんぼりしながらドッペルゲンガーを2体発現した芽衣ちゃん。

 ドッペルたちもなんだかしょんぼりしている。

 瞳の光がないのが基本仕様。


「みぃぃぃぃ。行くです。『瞬動しゅんどう二重ダブル』です。みぃぃぃぃん。『発破紅蓮拳ダイナマイトレッド』です。…………」


 デトモルトボールが2つ同時に爆音と共に吹き飛んだ。

 スキルはメンタル勝負。


 一見するとメンタルの状態は極めて悪いように思えるが「まぢむりです。みみっとか言ってらんねぇです」とやさぐれ、ダウナーの1点に集中した芽衣ちゃんのメンタル。

 実はこれまでで最も安定しており、失望モードの芽衣ちゃんが放った『発破紅蓮拳ダイナマイトレッド』は、本家のおじ様が放つ『ダイナマイト』の威力に匹敵していたと言う。



 その事実を彼女に伝えると無表情で酷い暴言を吐いてくる恐れがございます。

 紳士の諸君、淑女の諸姉。お控えください。



 ペヒペヒエスが自分のコレクションをぶっ飛ばされた事に気付く。


「ひどい事するでー。この子ら。まあ、ええんやけどね。データ、既にこっちに抜き取った後やし?」

「にゃん……だと……!? ズルいにゃー!! インチキ、インチキにゃー!!」


「ムチムチ女子! それはちゃうで! 使い終わったもんでも囮として再利用するのは生活の知恵や! 大根の葉っぱ捨てんとゴマ油とかでさっと炒めてみ? 飛ぶで?」

「た、確かにそうかもしれんにゃー!!」


 タイガーさんが右手に煌気オーラを集中させる。

 それに呼応して莉子ちゃんも煌気オーラを放出。


 データ採られたまま帰して堪るかと言う意思が共有されている。

 パイセンもそれを理解していたらしく、いつの間にか再び弓をサジタリウスに換装済み。


「にゃにゃー!! 最期の一滴まで煌気オーラ振り絞るぞなー!! 『超電磁重力一矢グラビティレーザー!!』 あ゛っ。スカートが……」

「やるやんか! ムチ子!! 重力付与は『蒼羽ニーラー』で避けても地面に反映されるもんな! ポッサム! すまんけど、攻撃受けてんか?」


「ババア! 嫌だ!!」

「帰ったらチョコフォンデュや!!」



「アォォォォォォォォン!!」

「くっ! 犬が邪魔だ!! 敵の位置を考えると……! 莉子、攻撃を中止!! 監察官たちは取り戻した! 最低条件はクリアだ!! 予想外の反撃の恐れがある!!」



 タイガー氏は無理な戦いをしない事も信条の1つ。

 デメリットをまず考え、リスク回避に徹する。


「ええ判断やな! 髭男!! けどな! おばちゃん普通に逃げるで? ポッサム! 走れぃ!!」

「ババア! オレ、足痺れてるのに! クソババア!!」


 ポッサムに跨ったペヒペヒエスは凄まじい速度で走り去って行く。

 ドノティダンジョンの向こうに予め転移石を設置しておいたのだ。


「ふぇぇ!? 速いよぉ!! 追いかけますか!? バニングさん!!」

「いや。やはり罠の可能性もある。深追いはさせられん。私はお前たちに怪我をさせる訳にもいかんのだ。分かってくれ」


 戦闘は終了。

 ペヒペヒエスとポッサムコンビは目的達成。


「み゛み゛み゛っ。みぃぃぃぃぃぃ……。……み。…………」


 なお、ピクピク動いている監察官たちを見て、芽衣ちゃんが見たことのないようなジト目をしながら、身震いしております。

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