第570話 【カルケル局地戦・その5】虎マスクVS紫の玉ねぎ ~横やり担当は苺の凶光~

 ペヒペヒエスが待ち構えるカルケル司令官室付近までは約700メートル程度。

 かなり距離が近く、お互いを視認する事も可能。


 ただしペヒペヒエスは袖の長いローブを羽織っており、両の掌を確認できない。

 戦いの歴史は勝利の歴史、マスクド・タイガー氏。ここは慎重に出る。


「2人とも。距離を確保した状態で援護を頼めるか。私が近接戦を担当しよう」

「わたしもいけますっ!!」


「いや、莉子。気持ちは嬉しいが、聞いてくれ。敵は明らかに我々を捕獲する手段を用意している。あれがいくつあるのか。既に監察官たちに使用してストックは切れていれば良し。だが、スキルの類で煌気オーラのある限り無尽蔵に発現された場合、私と莉子が同時に掴まると作戦行動が極めて危うくなる。……聞いているか?」

「あっ! ご、ごめんなさい! えへへへへへっ。なんだかですねぇ。バニングさんがちょっと六駆くんっぽいなぁって思っちゃって! 六駆くんは爽やか系だけど、おじさんになると渋い感じになるのもいいなぁーって!!」


 タイガー氏は「よし。ほとんど話を聞いていなかった事は分かった」と頷く。

 そしてキメ台詞をひとつまみ。



「私はタイガーだ」

「みみっ! 頑なにキャラを徹底する姿勢がステキです! みみみっ!!」


 この人は正義のマスク戦士。タイガーさんです。



「それから芽衣。頼みたい事がある」

「みみっ?」


「お前と伯父上の確執は知っているが。ここは煌気オーラ感知に長け、陽動スキルを保持している芽衣にしかできない。敢えて言う。監察官たちの救出を任せたい」

「みっ……みみっ……」


 芽衣ちゃんは少しだけ考える。

 考えたら口を開く。師匠の教えである。


「みみみっ。芽衣はおじ様の事を、何かの弾みで木星の衛星軌道上に転移しないかなとか、永久凍土の中に落ちないかなとか、眉間に莉子さんの『苺光閃いちごこうせん』刺さらないかなとか思ってるです。みみみっ」

「……蛇蝎の如く嫌っているではないか。やはりヤメておくか」


「みっ! けど芽衣は、探索員になれた事を今では良かったと思っているです! 師匠に鍛えてもらえて自分にちょっぴりだけど自身が付いたです! 莉子さんや小鳩さんと仲良しになれたです!! とっても楽しいのです!!」


 現在、クララパイセンがじっと芽衣ちゃんを見つめております。

 どら猫さんはかつて軍事要塞・デスター戦の際、雲谷陽介Aランク探索員に煌気オーラを使った聴力強化の運用を学んでおり、現在リモート盗聴中です。


 「あれ。あたし呼ばれてないにゃー」と思っております。


「みみっ。クララ先輩とは年が離れているのにたくさん遊びに行くお友達になれたです! 芽衣の1番楽しい時間なのです!」

「にゃ……にゃはー!!」


 歓喜のどら猫さん。親友が1人いればぼっちではない。

 少なくとも、職場では。


「みっ。だから芽衣は、そのきっかけをくれたおじ様を助けるです!! 限りなく消極的に助けるです!! みみぃ!!」

「すごいっ! 芽衣ちゃん、立派だよぉー!! えらい!! わたし、援護するねっ!!」


 芽衣ちゃんの頭を撫でる莉子リーダー。

 ちなみに莉子ちゃんが小柄であることは諸君もご存じの通り。


 夏休み中に協会本部の健康診断を受けたときの身長は157センチ。

 芽衣ちゃんは156センチ。現在もぐんぐん成長中。

 おわかりいただけただろうか。


 そろそろスタイルで勝てるところがなくなりつつある。


 タイガー氏が拳に煌気オーラを蓄え始める。

 それを見ていたペヒペヒエスも「しゃあないな!」と立ち上がった。


「では、手筈通り行くぞ。莉子は私と芽衣を逐次援護。芽衣は救出を最優先。莉子にばかり負担をかけて悪いが、あの大きな犬にも注意してくれ。私の見立てでは、あと数分でクララの重力場を打ち破りそうだ」


「まっかせてください!! 逆神流使いとして、頑張りますっ!!」

「みみっ! 芽衣も逆神流です!! みみみっ!!」

「ふっ。頼もしい限りだ。では、武運を!! ぬぅおぉおりゃあぁぁぁぁぁ!!」


 タイガー氏が煌気の足場を蹴りながらペヒペヒエスへと突進する。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 タイガー氏の十八番。

 拳に溜めた煌気を集約して撃ち抜く必殺拳で開戦の幕を上げる。


「御免! ご婦人とて、容赦はせんぞ!! 『一陣の拳ブラストナックル』!!」

「あらぁ! 強烈やんかぁ!! 『蒼羽ニーラー』が5枚も消えてもうたやん!! 髭の子、強いなぁ!! 名前教えてんか?」


 ペヒやんは大きく青い羽をローブの内側に仕込んでいた。

 こちら、デトモルト製のイドクロア装備。

 羽である。


 デトモルトの固有種である吸収属性を扱う怪鳥から採取した羽を加工して、物理攻撃、煌気オーラ攻撃の両方を装備者の代わりに引き受けてくれるチートアイテム。

 この世界の歴史を振り返れば結構存在する「相手の煌気オーラを吸収する」スキルや「相手の煌気オーラを回収して弾き返す」スキルとは異なり、ただ受けた攻撃を羽の等価交換によって償却する効果しかないが、シンプルに絞っているだけに威力はバツグン。


 全力ではないとは言え、タイガー氏の煌気オーラ7割で放ったスキルをなかった事にするのはかなりの脅威である。


「ふっ。いわゆる科学者タイプのスキル使いか……! そのような知り合いは、何人も心当たりがある!!」


 脳裏に浮かぶのは3番と4番。

 3番クリムト・ウェルスラーはアトミルカの罪を単身で背負い去って行った。

 4番ロブ・ヘムリッツは現在ピースに与しているが、タイガー氏はそれを知らない。


「お髭の男子ぃ! ちょい惜しいんやわ! おばちゃんな、スキルって使えへんねん!」

「ご婦人も嘘が下手なようだな。そのみなぎる煌気オーラは何に使う!! 『魔斧ベルテ』!!」


「おばちゃんの煌気オーラはねぇ! こう使うんやで!! 『生命錬成クリメイトル』!! おばちゃんに出来るのはな、これだけや!!」


 地面から泥の塊が人型に構築される。

 見たところ構築スキルと具現化スキルの併用のようだが、ペヒペヒエスは煌気クリメイトルをただ無機物に混ぜ込むだけで単純な生命体を産み出せる。


 こちら、デトモルト産の反則技である。


「たかが土人形!! 悪いが私もこの年まで遊んでいたわけではない!! ぬぅああ!!」

「あらぁ。髭男、それは負けフラグやんかー。あかんでー。外見で判断したら!」


 『魔斧ベルテ』が土人形に当たると衝突音を響かせ、バラバラに砕け散る。

 虚を突かれたタイガー氏だが、彼はすぐに距離を取った。


「莉子!!」

「はいっ!! たぁぁぁぁぁっ!! 『収束しゅうそく苺光閃いちごこうせん』!!」


 オォォンと獣の唸り声が響いたかと思えば、土人形が粉砕される。

 さすがの破壊力だが、撃った莉子ちゃんもタイガー氏も異変にすぐ気付く。


 土人形が時間にしてわずか2秒ほどではあるが、『苺光閃いちごこうせん』を堪えたのだ。


 これはかつてない事態。

 8割、下手をすれば9割の出力で放った苺色の悪夢が敵を一瞬で塗り潰さない。


「まあー!! とんでもない子がおるやん!! そっちのじょじ……。しょうがく……いやいや。……んんー。これ難しいでー。服装は大人やんなー? せや! 女子大生の子!! すごいやん!!」

「ふぇ!? わた、わたしですか!? 女子大生!? わたしですよね!?」



 必殺・年の功がさく裂。莉子ちゃんのハートをキャッチするペヒペヒエス。



 この生まれた完全な隙に飛来するのは、ピースのマスコット。

 頑丈にできたワンワン。ポッサムくんである。


「アオォオォォン!! ばばあ! 戻った! ポッサム、戻った!!」

「ええやん! ほな、火炎放射や! そのあと冷凍ビームや!!」


 先ほどの獣の唸り声は『苺光閃いちごこうせん』の発射音ではなく、普通にポッサムが鳴いただけであった。


「くっ! これは厄介だ! 中距離と遠距離を犬が、近づけばご婦人のスキルキャンセル……!! 私とかなり相性が悪いな」

「にゃにゃー!! ごめんぞなー! ワンコ逃げちゃったにゃー!! あと、さっき足開き過ぎてスカートの裾が破れたにゃー。スパッツのありがたみを実感にゃー!!」


 ポッサムとどら猫さんが戦線に復帰。

 こうなると柔軟な戦術が求められる。


 マスクド・タイガー隊の勝利条件は「監察官たちの解放」である。

 それを果たせば、ペヒペヒエスも目的を失い撤退するかと思われた。

 高い知能を持つ玉ねぎ頭はサンプルを失ってなお、敵地に留まる愚行は犯さないだろうと言うタイガー氏の評。と言うか少しだけ希望の混じった推測。


 この戦場のキーパーソンは木原芽衣Bランク探索員。

 おじ様救出ミッション、いざスタート。

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