第569話 【カルケル局地戦・その4】どら猫VS狂犬 ~久しぶりのクララパイセン戦闘回~

 小坂莉子Aランク探索員が2歩ほど踏み出した。

 3歩目を踏み出しそうになったところで、クララパイセンが羽交い絞めにする。


「ふわぁ!? な、なんですかぁ、クララ先輩!? ふぇぇ。頭が柔らかいものに埋まるよぉぉぉ……。うぐぅぅぅぅ……」

「落ち着くぞなー! 莉子ちゃんが最初に出ていくとまずいにゃー!! って、タイガーさんが言ってるにゃー!!」


「助かったぞ、クララ。私が莉子に触れると色々問題がありそうなのでな。莉子。聞いてくれるか」

「なんですか? バニングさんは六駆くんが認めている人なので基本言うこと聞きますっ!!」


「感謝する。そして私はマスクド・タイガー。現状、我々の最優先任務は敵の手中に落ちている監察官たちの救出だ。まず、あの球体の仕組みがさっぱり分からん。恐らくイドクロア装備だろうが、特性の分からんものに飛び込んでいくのは危険だ」

「けど、わたしなら一撃で破壊できますよ!!」



「莉子。お前は監察官たちを殺すつもりなのか?」


 覚醒莉子ちゃんがアリナさんと戦ったシーンを見ている男の言葉には重みがある。



 『デトモルトボール』も『苺光閃いちごこうせん』なら破壊できるだろうが、一定のダメージを受けると自動転移するプログラムが組み込まれているかもしれない。

 苺色の熱線でキメにかかった場合、木原、雷門の両名はその瞬間デトモルト行きが決まるかもしれない。

 かもしれない戦闘がタイガー氏のモットーの1つ。


 一騎当千の戦士。

 六駆くんほどバリエーション豊富で濃密なものはないにしろ、その経験してきた量はかの最強の男にも勝っているタイガー・ミンガイル。

 ここは危険察知を優先する。


「みみみみっ! 何か来るです!!」


 芽衣ちゃんが敵の接近に気付く。

 だが、莉子ちゃんとタイガー氏はすぐに反応できない。


「バァアァァァァウ!! 死なない程度に痛めつける!!」

「うにゃー!! でっかいワンコだにゃー!! ……ワンコかにゃ? なんかあたしが知ってる子とは違うぞなー?」


 ポッサム、お散歩の時間に突入。


 彼は煌気オーラを操れるが、基本的な構築物質は犬。

 つまり、動きを追うのに煌気オーラを頼ると非常に微弱な反応になるためこちらの対策が大きく遅れる。


 芽衣ちゃんは天然物の危機管理シミュレーション能力を保持。

 クララパイセンは野生の感によって、ポッサムの動きを看破した。


「みみぃー!!」

「アトミルカもかつてはモンスターを改造していたが……。これほどの魔改造はしていなかったぞ。動くな! 芽衣!! うおぉぉ!! 『大斧盾ベルテルド』!!」


 巨大な斧によるシールドが構築され、ポッサムは弾き飛ばされる。

 が、ワンコの習性を舐めてはいけない。


 ちょっと拒否されたら遊びに火が付くのがワンコのジャスティス。


「髭の男子、強い!! 髭男!!」


 すぐに後ろ足で地面を蹴って、体勢を立て直しながら再度突進してくるポッサム。


「まずいにゃー! ワンコが危険な省略を繰り出してきたにゃー!!」

「ふぇぇ。でも、ワンちゃんに攻撃するのかわいそうだよぉー!! 操られてるんじゃないのかなぁ?」


「みみみっ。この犬さん、核がないです! そういう生物として生まれて来たっぽいです!! タイガーさんの指示にお任せです!! みみっ!!」


 芽衣ちゃんの危機回避と煌気オーラ感知は優にSランクレベルに到達しており、脳筋タイプの莉子ちゃんとタイガー氏にはそこまで精度の高いサーチはできない。

 ミンスティラリアでスヤスヤ寝ている六駆くんならできたのだが、今回に限っては不参加で正解だったと思える件。



 間違って彼がコピーされたら非常に面倒な事になる。



「やむを得ん! 討伐するぞ!! ぬぅおおぉぉぉ!!」

「待ちや! ダンディ男子ぃ!!」


「ぬぅ!?」


 ペヒペヒエスはイドクロア装備の拡声器を口に当てて、タイガー隊に勧告する。

 一昨日の夜寝違えたせいで、大きい声出すと背中が痛いらしい。


「うちのポッサムな? 生まれてたったの数日なんやで? これからな? 楽しい事とか悲しい事とか、色々知るんやで? ええ? それを倒してしまうん? そんなんってないやんなぁ? 男子ぃ?」



 動物タイプの敵を前にして言っちゃダメな事を普通に言ってくるペヒペヒエス。



「バニングさん! ほらぁ! かわいそうですよぉ!!」

「いや、待て。莉子。これはお前たちに向けられた罠だ。お前たちは皆、若く心が優しい。だが落ち着け。敵を倒さねば、救えぬ命がある。戦場に出た後は己を、命を、仲間を守るためならば敵が誰であろうと情けをかけるなどご法度だ」


「ふぇぇ!? バニングさん、そんなぁ!! きっと仲良くなれますよぉ!!」

「ダメだ。お前たちを危険に晒すわけにはいかん」


「……アリナさんも悲しむと思うなぁ。あとで相談しよ」

「よし。分かった。どうにか対処を考えよう!!」


 タイガーさんの心の骨折させ方を熟知している心優しき乙女。

 とりあえずへし折ることに成功。


「あいあいにゃー!! ここはあたしにお任せにゃー!! 換装! 強弓サジタリウス!!」


 ここで飛び出したのはクララさん。

 ほとんどの人が忘れているであろう、初期装備に弓を換装してポッサムの前に立ちはだかる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 クララパイセンは足を大きく広げて腰を落とす。

 強弓サジタリウスは探索員協会のかなり古い教本に記載されている具現化武器。


 その威力は煌気オーラコントロールによって細かく調整が利くため、敵の無力化にはズバピタ。


「もぉぉ。クララ先輩がスカートなのにすっごく足開いてるよぉ……。ズルいですよね! さり気なくサービスシーンを作れるとか! わたし、ショートパンツから変更したいなぁ」

「みみみっ。莉子さんは健康な太ももです! 引き締まったお尻です!! みみみっ!!」


 いつものコメントが出たところで、パイセンは矢を射る。


「うにゃー!! 『グラビティアロー・強撃ブラスト』!!」

「この子、バカ!! 全然違う方向、攻撃した!!」


 天に向かって飛び続ける煌気オーラ矢は一定の高さに到達するとピタリと制止する。

 第二射をクララパイセンが放つ。


「にゃにゃー!! 『重ね天落矢デュアルレイ』!!」

「みみっ。見た事ないヤツです!!」


「にゃはー! 昔から使えたけど、南雲さんに銀弓作ってもらって出番なくなってたスキルだにゃー! ダンジョンで使うと天井に突き刺さるのにゃー!!」

「なるほど。それは使えんな。だが、面白い」


 上空に留まっていた重力属性の矢が強化された煌気オーラ矢と交わり幾重にも連なって降り注ぐ。

 ポッサムは全てを器用に避けるが、パイセンは自分のスキルで決着がつくと思い上がるような楽天家ではないのだ。


 大学の単位にしても「どうにかなるにゃー」とは考えず、「もうダメかもしれんにゃー」と悟った末に諦めている。

 この潔さは時に真価を発揮する。


「あれ? 体! 動かない!!」

「にゃっふっふー! これぞ、楠木秀秋監察官の直伝!! 『重力封殺陣じゅうりょくふうさつじん』だぞなー!! どやさー!!」


 実はパイセン、本部で訓練をするときも基本的にはソロ。

 監察官室のあるフロアで探索員は基本的に訓練をしないため、普通に目立つ。


 通りかかった監察官に片っ端から「良いスキル教えてくださいにゃー!」と甘えた声で鳴くのがこちらのどら猫さん。

 ぼっちを極めた彼女だが、コミュ力は高い。


 正しいコミュ力の運用法を知らないだけなのである。


 そのため、色々な監察官から教えてもらったスキルを習得している。

 それなのにあまり出番が回って来ない。


「おおー!! クララ先輩、すごいっ!! なんかカッコいいです!!」

「みみぃ!! クララ先輩は大事なとこで頼りになるです!!」

「見事だ。近頃は麻雀している姿しか見ていなかったが、時代によってはアトミルカのシングルナンバーにも入れる実力だぞ」


 クララスマイルで応じるパイセン。


「にゃはー!! どうもだぞなー!! けど、あたしは前座がぴったりな女子なのにゃー!! ワンコも割とすぐに動くぞなー!! この間に! あたしは良いから先に行ってにゃー!!」


 弓を引っ込めてスカートの裾を整えたパイセンは完全にアフターの表情。

 仕方がないので彼女を残して3人は前進する。


 なお、ずっと様子を見ていたペヒやん。


「あの子もええやん!! 東洋人なのにはち切れそうなスタイルやん!! あー。どないしよ? ダンディ男子は欲しいけどなー。ムチムチダイナマイト女子もええなぁ!!」


 脳内のお気に入り登録者が増加中である。

 犬を封じられても余裕の彼女。

 強いのか、強くないのか。戦うのか、戦わないのか。

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