第572話 【カルケル局地戦・その7】夜勤を終えたあとのスイーツは美味い!! ~マスクド・タイガー隊、撤収~

 戦闘自体は決着つかずの引き分けで終わったものの、ペヒペヒエスはガッツリデータをゲットして余裕の逃走。

 監察官たちの身柄こそ回収はできたが、カルケル局地戦を採点すると満点とは言い難い。


「莉子。サーベイランスを起動させてくれ」

「ふぇ? わたし持ってないですよ?」


「そうだったか。では、クララ」

「あたしも持ってないにゃー」


「……芽衣か。どちらか、声をかけて来てくれんか」

「ええー。芽衣ちゃん、あんなに嫌そうな顔してるのにですかぁ?」

「うにゃー。心の底から嫌悪感が湧き出てるにゃー。一部の病んだファンの人たちが大喜びしてそうな予感がするぞなー」


 タイガー氏は諦めて、自分で芽衣ちゃんの元へと向かった。


「芽衣。すまんが」

「みぃぃぃぃぃぃぃ……」



「なんでもない」


 マスクド・タイガーさんは優しい人です。



 結局彼は『ゲート』を潜ってミンスティラリアへ戻り、起動しているサーベイランスを抱えて再び門を抜けたのちカルケルの大地に便利な偵察メカを放った。

 『ゲート』に煌気オーラ出力を続けていたみつ子ばあちゃんの功績は大きい。

 なお、現在もおはぎを大量に生産中。


「こちらマスクド・タイガー。日本本部。応答願う」

『日本本部。こちらオペレーターの福田弘道Aランク探索員です。タイガーさん、お疲れさまでした。すぐ監察官にお繋ぎします』


 タイガー氏は「このオペレーターから仕事のデキる男の匂いがする」と思った。

 モニターが切り替わる。


『楠木です。タイガーさん、急な申し出でしたのにお引き受けいただき感謝しております。まずはご無事で何より。チーム莉子のメンバーも福田オペレーターが健康状態を確認済みです。大きな怪我もないようで、タイガーさんの手腕のおかげです』

「いえ。楠木殿。私は最低限の仕事をしただけ。功績を評価するのであれば、3人の若い戦士をお願いしたい。いずれも素晴らしい活躍でした」


 楠木監察官は「もちろんです」と答えた。


「こちらから、いくつかご報告がある。お耳に入れにくいものも。責任者だった私がかいつまんで説明申し上げる」


 タイガー氏は簡潔に要点だけを的確に抽出して出来事について語った。

 彼はアトミルカ時代、任務が終わる度にハナミズキの館でアリナさんに報告をしていたため、実質的な総指揮官だったにも関わらず報告任務も大得意。


『なるほど。生態データが……』

「申し訳ない。私の力不足が原因です」


『とんでもありません。タイガーさんは充分な仕事をしてくださいました。いくつ頭を下げても足りないと言うのに、あなたに謝罪して頂いてはボクの立つ瀬がありません。監察官のデータ強奪の全責任はこのボク、楠木秀秋が負います』

「ふっ。あなたは不器用なほどに誠実な方だな。指揮官としていささか欠点ではあるものの、貴殿のような男に率いられるのならば部下の士気は上がるだろう。今回の私もそうだった」


 最後にタイガー氏は敬礼した。

 楠木監察官もそれに応じる。


「うにゃー。いいですかにゃー?」


 クララパイセンは全て監察官と面識があるため、普通に会話に加わる事ができる。

 ぼっちとコミュ症が同時成立しない事を我々に教えてくれる、貴重などら猫。


『もちろんです。どうされましたか? 椎名さん』

「楠木さんが教えてくれたスキル、ついに活躍したんだにゃー!! ありがとだにゃー!! 楠木さんは優しいから声かけやすいぞなー!!」


 意外な報告に思わず表情を崩す楠木監察官。


『そうでしたか。ボクも嬉しいですね。近頃はうちの監察官室に若手がいませんので、有望な椎名さんにお声がけ頂けるのは光栄です。またいつでもいらしてください』

「にゃはー!!」


 バニン……タイガー氏と言い、アリナさんと言い、元アトミルカのメンバー、監察官たちと良好な関係を築いていくクララパイセン。

 年上キラーの可能性が浮上。


 同世代は友達がいないので、キラーされる方である。サイレントキラー。


「あとですにゃー!!」

『おやおや。まだありますか。はは。これは困りましたね。お聞きしましょう』



「木原さんと雷門さんが動きませんにゃー!!」

『……それは。……困りましたね』



 できればそれを先に聞きたかったと思う楠木監察官である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 現場には唯一の回復スキル持ちである莉子ちゃんが駆けつけており、『復水おちみず』による治療を試みていた。

 随分久しぶりに出て来るスキルのため、解説しよう。


 これは逆神流の基礎スキル。

 対象にぶっかけると軽微な体力の回復、傷の治癒効果がある。


 また、普通に飲み水としても使える上に、上空に放って熱を持つスキルと合わせて水蒸気を起こし目くらましに使ったりもする。

 まだ莉子ちゃんが手持ちスキルで創意工夫しながら戦っていた頃は出番があったものの、「苺ゴリ押しバーサーカー少女」になってからはご無沙汰である。


「ふぇぇ。どうしよ。なんか上手く発現しないよぉー」


 そして、術者の莉子ちゃんも煌気オーラの練り方を忘れていた。

 現在、ただの冷たい水が2人の監察官にぶっかけられている。

 ある意味では気付に違いないが、何も回復はしない。


「にゃはー。莉子ちゃんは煌気オーラのコントロールがまだ甘いって六駆くん言ってたぞなー! これはまた修行してもらった方がいいにゃー!」

「……はっ!! クララ先輩、さすがですっ!! わたし、先輩のそういう小賢しいところ! 大好き!!」


「まったく褒められてないにゃー! およよ? 芽衣ちゃん?」


 ジト目の極みを維持していた無言の女子高生。

 凄まじく嫌そうな顔のまま、拳を振りかぶった。


「……『発破紅蓮拳ダイナマイトレッド』!!」


 木原監察官が凄まじくぶっ飛んで、雷門監察官がやや飛んだ。


「あわわわ! め、芽衣ちゃん!? ダメだよぉ! まだ意識ないのに!!」

「う、うにゃー。芽衣ちゃんが、みみみっ! って言ってくれないとガチで怖いにゃー」


 「少女でもやはり女は恐ろしい」と小さくガクブルしていたタイガー氏が気付く。


「待て。今の一撃で何か飛び散ったな。これは……。私では分からん。楠木殿」

『分かりました。福田くん。解析を』


 飛散した黄色い液体。

 福田オペレーターがカタカタターンとやってから30秒。


『強い麻痺属性の煌気オーラを検出しました。どうもスライムのような物体が肉体を覆う事で効果を発揮する物のようです。お見事な対処です。木原Bランク探索員』

「……やりたくてやったんじゃないです。気分最悪です」


 芽衣ちゃま。「みみみっ」と言ってくれないか。


 それから意識の回復する兆しを見せた両監察官。

 タイガー隊は楠木監察官の指示を受けて、速やかに撤収する。


 芽衣ちゃんが何するか分からないからである。


 こうして、時間外労働は幕を閉じた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 門を潜るとおはぎが更に山ほど盛られており、みつ子ばあちゃんが出迎えた。


「あんたたち! よぉ頑張ったねぇ! おはぎ食べぇさん! お腹空いたやろうがね!!」

「おばあちゃん来たにゃー!! 食べるにゃー!! にゃはー!!」

「ふぇぇぇ。でも、こんな時間に食べたら体重が……! お腹ポッコリに……!!」



「なに言うちょるかね! 六駆はちぃと太ったくらいの子が好きやけぇ! 食べぇさん!!」

「ほえっ!? ……食べます!! えへへへへへっ。そっかぁー!!」



 なお、一般的にばあちゃんの言う「もう少し太れ!」は罠です。

 それでも勧められると食べてしまうのは正しい対応です。

 どうぞ、そのままちぃと太られてください。ばあちゃんの笑顔はプライスレス。


 しばらく殺意の波動を纏っていた芽衣ちゃんもいつの間にか穏やかな様子になり、「みみっ! 芽衣も食べていいです!?」と笑顔でテーブルに加わった。

 今回はクララ&芽衣の活躍が目立った任務。


 彼女たちの成長にはまだまだ伸びしろがありそうである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ふっ。若いと言うのは眩しいものだな」

「ほう。妾も肉体は若いが? さては、あまりの眩しさに目がくらんだか? バニング」


「ひっ!? あ、あああああ、アリナ様!? このような夜分に! いけませぬ!! 危ないではありませんか!!」

「言ったな? 妾は夜分に独り家に残され、随分と心細かったが? 危ないと分かっていながら、妾を置き去りにしたのか? んん?」


「い、いえ。今回は、その、のっぴきならない、事情が。あの……」

「バニング」


「はっ」

「妾はコートを脱ぐとな。あとは下着だけだ」



「はっ!? な、なにを……!?」

「今夜は長い夜になりそうだ。良いな? 2度目の逃走は許さぬぞ? ふふふっ」



 「隣の家から師の悲鳴が朝まで聞こえましたので、途中からヘッドホンを付けて音楽を聴いておりました。朝の薪割りにバニング様が来られなかったのは初めてです」とは、翌朝取材に応じたザール・スプリングの証言であった。

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