第255話 おじさんのモチベーション低下と現金の話 倭隈ダンジョン第6層

 倭隈ダンジョン第6層。

 クララの偵察は完璧であり、この階層にチーム莉子以外の煌気オーラ反応はなかった。


 六駆は煌気オーラ感知に苦手意識があるため、念のために山根にも確認してもらった。

 結果、この階層は空白地帯であると断定され、彼らはしばしの休息を取る。


「誰か、怪我してる人いるかな? 煌気オーラは足りてる? どっちも言ってくれたらすぐに対応するよ、僕!!」


「わたくしは大丈夫ですわ! で、でも、どうしても太ももを見せろと言うのならば、見せない事もないのですわよ!?」


 順調に小鳩がチーム莉子カラーに染まっていく。

 ちゃんと属性が被らない辺りにプロ意識を感じざるを得ない。


「あたしは全然余裕だにゃー」

「芽衣もです! みみみっ!!」

「わたしも余力たっぷりだよぉ!」


「……思ったんだけどね? この制圧作戦、僕って必要かな?」



 逆神六駆、とんでもない事実に気付くがそれは思っても口に出すな。



 最強の男、あまりの歯ごたえのなさにモチベーションを維持できなくなる。

 せめてサポートに意味を見出そうとするも空振りに終わる。


 諸君もお分かり頂けていることだろう。

 既にチーム莉子は誰を出しても、一騎当千とまではいかずとも、既にAランク探索員とそん色ない実力を持っている。


 もちろん、弱点はある。


 クララは距離を詰められると弱い。

 芽衣は煌気オーラ総量が少ない。

 小鳩は連携プレーに不慣れ。


 莉子は色々と手遅れ。


 だが、その弱点もこの4人が協力し合えば余裕で補えるものであり、こうなってくると六駆の余剰戦力感が凄まじい。

 もはや、莉子がツタに絡まって「ふぇぇ」と泣いたり、クララと一緒に悪玉菌時代の山嵐助三郎の罠にハマって死線を超えていた時間は過ぎ去ったのだ。


「なんかねー。僕がまったく必要とされてないんだよねぇー。こうなってくるとさ、モチベーションも下がっちゃうんだよねー」

「でもでも! ほらぁ! 山根さんが言ってたじゃん! 強い反応が3つあるって!!」


「それって多分、最下層に近いところまで行かないと会えないよね? ここまだ6層だよ? 8層とかにいるなら話は別だけど……。山根さーん」


 最近は名前を呼ぶとすぐに飛んでくる山根健斗Aランク探索員。

 筋斗雲だろうか。


『はいはーい。実はもう、煌気オーラスキャン済んでるんすよね。倭隈ダンジョンのデータは協会本部にあるので。それで、逆神くんがお待ちかねの巨大な煌気オーラの座標っすけど。第15層に固まってるっすねー』



「よし! 僕はもう帰る!!」

「山根さん! 言っていい事と悪い事がありますよぉ! もぉぉぉ!!」



 拗ねる彼氏をどうしてもデートから帰らせたくない彼女の構図である。

 この2人が普通の高校生カップルになるためには、いくつ世界線を越えれば良いのか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらは協会本部。

 数時間前まで対抗戦が行われていた武舞台と観客席では、先行している精鋭部隊の後詰である捕縛部隊の編制が急ピッチで行われていた。


「Cランク以下の者は指示があるまでこの場にて待機! Bランクは6人以上の小隊で出撃準備!! 南雲監察官から対アトミルカ捕縛装備を受け取って、準備が整い次第各ダンジョンに転送する!」


 五楼京華は最高指揮官として、適切な対応を取っていた。


「南雲くん、こっちの『粘着錠ネットロック』を1ダース貰っていくよ」

「ああ、雷門さん。どうぞ。使い方はそちらの冊子に」


「ボクも手伝いましょうかな。南雲くんのところの装備は相変わらず凄いね」

「楠木さんも。すみません。本来ならばうちの探索員を出すべきなのですが」


 雷門と楠木は南雲監察官室所属・チーム莉子のヤバさを知っている。


「仕方がないさ。彼らは戦場に出さない理由がない」

「ええ。あの子たちなら今頃は既に制圧完了しているかもしれませんな」


 2人はそう言うと『粘着錠ネットロック』を抱えてBランク探索員を集合させ、彼らに使用法をレクチャーする。


 『粘着錠ネットロック』とは、六駆のスキル『粘着糸ネット』と『完全監獄ボイドプリズン』の因子を抽出して作り上げた、対人専用の捕縛型イドクロア加工物。

 コーヒー噴いているシーンばかりが目立つ南雲だが、しっかりと開発業務にも励んでいた。


 耐久実験もチーム莉子に協力してもらい実施済み。

 クララと芽衣、そして小鳩はこの装備で無力化できた。


 莉子と六駆は普通にぶっ壊したが、彼らは性能もぶっ壊れているのでこれはノーカウント。

 Aランク探索員を無力化できると言うだけで充分に実用化できると五楼も判断し、今回の緊急事態に際し満を持してお披露目となった。


 忙しく『粘着錠ネットロック』の整備をこなしていく南雲。

 彼の横顔には仕事のできる男の空気が漂っていた。


「南雲さーん。コーヒー淹れて来たっすよー」

「おお、山根くん。ありがとう。やはり仕事のスイッチを入れるにはコーヒーだな」


 南雲は特製ブレンドの香りを楽しんで、ゆっくりとコーヒーを口に含んだ。



「ところで、逆神くんがもう帰るって言ってます」

「ぶふぅぅぅぅぅぅっ!! やーまーねぇー!! その報告、私がコーヒー飲む前にしても良いよね!? と言うか、帰りたい!? お腹でも壊したの!?」



 山根は笑顔で首を横に振った。


「刺激が足りないから、もう帰りたいそうっす!」

「なんで急に若い子みたいな事を言い出したの!? 中身は私よりも年取ってるくせに!!」


 そこに眉間を押さえた五楼がやって来る。


「南雲……」

「違うんですよ、五楼さん! 逆神くんもやる時はやるんです! たまたま今がやらない時なんです!!」


 五楼は「はぁ……」と深刻なため息をついた。

 彼女は全部知っているからだ。


「いや、良い。貴様を責めている訳ではない。ただ、逆神には戦ってもらわねばならん。精鋭部隊や木原を別のダンジョンに割いてしまっている以上、倭隈ダンジョン制圧は逆神の力なしでは難しいだろう」


「しかし、どうしましょうか。私の経験上、こうなった逆神くんを動かすのは至難です」

「嫌な経験だな……。山根。貴様、何か言いたげに見えるが?」


 山根はサーベイランスに接続している端末を操作しながら、答える。


「やっぱりここは現金じゃないっすか?」

「やーめーろーよぉー!! うちの予算がなくなるだろ! と言うか、下手するともうないよ!!」


「くっ。分かった。うちの監察官室から出そう。いくらあればあの痴れ者は動く?」



「対抗戦のファイトマネーの50万で感覚が構築されているので、2倍出せばどうにかなると思いますが!」

「南雲。お前も結構な勢いで図々しくなっていないか? それ、1人につき100万だろう?」



 五楼京華は考えた。

 論理的に知恵を絞った。


 導き出された答えは。


「止むを得ん。逆神にこう伝えろ。3人いる判定不明の煌気オーラ反応。この者たちの首に100万のボーナスを付けると。こう言えば、最下層まであの痴れ者は向かうはずだ。ならば、道中の雑兵も片付けるだろう。……最小限の支出で最大限のパフォーマンスを引き出すには、恐らくこれが最適解だ」


 五楼の慧眼に南雲と山根は「おうふ」と声を漏らした。

 南雲は続けて、試しに言ってみた。



「五楼さんの方が逆神くんを上手く扱えるなら、いっそ移籍させては!?」

「南雲。……殺すぞ?」



 南雲修一はのちに語る。

 「あの時の五楼さんの目はガチだった」と。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『と言う訳で、逆神くんにボーナス支給が検討される事になったすよ! なんと賞金首を倒せば1人につき100万円! 3人だったら?』


 そこには、少年のように目を輝かせた逆神六駆の姿があった。


「う、うひょー!! 300万も貰えるんですか!? う、うひょー!! みんな、僕ね、頑張る!! 日本の危機だもの! 頑張る!!」


 ささくれたおっさんの心を癒すのは、現金。

 また1つ、我々は無駄な知識を得てしまった。

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