第256話 逆神六駆の超速クッキング 倭隈ダンジョン第7層~第14層

 倭隈ダンジョン第7層。



「ひっひっひ! なんかガキがわんさか来やがったぜ! 身の程知ら」

「ふぅぅぅぅんっ!! 『ディストラ大竜砲ドラグーン』!!!」



 逆神六駆はついに説明すらさせてくれない速度を得ていた。

 解説を置き去りにするな。


 とは言え、焼け焦げたアトミルカたちの描写をしても今更感は拭えない。

 六駆は「莉子は適当に死にそうな人の治癒をお願い!」と言って、ダンジョンの壁を『螺旋手刀ドリドリル』で貫きながら走っている。


 もはや彼にルールなどなかった。


 賞金首になったよく分からない煌気オーラの主を3人倒せば300万。

 これまでの対抗戦で得たファイトマネーが3戦合わせて150万。

 トドメにこれからまだ、2千万円以上の賞金が確定している決勝戦が控えている。


 お金をキメた逆神六駆はもはや止まらない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 彼は続いて第8層に突入した。



「連絡は受けている! この階層より下はトリプルフィンガーズを束ねる2桁ナン」

「ふぅぅぅぅんっ!! 『紫電の三羽烏トニトルス・パープルトリオ』!!!」



 二コマ落ちどころの騒ぎではなかった。

 一コマで全てを済ませる逆神六駆。


 どうやら、第8層から下には2桁ナンバーの構成員が多くいるらしい。

 ここからは一掃気を引き締めてかからなければならないだろう。



「ふぅぅぅぅんっ!! 『古龍真空波ドラグタイフーン』!!!」



 気を引き締めようと言っていたら、六駆は第9層へ。

 既に後ろにはチーム莉子のメンバーすらいない。


 新スキルをお披露目したのに、その特性すら語らせる気がない。

 だが、ここは敢えて語ろう。


 『古龍真空波ドラグ・タイフーン』とは、スカレグラーナの守り神になった3人の竜人からレクチャーを受けた古龍の翼が起こす衝撃波を六駆の煌気オーラで再現したものである。

 帝竜バルナルドが「余の放つ真空波、こんなに凶悪ではないが?」とつぶらな瞳でドン引きしていた。


 『古龍ドラグ』シリーズは六駆との相性が良かった。


 逆神流と一括りに言っても、祖父の四郎は構築スキル、父の大吾は剣術スキルと、得意分野は違う。

 六駆はオールマイティに何でもこなすが、特に竜にまつわるスキルと縁がある。


 異世界転生周回者リピーター時代、1周目で覚えた最強のスキルが『大竜砲ドラグーン』であり、以降も威力と煌気消費量の兼ね合いを考えた結果使い勝手が良かったらしく、ずっと愛用している。



「ふぅぅぅぅんっ!! 『光剣ブレイバー二重ダブル』! 二刀流! 『弐牙千烈・海断ちツイン・シーブレイク』!!!」



 逆神六駆、ちょっとスキルの話をしている間に第14層に到達。

 もはや誰がそこにいたのかも分からない。


 『光剣ブレイバー』の二刀流とか、明らかに映えるスキルをダイジェストみたいに使うな。


「おや? どうしたんだろう?」


 こちらのセリフである。


「あらら。これはしまったなぁ。みんな、強くなったとは言ってもまだまだ遅いんだから! 仕方がないからちょっと待とうかな!!」


 ようやく立ち止まった逆神六駆。

 リザルト画面の表示は許してくれるらしかった。


 ここまで倒して来たアトミルカ構成員の数は合計で86人。

 当初山根が計測していたBランク相当とAランク相当の煌気オーラの数とピッタリ符合。

 討ち漏らしがまったくない辺りは流石である。


 なお、序列最高は29番。

 どの悲鳴なのかも分からないほど、雑に処理されていた。


「山根さーん!」


 いくらサーベイランスとは言え、六駆の超スピードについて来られるのだろうか。


『はいはーい。逆神くん、とんでもないハッスルっすねー』


 ついて来られていた。

 南雲修一が監察官として一定の地位を揺るぎないものとして確立している理由がよく分かる。


「この次が最下層ですよね? 途中から数えるのが面倒になっちゃって!」

『すうっすよ。そして、ここまで近づくとサーベイランスの感知能力であちらさんの煌気オーラ総量がだいたい測定できたっすよ』


「ほほう。興味深いですね。南雲さんを1とすると、いくつくらいですか?」

『1南雲が1人と、3南雲が2人っすかね』


「へぇー。結構すごいじゃないですか! まあ、煌気オーラの量がそのまま実力って訳でもないですけど。南雲さんクラスの煌気オーラ量だったら、まあそこそこ戦えますね!」

『どうするっすか? チーム莉子のみんなは今、ちょうど11層に入ったところっすけど。後詰の捕縛部隊は第7層っす』


 少し考えた六駆は「みんなを待ちましょうか!」と答えた。

 「僕が1人で相手をすると言っても、万が一取り逃がしたら事ですから」と続ける。


 意外と慎重な意見と思われるかもしれないが、当然である。


「なにせ、100万円さんが3人! ふふふ、絶対に逃がしませんよ?」


 札束に体の生えた者を、この悪魔が取り逃がすはずがない。

 億に一つの可能性も潰すのが逆神流。


 彼は「ここまで良い感じに準備運動できたし、コンディションもバッチリ!!」と言いながら、大きく背伸びをした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「山根くん。倭隈ダンジョンの様子はどうだ?」

「ああ、1南雲さん」


「1ってなに!? 君ぃ! また私の知らないところで私を弄んでいるな!?」

「違うっすよー。逆神くんによく分かるように、敵の煌気オーラ総量を数える適切な単位が欲しかったんす」



「ああ、そういうことね。ってバカ!! なんで私を基準にするんだ!! これで2南雲とかいたら、私がすっごく悲しい存在みたいじゃないか!!」

「すみません、南雲さん。3南雲がいるんすよ。しかも2人も」



 南雲は「チックショー!!」と叫んで、水筒からコーヒーを直飲みした。

 協会本部では捕縛部隊の出動も済み、現在はCランク以下の探索員に炊き出しの準備を行わせている。


 各ダンジョンに向かった精鋭部隊はもちろん、捕縛部隊だってかなりの数を出している協会本部。

 戦えば腹が減るのは必定であり、戦わせるからには疲れた時に美味い飯と温かい寝床を提供するのが探索員協会の正しい在り方。


「それで、どうなったの!? そろそろ半分くらい制圧した?」

「ああ、もうチェックメイト寸前っす。第14層まで完全制圧っすよ」


「……おい? 早くない? まさか、ダンジョンの壁とか壊してないよね!?」

「…………たっはー!」



「とーめーろーよぉー!! やーまーねぇー!! 怒られるの私なんだぞ!!」

「いやー。だって、迅速な対応が必要じゃないっすか! 緊急事態っすよ?」



 「じゃあ、せめて上官の私に許可を求めろよぉー!!」と叫んでいると、南雲の上官がやって来た。


「話はほとんど聞かせてもらった。もう良い。倭隈ダンジョンの今後については、私の監察官室が全ての責任を持つ」


「聞いたか、山根くん! これが理想の上司だ!!」

「いや、とんでもないブーメランっすよ、それ。しっかりしてください、南雲さん」


 南雲修一、前後不覚に陥る。

 だが、彼も監察官としてこの緊急事態の最中、やるべき事は多くある。


「それはそれとしてだ、南雲。貴様にこの場の指揮を一時預ける」

「構いませんが。何か問題ですか?」


「いや、オペレーター室で各ダンジョンの進捗状況を把握しておきたいのでな。1時間もかからんだろう」

「分かりました。まあ、ここにはうちの子たちはいませんから。完璧に指揮を執る自信があります!!」



「貴様、逆神の制御を深層心理ではもう諦めているな?」

「いいえ? ルベルバック戦争の頃からとっくに諦めていますが!」



 五楼は「頭痛薬も飲んで来る」と言い残して、本部の建物に入って行った。


「山根くん。引き続き逆神くんのサポートを頼むぞ」

「うーっす。そうだ、忘れてたっすよ、南雲さん」


「なんだ?」

「焼肉屋の予約、バッチリ取ってあります!!」


 南雲は黙ってコーヒーを口に含み、空を見上げた。

 まだ太陽が頑張って輝いている。


 ならば自分だって探索員を照らす監察官であろうと、彼は気合を入れた。

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