第69話 隠し部屋を発見した椎名クララ 日須美ダンジョン第9層

 お腹も膨れて、体力回復が完了したチーム莉子一行。

 そのままの勢いで、モンスターを蹴散らしながらさらに階層を進む。


 第8層では再びメタルヒトモドキと遭遇したが、今回は六駆が「あれはもういいや」と冷めた事を言うので、彼がそのまま『氷柩ひょうきゅう』でカチコチに固めた。

 繰り返すが、これこそ正しいメタルヒトモドキの対処法である。


 さらに潜って第9層。

 この階層も取り立てて何がある訳でもない。

 と、思っていたのだが、偶然が機運を呼び寄せた。


「おりょ!? なんかこの壁、すり抜けられるんだけど! 見て見て、みんなー!!」


 クララが発見した壁は、実にリアルなホログラムのようなもので、本来は存在しない袋小路を演出していた。

 つまり、隠し通路のようなものに遭遇したのだ。


 莉子と六駆はもちろん、3年に及ぶぼっち……孤独な探索員生活を送っていたクララも、この手の隠し通路は初めて遭遇する。

 諸君は隠し通路と言えば、まず何を想像するだろうか。


 何かレアなお宝があるのではないかと思った者はポジティブ。

 莉子とクララがその考えを持っていたので、前向き女子チームに入ると良い。


 これは完全に罠のたぐいだろうと思った者はネガティブ。

 六駆と芽衣は完全にそう決めつけていたので、後ろ向き師弟コンビに入られよ。


「ねね、六駆くん! こーゆうのってさ、ダンジョンの隠された秘宝みたいなヤツがあったりするんだよぉ! わたし、図鑑で読んだことあるもん!!」


 普段は慎重に物事を推し量る莉子なのに、ちょっとテンションが上がっていた。

 確かに、彼女の言う通り、ダンジョンには隠し部屋のようなものが存在する事は広く知られている。


 繋がっている先の異世界が国内に隠すには危ういと考えた宝具や財宝をこっそりと安置している場合があり、それは価値の高いイドクロアの可能性が極めて高く、探索員の中には隠し部屋専門のハンターまでいる。


 ただし、隠し部屋ハンター。その数は多くない。

 探索員の本来の行動からは少し脇道にそれている事や、そのためにダンジョンに潜る効率の悪さ等の理由が挙げられるが、一番は隠し部屋を見つけるのが極めて難しいからである。


 獲物を嗅ぎ分けるよく利く鼻や、真贋を見極める目が求められるため、狙って隠し部屋を発見できる探索員は非常に少数。


 今回クララがたまたま発見した偽の壁は、隠し部屋への入口である可能性が高く、これは実にラッキーな展開と言っても差し支えなかった。


「確かに、なんか妙な気配は感じるけど。うーん。秘宝があるかねぇ? 悲報なんて事になる気がしないでもないと思うなぁ」


 普段は少しでもお金になるものを見つけたら「うひょー!」と目の色変えて突進する六駆が、あろうことか慎重論を唱える。

 先ほど食べたキッコマラビットの肉が当たったのだろうか。


 彼にも彼なりの警戒する理由があった。


 異世界には、他の世界との接触を異常に嫌がる性質を持つ国が存在しており、そんな国に異界と繋がる空間ができると、かなりの確率で罠を仕掛けて外敵の侵入を防ごうとする。

 彼は異世界周回者リピーター生活で、何度もそのような場面を見ていた。

 中には、国に侵入しようとするだけで命を取りにかかるような罠を仕掛ける事もあり、そんな経験則が「うひょー」と叫びたがっている本能に待ったをかけていた。


「芽衣はもう、お金とかは大丈夫です。割と実家は裕福です。怖いのは嫌です」


 芽衣は既にダンジョン攻略が彼女にとっての脅威なので、それ以上の脅威を望んでいない。

 数ミリの危険があれば、近づかない。

 彼女のモットーであった。


「でもでもぉ! 六駆くん! もしかしたら、何百万円もするようなイドクロアがあるかもだよぉ!」

「うっ! な、何百万!? それって、牛丼にチーズトッピングしても良いヤツ!?」


 六駆の慎重論ほど脆い建造物もなかった。


「牛丼どころか、うな重食べられるにゃー!」

「ううっ! うな重!? もう35年は食べてない!! ウナギのタレだけご飯にかけて、エアうな重とかやってた記憶はあるけども!!」


 うな重が食べられるならば、危険を承知で飛び込むのもやぶさかではない。

 六駆の慎重論など、所詮はその程度。


 賛成2、反対1、うひょー1で、チーム莉子の方針は決定された。

 いざ、隠し部屋へ突撃である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ホログラムの壁を抜けると、一本道が100メートルほど続いていた。

 道中、壁から鉄球が発射されて来たが、全て六駆が叩き落とした。


 むしろ、こんな罠を仕掛けるくらいだから、さぞかし高級なうな重の種があるのだろうと、六駆は心を躍らせた。

 一瞬でも思慮深いおっさんを六駆に見てしまった諸君には、お詫びのしようもない。


 いつもの逆神六駆だった。


「見て! なんか明らかに豪華な扉があるにゃー! なにこれ、もしかして、金で出来てない!? これ、絶対に日須美ダンジョンの秘宝部屋だー!」

「す、すごい! どうしよー! わたし、心の準備ができないよぉ!!」


「…………」

「逆神師匠? どうしたです?」


「いや。この扉、粉々にして持って帰っちゃダメかなって思ってさ。金って溶かしたらみんな延べ棒になるって聞いたことがあるんだけど、僕のスキルで作れないかな? 芽衣、詳しい話を聞いてくれる?」


「あ。大丈夫です。芽衣、子供なので難しいこと分からないです」


 浮かれる年長者を冷めた視線で見つめる木原芽衣。

 彼女の視線が正しいのか、幼さゆえに本質を捉える事ができていないのか。


「ふぎぎぎぎっ! ダメだー! 開かないよ、この扉! びくともしない!!」

「ええー!? そんなぁ! 絶対お宝があるのにぃ! 六駆くん、何とかしてよぉ!!」


「任せとけ! 僕に開けられない扉なんてない! 『開門アビエット』!!」


 ギギギと油の切れたブリキが軋むような音を残して、六駆のスキルで無理やり解放させられる金色の扉。


「やったにゃー! 六駆くん、偉い!」

「やっぱりわたしの師匠はカッコいいっ! もぉー! そーゆうとこが好きー!!」


 六駆おじさん、かつてない勢いでチヤホヤされる。

 まだ秘宝の姿さえ拝んでいないのにこの騒ぎである。

 秘宝の規模によっては、クララまで六駆に惚れてしまうかもしれない。


 人とはなんと現金な生き物なのだろう。


 チーム莉子はリーダーが先陣を切るスタイル。

 「じゃあ、入ろー!」と元気よく莉子が隠し部屋に入り、続いてクララと六駆、最後に恐る恐る芽衣が足を踏み入れた。


 次の瞬間。


 ドドドドドドドと音が響き、明らかに現世には存在しない鉱物で出来た壁がチーム莉子を囲むようにして出現する。

 さらに部屋の中心にある丸い装置が渦を巻き、その中から鉄の鎧兵が10、いや20を超える大群で這い出て来た。


 さすがに全員が悟っていた。


 ああ、これはやっぱり罠だったのかと。


「芽衣はもう覚悟できたです。さっき食べたウサギさん、思い出してみると、結構美味しかったです」


 芽衣が早々に生きるのを諦めた。

 チーム莉子、だいたい予想通りの展開で大ピンチ。


 包囲防衛戦が始まる。

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