第70話 緊急包囲戦 隠し部屋のトラップを突破せよ

 鉄の鎧兵たちは、ぐるりとチーム莉子を取り囲む。

 だが、彼女たちだって御滝ダンジョンやミンスティラリアで腕を上げていた。

 ついでに度胸も据わって来ているので、慌てふためかない。


「莉子ちゃん! 防御頼めるかにゃ!」

「了解です! 『風神壁エアラシルド』!!」


「相手が攻撃してくる前に、数を減らすのが得策! 『サンダルアロー』!!」


 莉子とクララの判断は正しかった。

 包囲されてパニックに陥り、呆然と立ち尽くすのが愚策。

 まずは反射的でも構わないので、行動を起こすことこそがこの局面では重要。


 が、世の中そんなに甘くはない。


「ゴガ。ギギゴ」


 鉄の鎧兵が3体、同時に剣を突き上げる。

 すると、クララの放った『サンダルアロー』はその中心に吸い寄せられて、威力を失いやがて消滅した。


「あー。ええと、どういうことかにゃー?」

「六駆くん! こんな時の経験豊富な老兵でしょ!?」


「老兵はヤメて! まだ中年だよ!! いや、おじさんこれでも17だった!!」

「いいからぁ!! ほらぁ、また敵が何かしようとしてるよぉ!」


「じゃあ、言うけど。みんな落ち込まない?」

「あ。芽衣は大丈夫です。もう、これ以上の絶望はないと思ってるです」


 六駆は「おっほん」とわざとらしく咳ばらいをした。

 その所作に、莉子とクララは少しだけイラっとしたが、我慢する。

 満足そうに頷いた六駆は、悲しい現実を語る。


「これはね、恐らくスキル無効化スキルだね。なんだか日本語が不自由な感じになってるけど。相手のスキルを吸収する特性のスキルを使うみたいだよ、この鎧たち。鎧って言うか、中身は多分ロボットに近いかな。御滝ダンジョンのリノラトゥハブの仲間だ」


 さらに剣を突き上げる鎧兵が増えると、莉子の広域展開している『風神壁エアラシルド』にも異常が起き始めた。

 多くのスキルや魔法を防いできた彼女の盾が、ゆらゆらと頼りなく波打ち始めかと思えば、数秒で姿を消してしまう。


「ふぇぇ!? スキル無効化って、攻撃スキルだけじゃないのぉ!?」

「そうみたいだね。いやいや、なかなか良く出来てるよ、こいつら。煌気オーラで動いてるみたいだから、人工物のくせにスキルが使えるんだね」


「えーっと、もしかして敵さんもスキルは使えないんじゃないかにゃ?」

「おっ! クララ先輩、正解! 良いところに気付きましたね! 多分そうだと思いますよ! 攻撃スキルも使えるでしょうけど、現状のままだと、味方に吸われちゃいますから」


「じゃ、じゃあ、このまま硬直状態? 持久戦になるのかなぁ?」


 莉子の希望的観測、まずはそこから六駆がぶち壊す。

 どうして味方の希望を砕くのかと言えば、戦闘において「こうなれば良いな」は最も危険な毒だからである。


「むしろ、短期決戦になるよ。ほら、敵さん、よく切れそうな剣を何本もお持ちだもの。普通にあれで切られると、痛いよね」


「ふぇぇぇ!! 詰んでるじゃん! もぉ、わたしのバカぁ! どうして隠し部屋の誘惑に負けちゃったのぉ!?」

「小坂さん。慌てちゃダメです。こういう時は、目を閉じて楽しかった事を思い出すのです。芽衣にはあんまりないですけど」


「あたし、この戦いで生き残れたら、焼肉屋さんに行くんだ。ハラミとネギ付きタン塩と、あとはビビンバを食べるんだ」


 猛省1。無我の境地1。現実逃避1。

 全部足してもマイナスのままと言う、絶望的な事態。

 下手をすると、全滅もあり得た。


 六駆は「なるほど。ダンジョンの探索方法も気を付けないといけないのか。莉子も万能じゃないもんねぇ」と考える。

 まだ彼女たちを残して隠居は出来ないなぁとため息をついて、彼は立ち上がった。


 ピンチは成長のチャンス。

 利用しない手はない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「『光剣ブレイバー』! よしよし、ちゃんと出るな!」


 六駆が異空間から引っ張り出して来た異世界の名工が造りし刀。

 それを見て、莉子が抗議の声を上げた。


「ど、どーゆうこと!? スキルの無効化は!?」


 六駆はぶんぶんと『光剣ブレイバー』を振って、手首を痛めないように準備運動をしながら答える。


「あくまでも無効化できるのは、放出するスキルだけみたいだからね。こうやって、具現化とか武器召喚スキルなら使えるんだよ。いい機会だから、みんな近接戦の訓練をしよう。とりあえず、クララ先輩の弓が使えるように、あの無効化スキル使ってる鎧兵は僕が片付けてくるよ」


 そう言って駆けだした六駆は、もとい、駆けだしていなかった。

 普通に歩いて敵陣に踏み込む、六駆おじさん。

 その姿はコンビニでワンカップ酒とつまみを買って怠そうに店から出て来るおっさんにしか見えなかった。


「ふんっ。せいっ。意外と硬いな! 出力アップ! うるぁ!!」


 燃える異世界の刀の攻撃を防いだ鎧兵。

 製作者の技術力の高さがうかがい知れるが、それを無慈悲に超えていくのがうちのおっさん。


「はいっ! ほいっ! よいしょー!!」


 少しだけ本気になった六駆の剣捌きの前には、どこぞの異世界製の鎧兵も成す術がない。

 中央に陣取っていたスキル無効化部隊が彼によって斬り伏せられる。


「それじゃあ、みんな! 莉子は『斧の一撃アックスラッシュ』、クララ先輩は『サジタリウス』のスキルだけ使って戦うように! 芽衣には、ほい。『貸付槍レンタランス』ね。『瞬動しゅんどう』と組み合わせて戦ってみよう。危ない時にはフォローするから!」


 スパルタ教官、逆神六駆の緊急レッスンが始まった。


「もぉ! やるよぉ! 『斧の一撃アックスラッシュ』!! ひゃあっ!? か、硬いー!!」

「莉子ちゃん、こうなったらアレをやるしかないぞな! 合体技!!」


 御滝ダンジョンのボス・リノラトゥハブ戦で彼女たちは、偶然にもスキルとスキルを合わせると言う高等技術を会得していた。

 きっかけは、六駆が自分のスキルでグルグル回った挙句、酔って役立たずになったからである。


 怪我の功名とはまさにこの事。


「よぉし! やりましょう!」

「『グレートヘビーアロー』!! そおりゃあぁぁっ!!」


「はいっ! ここだぁ! 『Xの衝撃クロス・インパクト』!!」


 美しいXの形を刻んで、鎧兵を粉砕する莉子とクララの合体スキル。

 六駆は「何度見てもあっぱれ!」と感心しながら、「僕も誰かと合体技したい……」と過ぎたる力をなんとなく恨んだ。


「みみみみみみっ!? みぃっ! みぃぃっ!! みみみみっ!」

「おおっ! すごいぞ、芽衣! 完全に鎧兵を翻弄してるじゃない! 『瞬動しゅんどう』を使いこなせてる! だけど、避けてばかりじゃなくて、攻撃もしなくちゃ!」


「無理言わないでほしいです。芽衣は今、自分でも信じられない動きをしてるですよ? 自分ほど信じられない人間なんてこの世にいないです。いつ裏切られるか分からないのに、軽々しく攻撃なんてできないです」


 六駆は「分かる」と心の底から共感した。

 この2人、基本的な思考が相当に似通っている。


 この場合、中学三年生にしてその境地に到達している芽衣のネガティブさがよろしくない。

 六駆でさえ精神年齢30くらいで到達した心境なのに、と言えば、事の深刻さが伝わるだろうか。


 莉子とクララの合体スキルがさらに数回繰り出され、戦いは終局を迎えようとしていた。

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