第1169話 【きっと最後の日常回・その5】木原芽衣の「みっ。おじ様がいないと思うだけで身体が軽いです」 ~バルリテロリの魅力に気付いてしまいそうなみみみと鳴くみんなのアイドル~

 木原芽衣ちゃまBランク探索員および後方司令官。

 16歳にとんでもない荷物を背負わせまくっているが、それでもこのみみみと鳴く可愛い生き物は前向きである。


 初期ロットがネガティブを極めていたため、どん底からのスタート。

 あとは上がるだけであり、アガるだけでもあったため今では割と元気に邁進している、労働基準監督署が見つけたら日本本部に立ち入り調査が行われること疑いようもない、そんな戦場に咲いた可憐なお花。


「みーみーみーみーみー」

「ぐーっはははは! 何やらご機嫌でございまするな! 芽衣殿!!」


「み゛。ごめんなさいです。芽衣、作戦中なのに鼻歌まじりだったです。もう銃殺刑に処されるです。みみみ……」

「何を申されまするか! 戦いにおいてメンタルの維持は最重要でございまするぞ。大声で歌うことにより心が弾むのならば、吾輩もお供致しまする!!」


「みーっ!!」


 ダズモンガーくんの尻尾が芽衣ちゃんにゲットされた。

 白髪野郎が見当たらないので、モフモフし放題である。


「しかし、吾輩の尻尾などで我慢せずにお仲間と会話などされてはどうでございまするか? 戦地にて仲間とのコミュニケーションは不可欠ですぞ」

「みみみみみみみみっ」


 芽衣ちゃまが少しだけ鳴いてから答えた。



「みっ! みんな自分の日常回で大変です! 芽衣はずっと魔王城でぬくぬくしてたです! 魔王城以外で日常回なんていつぶりなのか分かんないレベルです! だから芽衣はみんなのお邪魔しないです! みみっ!!」


 この世界の概念を理解してなお、正しくあろうとする乙女。

 16歳です。



「よく分かませぬが、でしたら莉子殿はいかがですかな? 吾輩の背に乗っておられまるが!! 今はリアルゴールドを飲み終えてウトウトされておられまするゆえ! うむ、起こしまする!!」

「み゛っ。……ダズモンガーさん。芽衣、ダズモンガーさんをパンチしたくないです。ヤメてです。みみみ……」


 芽衣ちゃんが涙目になってしまった。

 これはいけない。

 過激派が騒ぎ始める。


「ぬぅ。莉子殿を背に乗せて、芽衣殿に尻尾を掴まれ……。これが現世で言うところの、両手に花というヤツですかな! ぐーはははははは!!」

「……みみっ」


 芽衣ちゃんが黙った。

 花扱いされたことに対しての恐縮の意か。

 はたまた、危険物に取り込まれそうな危機意識からか。


 それでも彼女の体は軽い。

 理由はシンプルであり、諸君もご存じのようにおじ様こと木原久光監察官の射程範囲から逃れているに他ならない。


 過去にもこのシチュエーションは幾度となくあったが、思い出して頂きたい。

 今やおじ様は芽衣ちゃまに会いたくて震えるだけで時空を飛び越えるモンスターに進化してしまったのだ。


 そうなると、どこの異世界にいても危険。


 だがしかし。

 さらに思い出して頂きたい。


 サービスさんによってゴリ門クソさんは時間凍結されており、今、この瞬間においては芽衣ちゃんの場所を認識できない事に加えて、四次元的な隔たりも発生中。

 芽衣ちゃんにとって探索員デビューをしてからこっち約2年の期間で初の、完全ストレスフリーな戦場がここにあった。


 バルリテロリが良い所になってしまう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 芽衣ちゃんとおじ様の関係は根深い。

 彼女が実家で生活していた頃には既に監察官としてダンジョンでモンスター殺しまくっていた木原さん。


 モンスターのデータ取得という業務をまったく果たさずに、血にまみれた体を適当にシャワーで流したらダイナマイトジェットで木原家に直帰。

 すぐに中学生時代の芽衣ちゃまに「うぉぉぉぉぉぉぉぉん! おじ様が来たよぉぉぉぉ!!」と呼んでいた。



 思春期の乙女にとっては地獄である。

 思春期の乙女でなくとも地獄である。



 ただ、おじ様は世にいう犯罪、さらに突き詰めると性的なヤツに抵触するプレイは一切していない。

 例えば洗濯機を開けてみたり、芽衣ちゃまのお部屋に侵入キメたり。

 大好きな姪の芽衣ちゃまには基本的にノータッチ。


 ただしガン見はする。

 写真も撮りまくるし、中学校の体育祭や文化祭には地域のおじさんとして普通に参加して「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!」とエールを送ってデカいレンズの付いたカメラをパシャパシャやっていた。


「み゛。うぜーです」


 この頃にダーク芽衣ちゃま人格が形成されたのだと思われる。

 中学2年生の3者面談で芽衣ちゃまパパと芽衣ちゃまママにおじ様まで加わって5者面談になるとかいう、教師の立場からしたらマジで勘弁して欲しいシチュエーションを構築して、提案した。


「芽衣ちゃまにはよぉぉぉ! 才能があるからよぉぉぉ! あと可愛いだろぉぉぉ! 探索員協会は可愛い芽衣ちゃまをみんなで見つめるべきなんだよぉぉぉ!!」

「み゛。……ちっ、です。み゛ー」


 芽衣ちゃまにファースト舌打ちをさせたこの発言がきっかけで、彼女は探索員の道に進むことになる。

 本当に嫌ならば断われば良かったのだが、芽衣ちゃま中2バージョン時点でこの子は賢かった。


 「みみっ。実家にいたら常におじ様が来るです。けど、探索員になるなら遠藤のおじ様とおば様のおうちに下宿できるです。あとは芽衣がダメダメなところを見せて、お仕事がデキない子はクビですってしてもらえば……みみみです!!」と、みみみ色の脳細胞が弾ける。


 結果的におじ様クソうざムーブによって、現在は多くの芽衣ちゃま教の信徒が生まれ、それにより結構な数の戦闘を回避する事も叶い、彼女自身も前向き乙女になれた。


 私立ルルシス女学院に編入できた事も大きい。


 セキュリティが公立中学校とは段違いであり、とりあえず学園生活におじ様の影が差すのは校門を出てからになった。

 仕上げに六駆くんに弟子入りした事で、師匠とおじ様がなんかいい感じの仲になり、さらに弟子には結構優しい六駆おじさんの計らいで木原さんが世界各国、異世界に及ぶ単身赴任をさせられるようになったりで、結果オーライという言葉がぴったりな現状を生きている芽衣ちゃま。


 過去に、それも相当な過去に恐らく言及した「なにゆえ芽衣ちゃまの両親はおじ様を止めないのか。人の心とかないのか」問題であるが、改めて補足しておくとおじ様が軽く引くくらいのお金を常に献上しているため、「ちょっと強く言えない」という人らしく俗っぽい理由が存在する。

 「じゃあ仕方ないですね!!」と最強の男もこれにはにっこり。


 そんな訳でバルリテロリ皇宮内で決戦に挑む彼女は、どことなく楽しそうである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「芽衣殿? どうかされましたかな? 吾輩、尻尾をぶわっとした方がよろしゅうございまするか?」


 哀しい過去に思いを馳せていた芽衣ちゃま。

 ダズモンガーくんの冬毛尻尾がボワッとなった事で、現実に引き戻される。


「みっ! ごめんなさいです! 嫌な事を思い出してたです!! みみみみみっ!」

「それはいけませんな! 吾輩で何かお力になれる事はございまするか?」


「みーみーみー!! もう充分です! 芽衣、今は探索員のお仕事も結構好きです。チーム莉子のみんなも、六駆師匠も、子供の芽衣に優しい大人のみんなも大好きです。芽衣、頑張って戦うです! みー!!」


 ちょいちょい「み゛。退役するです……」とかつてのネガティブが顔を出すものの、それもまた芽衣ちゃんを形作る個性。

 過去は捨てられないが、その上に新しい絵の具で楽しい未来を描き足すことはできる。

 いくらだって、何度だって。


 芽衣ちゃまの体はとても軽い。

 その足取りはどこか踊っているようにも見えた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ふぁ……。ぁ。ごめんなさい、ダズモンガーさん。ちょっと眠くなっちゃいました。えへへへ」


 ダズモンガーくんの背中で莉子ちゃんがお目覚め。


 甘いものを大量に摂取すると血糖値が上がり、なんやかんやでインスリンとかが分泌されて血糖値が下がり、眠くなる。

 食べてすぐに寝ると太るというのは近年の研究で根拠が薄いとされ始めているが、睡眠中は脂肪の対処促進を担う副腎皮質ホルモンの一種が分泌され辛くなるため、結果的に脂肪が「おっ! こいつの体内むっちゃ居心地ええやん!!」と長く滞在して、なんやかんや最終的にムチりやすくなるという説も根強い支持を得ている。


「みみっ! 莉子さん、おはようございますです! みっ!」

「あ、芽衣ちゃんだ! おはよー。…………あれ?」


「み゛っ」


 芽衣ちゃんは忘れていた。

 おじ様の霊圧が完全に消えた世界に立ち、高揚感で普段は彼女を堅守している危機管理シミュレーション能力が少しばかり疎かになっていたのかもしれない。



 自分が今、かつて莉子ちゃんのデザインした装備を身に付けている事を。

 あと、それはとても可愛いという事を


 莉子ちゃんは芽衣ちゃんと体型が「おんなじだよー!」と思っているという事を。



 服を買う時に、店員さんが「これ、俺も今着てるんですけど! すっげぇ着回しキクしぃ。あとシルエットも最高でぇ。1着あるとマジで捗りますよ!」とかおすすめされたらば「え。やだ。確かになんか、むっちゃカッコいい……!!」と思う事がままある。

 勢いそのままに購入して、家に帰ってタグをチョッキンして洗濯していざ初陣。

 出かけたその日、トイレのデカい鏡に映った自分を見て知る。


 そんなでもないじゃないか、と。


 自分を俯瞰できる人は存外少ない。

 それは莉子ちゃんだって、芽衣ちゃんだって例外ではない。


「ねねねね! 芽衣ちゃん!」

「み゛っ」


「ブラウスとスカート! どっちかで良いんだけどね? わたしの服と取り換えっこしないかなぁ?」


 お友達と服を交換してオシャレを楽しむ。

 女子高生の嗜みであり、見ている側としても大変微笑ましい。


「み゛み゛っ」



 ただ、「肌着とアウターのトレードしよっ!!」という不平等条約の申し出を受ける子は多分いない。

 特殊性癖の持ち主は除外する事とする。



「み゛ー!! 芽衣、前に出て索敵するです!! 莉子さんはお疲れです! もっと休んでてです!! みみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみっ!!」

「ふぇ? もぉぉ。芽衣ちゃんってばー。優しいんだからー!!」


 去り際に芽衣ちゃまアラートが響いていた事を知るのは、ダズモンガーくんだけである。


 そのトラさんですら日常回にほぼ参戦してこなかった都合上、今クールで酷使されまくっている事はご存じない。


 この世界ってヤツはクソったれである。

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