第524話 【チーム莉子の夏・その6】今日のミンスティラリア ~バニング・ミンガイルとアリナ・クロイツェルのその後~

 こちら、異世界・ミンスティラリア。

 2か月ほど前から移住している元アトミルカたちも随分と環境に馴染んできた様子。


 本日はそんな彼らの生活に密着してみよう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 バニング・ミンガイルの朝は早い。

 彼は午前6時に起床すると、まず日課の薪割りをこなす。


 これはヴァルガラに住んでいた頃からの習慣であり、人間60も過ぎたらば習慣はそう簡単に変えられない。

 カコンと良い音を響かせていると、バニングの愛弟子がやって来る。


「バニング様! おはようございます!!」

「ああ。おはよう。ザール。いい加減に様はヤメろと言っているだろう。既に私とお前は対等な関係。ただのご近所さんだ。過剰に崇めてくれるな」


「とんでもありません! 私にとって、バニング様は人生の師! なればこそ、生涯を通じて尊敬し続ける所存です!!」

「やれやれ。お前も案外頑固者だな。さて、薪を割ったところだし、畑の水やりを済ませるか。……では、共に行くか? 我が弟子よ」


「はっ! 是非!!」

「ダズモンガー殿が分けてくれたグアル草がかなり育っているからな。収穫しておこう」



 グアルボンの糞から生える草を育てている元アトミルカの最強格。

 前言撤回。環境が変われば人も変わるものである。



 バニングの日課はむしろここからが本番。

 元アトミルカの4人は、3つの家に住んでいる。


 右端がバッツ・ホワン・ロイの家。

 干し肉の加工設備が備わっており、日々良質の保存食を大量生産している。


 真ん中にあるのがザール・スプリングの家。

 鍛錬のためのトレーニングルームがある。


 そして左端にはバニング・ミンガイルの家が。

 4人なのに、家が3つしかない事実。そうとも、諸君のお察しの通りである。


「アリナ様。本日の朝食はグアル草のスープをばぁぁぁぁ!!」

「すまぬ、バニング。今日こそは共に畑仕事をと思ったのだが。どうしても朝早く起きられぬのだ。きっと、この肉体が若いせいだ。習慣が身に付かぬ」


「あ、アリナ様ぁ!! なにゆえ下着姿でおられるのか!?」

「ああ、これか? 今日は莉子たちが遊びに来るのだ。海に行こうと誘われたではないか。これは下着ではなく、水着だぞ」


「同じでございます!! アリナ様ともあろうお方が! なんと破廉恥な!!」

「いや、バニング。水着を身に付けねば泳げぬだろうに。何を言っておるのだ」


 バニング・ミンガイル。

 彼はアリナ・クロイツェルたっての希望で彼女と同居していた。


 当然だが、バニングは固辞した。

 実に3週間もの間、シミリートに「なんでもするので、もう一軒だけ家を作って頂けぬか!?」と頭を下げ続けた。


 だが、アリナさんの方が一枚上手である。


 「妾と共に住むのがそんなに嫌か……。そうか、これまでも無理をして妾に付き合ってくれておったのだな。気付けずにすまぬ。……くすん」と、ちょっと瞳を潤ませて上目遣いでバニングに問いかけた。



 無敗を誇ったアトミルカナンバー2の完全敗北であった。



 そんな訳で、バニングは60を過ぎて初めて体験する女性との共同生活によって、日々メンタルを削られている。

 なにせ、アリナは中身こそ成熟した女性だが、見た目は19歳のまだあどけなさすら残る少女。


 おまけに、これまでずっとハナミズキの屋敷で一人暮らしをしていたため、無防備、無警戒であり、バニングがいても平気で着替えるし、風呂にも入る。

 その度にこの屈強な男は「ああああああっ!!」と、この世の終わりのような悲鳴をあげる。


「ふむ。いささかサイズが合わぬ気もするが。特に胸が。バニング、ちょっと見てくれぬか?」

「ああああああっ!! 見られるはずないでございましょうが!! アリナ様!! あなたはご自分を客観視できておられぬ!! ご自身の魅力をお知りなさい!!」


「ほほう? そなたがこれほど狼狽えるとは。つまり、水着はこれで合っておるのか。ああ。そうであった。バニング」

「はっ。もうグアル草のスープを作ってよろしいですか? 死にそうです」



「そなたの水着はこれである。後で試着してみよ。サイズに不備があれば、クララに頼んで買って来てもらうゆえ」

「あああああああっ!! 私も海に行けとおっしゃるか!? アリナ様ぁ!! お忘れかもしれませぬが、私今年で61ですぞ!! 心臓に負担をかけないでくだされ!!」



 繰り返すが、アリナさんの方が何枚も上手なのである。

 「海に来ぬと言うのならば、妾はそなたの作る料理を食べぬ!!」と、なんだか子供のような事を幼い表情で言えば、バニング・ミンガイルは左胸を押さえてうめき声をあげるしかない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 午後になり、海水浴場に門が生えて来る。

 そこから出てきたのは、黒い紐ビキニが眩しいどら猫さん。


「うにゃー! 2日ぶりだぞなー!!」


 続いて、白いビキニで清楚とセクシーの同棲を果たした小鳩お姉さんも登場。


「クララさん。あまりはしゃぐとまた水着が脱げますわよ! ほら! もう既にブラの紐が!! あなた! どうしてちゃんと身に着けないんですの!?」

「にゃははー。小鳩さんがいれば脱げても直してくれるかにゃーって!!」


 そこにやって来たのがアリナさん。


「クララ。小鳩。よく来てくれた」

「おおー! アリナさん!! 黄色のビキニとは意外性ありありですにゃー!! 大量に送り付けた水着の中からそれを選ぶとはー!!」


「ふふっ。ビタミンカラーと言うのだろう? 現世の女子の間では今年のトレンドだと学んだのだ。先日遊びに来てくれた莉子が、山ほど女性誌を置いて行ったからな。暇に任せて読んでおる」

「とってもお似合いですわよ!! よく考えたら、アリナさんのお体ってわたくしやクララさんよりもお若いのですものね! フレッシュですわ!!」


 クララパイセン、キョロキョロと辺りを索敵する。

 「うにゃー!!」と鳴いて、標的を発見した。


 ご存じだろうか。猫は元々狩猟をしていた生き物である。

 ターゲットを発見すると、一目散に駆けて行くのは本能なのだ。


「バニングさーん!! 発見だにゃー!! おおー! 凄まじい筋肉だぞなー!! さすがはアトミルカの元締めさんだにゃー!!」

「よ、よせ! クララ!! それ以上近づいてくれるな!!」


「うにゃー? もしかしてー? バニングさん? 女の子の水着が苦手なのですかにゃー?」

「そ、そうだ!! 私はそもそも、婦女子と関わるような人生を歩んでこなかったのだ!! この年になってそれを身に付けろとは、余りにも酷!!」


「にゃふっふー」


 クララパイセン。非常に悪い顔で良いことを思いついたらしい。

 どら猫が鳴いた。


「アリナさーん!! バニングさんに水着の感想をちゃんと聞いた方がいいぞなー!!」

「な、なんだと!? おい、クララ!! おま、お前……!!」


「バニングには今朝見せたが?」

「ダメだにゃー!! 女の子の水着は濡れてこそ真価を発揮するのですにゃー! ……って、莉子ちゃんが言ってましたぞなー!! あたしは知らないけどにゃー!!」


「ほう。そういうものなのか。妾としても、バニングに正当な評価をしてもらいたい気持ちはある。よし、では水に入ろう!」

「はっ! 行ってらっしゃいませ!!」


「何を言っておる! そなたも来るのだ!! 何のために水着を穿いておる!!」

「ああああああっ!! おヤメください!! 手を握られるのはいけません!! ああああああっ!! そのような薄着で近づかないで頂けますか!?」


 アリナとバニングの初々しい姿を見ていた2人がにんまりと笑う。


「にゃははー! これはおもしろなのにゃー!! よーし! あたし今日は本気出すぞなー!!」

「良くないですわよ、クララさん!! けれど、ちょっとだけお気持ち分かりますわ!!」


 バニングが叫んだ。


「六駆は!? 六駆はまだ来ないのか!? どうして『ゲート』を遠隔発現させて、あいつは来ない!?」

「六駆さんでしたら、莉子さんと芽衣さんを拾ってから来るとおっしゃっておりましたわよ。あと30分もすればいらっしゃるかと思いますわ!!」



「……無理だ。30分あれば、私は3度死ぬ。このような生命の危機、アトミルカ時代にもなかったぞ!!」

「ば、バニング……。少し手を強く握り過ぎなのではないか? ちょっと痛いぞ」



 ミンスティラリアに「あああああああっ!!」とバニングの悲鳴が響き渡る。

 六駆くんに早く来てもらわなければ、多分この男は本当に命を落とすだろう。


 と言う訳で、次回もミンスティラリアの海からお送りして参ります。

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