第198話 監察官・南雲修一の「おかえり! コーヒーババロア食べる?」 視線と話を逸らす男 南雲監察官室

 スカレグラーナの異界の門をくぐり抜け、有栖ダンジョン最深部へと帰還したチーム莉子。

 そこには山根健斗Aランク探索員が待っていた。


「お疲れっす、みなさん! 自分が気を利かせてお迎えにあがりましたよ! 【稀有転移黒石レアブラックストーン】も南雲さんから借りてますから! さあ、監察官室へ直行便っす! 煌気オーラ力場の中へ!」


 ちなみに現在南雲は仮眠中。

 彼は昨日の朝から一睡もせずに働きづめであったため、仮眠室ですやすや寝息を立てている。


 先に仮眠を取った山根がチーム莉子の出迎えに出張って来たのだ。


「あ! ちょっと待ってください! 山根さん!!」

「どうしたっすか? なにか忘れ物でもありました?」


「いえね、ゴールデンメタルゲルの残骸が壁やら天井にこびりついてるんですよ! ちょっと上の階層に!! それ、持ってきたらダメですか!?」

「にゃははー。六駆くん、さては小学生の頃消しゴムのカス集めてたにゃー?」



「えっ!? クララ先輩、どうして分かるんですか!?」

「そうですよぉ! わたしより先に六駆くんの秘密に気付くなんてひどいですぅ!!」



 山根はうんうんと頷いて「チーム莉子、健康状態は極めて良好」とレポート用紙に書き記した。

 そののち、六駆に告げる。


「まあ、かき集めたら100キロで1万円くらいにはなるっすかね。消し炭になっていても。でも、監察官室に行けば、今回の報酬の話ができるっすよ?」



「ゴールデンメタルゲル。どうやら僕とは縁がなかったようだ。もう会う事もないだろうけど、生き残りは達者に暮らして欲しい!!」

「みみっ! さすが六駆師匠! 清々しいです! 見習うかは要審議です! みみっ!!」



 六駆の懸案事項もあっさりと消え去り、山根が【稀有転移黒石レアブラックストーン】を発動させた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 南雲監察官室では、2時間ほど仮眠を取った南雲が白衣を着て待っていた。

 いくら睡眠不足のおっさんだからと言って、現地に遠征していた部下の帰参に「もう2時間寝かせて」とは言えない。

 そんなマジメな男、監察官・南雲修一。


「やあ、お帰りチーム莉子のみんな! コーヒーババロア食べるかい? 山根くんの最新型のメカでついにゼリーから上のステージへと突き抜けてね! なんと、生クリームとソフトクリームのトッピングも可能なんだ!!」


 まず、おかしいなと首を傾げたのが、チーム莉子のお姉さん、椎名クララ。

 「荒ぶる六駆くんを鎮めるには、まずお金の話じゃないかにゃー?」と訝しむ。


 続いて危機管理に優れている木原芽衣がクララの思考を追いかける。

 「大人が話を逸らす時は、だいたい面倒なときです! みっ!」と本質を突く。


「うわぁ! このババロア絶品ですね! 疲れた体に染みわたるなぁ! ねぇ、莉子!」

「うんっ! ホントに美味しいです! 煌気を原動力にこんなステキな発明ができるなんて、山根さんすごいです!!」


 このバカップル同盟、失礼、共犯者同盟だけがコーヒーババロアに舌鼓を打つ。

 たが、コーヒーババロアはいずれなくなる。

 なくなってしまえば、次に何の話になるのか。


 この場の全員が知っていた。


「南雲さん! お金ください!!」


 もはや恥も外聞もない。

 あるのはただ、金欲のみ。


「ああ、そうね。そう来るよな。うん。じゃあ小坂くん。君に代表して渡すよ。これ、明細書ね。よく読んでくれる?」


「うひょー! 明細書で来ましたか! これはアレですね! 現金を直にやり取りすると大金過ぎるから!! 銀行振込ってヤツだ!! うひょー!!」


 どんどんフラグが出来上がっていく。

 諸君、このようなシーンに見覚えはないだろうか。


 見覚えがなければ新鮮な気持ちで事の成り行きを見守って欲しい。

 既視感を覚えたのなら、目を閉じて胸の前で十字架でもきってあげてください。


「えーっとぉ! すごいよ、六駆くん! 総報酬額、3千万円超えてる!!」

「ひゃっはぁー!! 4人で割って……!! ああっ! 分からない!! 3千万って4で割れるの!? あああっ! 分からない!!」


 「どれどれー」とクララも明細書を覗き込む。

 実はクララパイセン、日須美大学では商学部に所属している。

 日商簿記2級の資格を持っているクララにとって、明細書の解読など赤子の手をひねるも同然。


「あー。……にゃー。報酬は確かに3千万オーバーだけどー。んー。そこから差し引かれてるお金があるにゃー」

「もう! 仕方ないですね! あれでしょ!? オジロンベ製の剣の代金! 1千万でしたっけ? もったいないですけど、まあ、ね! まだ2千万以上ありますし!!」


「えっとね、六駆くん? あ、ちょっと待ってにゃー。南雲さん、後ろを失礼しますー。よし、ここなら平気だにゃー。サーベイランスの破損で1500万円ほど差し引かれてて、ホグバリオンの修繕費が500万。さらに、ホグバリオンはスカレグラーナに返却しないとダメみたいで。あとは六駆くんのパパさんがダメにした剣と……えー。ざっと計算すると、4人で120万円ほどしか浮いてないにゃー。それを更に4等分するとー。あ、まずいにゃー」



「……は?」



 六駆は一瞬で煌気オーラを極限まで高める。

 意識してそうした訳ではない。


 あまりの事態に、自己防衛本能が働いたのだ。



「南雲さん! 部屋に取り付けてある1番高い煌気オーラ感知器がぶっ壊れました! 火が出てます! 自分、こっちの消火するんで! 南雲さんは逆神くんの消火を!!」

「おい! 汚いぞ、やーまーねぇー!! 私だって嫌だったんだ!! 誰だよ、コーヒーババロア食べさせといたらそんなに怒らないって言ったの!! 君だぞ!!」



 こんな時に頼りになるのは、チーム莉子の良心。

 小坂莉子さん。

 彼女は胸部にボリュームがない代わりに、情の深さには定評がある。


「六駆くん、大丈夫だよぉ! ほら、久坂監察官からのプライベートな報酬があるじゃん!」


 一瞬、六駆の怒りが鎮まる。

 だが、クララが情報を更に投下する。


「えっとねー。協会本部の公式案件になったから、サーベイランスの修理費が請求されてるんだよにゃー。で、単純な報酬だけだと赤字だから、明細書には久坂監察官がくれるはずのあたしたち4人分のお小遣い、800万も含まれてるにゃー」



「……は?」



 協会本部には、探索員の中枢施設で万が一スキルを悪用する者が出た時のために、緊急アラートシステムが完備されている。

 急激な煌気オーラの上昇を感知すると、全監察官に緊急事態を知らせる仕組みであり、まさにその基準値にもう一押しで到達するところである。


「逆神くん、落ち着いてくれ! まだ! まだ話には続きがある!! ちょっと、お願いだから煌気オーラ出すのヤメてくれる!? 監察官が集結しちゃうからぁ!!」


 現世に帰るなり緊急事態の南雲監察官室。

 そんな渦中の扉が、何者かによって開かれた。


「おーおー。相変わらず無茶苦茶やりよるのぉ、六駆の小僧。報告を受けちょったけぇ、ちぃと銀行に寄って来たんじゃが、まだ間に合うかいのぉ? 修一?」

「久坂さん! 遅いですよ! でも間に合います! ギリギリですけど間に合います!!」



「ひょっひょっひょ! ほいじゃったら、もうちぃと遅く来れば良かったのぉ!」

「なんで私は師匠と部下がこんなのばっかりなんだ!! くそっ!! 私が何をした!!」



 久坂はテーブルの上にどさっと何かを並べた。

 あまりにも無造作に、ぞんざいに扱うものだから、六駆の嗅覚がそれを認識するまで3秒もの時間を要した。


 それは、札束だった。

 100万円の束が8つ。


 六駆の体から煌気オーラの反応が一瞬で消えた事は、報告するまでもなかっただろうか。

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