第285話 とある場所のとある施設にて 異世界・キュロドス

 ここはとある異世界。

 名前をキュロドスと言う。


 豊富なイドクロア鉱石が産出されるキュロドスでは、支配体制が敷かれていた。

 元々キュロドスは独裁国家であったが、現在の支配のピラミッドの頂点に原住民は存在しない。


 国を統べるのは4番。


 この国はアトミルカの植民地の1つであり、軍事拠点として運用されていた。

 かつて六駆たちが訪れたルベルバックに匹敵する科学力と、大気中に含まれている豊富な煌気オーラ


 さらに前述の希少価値の高いイドクロア鉱石【ラキシンシ】がキュロドスの売りである。

 現在確認されているイドクロア鉱石の中でも極めて硬いラキシンシ。

 その分、煌気オーラ伝達が他のイドクロア鉱石に劣っており、探索員協会ではどの国でもほとんど使用されていない。


 だが、煌気オーラ伝達などある程度のレベルのスキル使いになれば、膨大な量を流し込み無理やり充填させる事が可能である。

 探索員のランクで言うと、Aランクになればその技術をだいたいの者が身に付ける。


 乱暴な使い方をすると決めているアトミルカにとって、ラキシンシは打ってつけの鉱石なのだ。


 さて、キュロドスの軍事拠点にて苦虫を嚙み潰したような顔をした男がいる。

 この男を我々は知っている。


 随分と痩せてしまったが、彼のした悪行の総量は太っていても痩せていても変わらない。


「おい、8番。いや、下柳。なんか弁解があるなら聞くが?」

「……ありませんねぇ。あなたに対しては。1番様にならば、ボクの長年積み重ねて来た日本探索員協会の情報を全てお知らせするのですがねぇ」


「はっ! その大事な情報をほとんど置き去りにして? 泣きべそかいて帰ってきたのはどこのどいつだ? お前の顔を直接見るのは初めてだけど、しけた面してんな」

「それはこちらのセリフですねぇ。ボクもあなたの顔はモニター越しでしか見た事がありませんでしたがねぇ。まったく、ふてぶてしいったらないですねぇ」



「言葉を選べよ? 8番。下柳則夫」

「お飾りのあなたに言われたくはないですねぇ。4番。グレオ・エロニエル」



 アトミルカの序列が数字によって決まるのは諸君もご存じの通り。

 だが、1桁ナンバーの4から9までは実力が拮抗している。


 別格なのは1番と、その右腕である2番。さらに3番。


 つまり、下柳はグレオを引きずり下ろしたいし、グレオは下柳をこのまま失脚させたいのである。

 下柳則夫の身体には六駆が『基点マーキング』を山ほど付けているので、時が来れば勝手に失脚する。


 かと思われたが、この下柳という男、強運の持ち主であった。


 彼はキュロドスへと続くダンジョンの入口に【稀有転移黒石ブラックストーン】で飛んできた。

 そして、その時点で命に関わるダメージを負っていた。

 速やかに治療措置がとられたのだが、ここで下柳にとっては思わぬ幸運が起きる。


 彼の身体には『脂肪三段腹ラードトリプルガード』という、防御膜が常時展開されており、それは着脱可能。セミの抜け殻のように脱皮できるのだ。

 結果、2枚ほど『脂肪三段腹ラードトリプルガード』を脱ぎ捨てた下柳は、そこで六駆の『基点マーキング』から逃れる。


 ちなみに、彼はその幸運に気付いてすらいない。

 いくつかのアトミルカ基地を飛び回り、再びキュロドスへと戻って来ていた。


 ならば、探索員協会の急襲部隊の命運は尽きたかと言えば、そうでもなかった。

 下柳の『脂肪三段腹ラードトリプルガード』は物理的に着脱するものであり、それはベットベトのおっさんの脂肪で作られた鎧である。



 アトミルカの構成員が誰も触りたがらなかったのだ。



 その結果、下柳の抜け殻はダンジョン入り口に放棄された。

 とんでもない産業廃棄物である。


 その産業廃棄物には、六駆の『基点マーキング』が生きている。


 つまり、事態を急襲部隊のメンバーの1人でも良いので察知できれば、そこから隠密作戦に切り替え、キュロドスのアトミルカ基地まで攻め込み、文字通り急襲する事も可能である。


 だが、アトミルカの軍事拠点はこのキュロドスが最大規模であり、当然ながら守護する者のレベルも高い。

 総司令官に4番のグレオ。


 その下に副司令官として6番と7番。

 さらに8番、下柳則夫も今は療養中の身だが健在である。


 2桁ナンバーも大量に補充され、軍備は整いつつあった。


「そう言えばな、下柳。3番がそのうち視察に来るんだとよ。お前の失態についても、そこで色々と聞かれると思うぜ。はっ! ご愁傷様ってヤツだな!」

「ぐっ、ぎぎぎぎっ。確かに、認めましょうかねぇ。ボクは失態を犯しましたねぇ。ですが、それを差し引いてもボクの貢献度は、少なくとも4番。君には勝っていると思うのですがねぇ?」


「頭の中身がゼラチンにでもなったか? 寝言は寝て言え、おっさん」

「君のような若造に、20余年にも及ぶ潜入ができるとは思えませんねぇ?」



「なんだ、この野郎。ヤるってんなら、いいぜ? 相手してやるよ!」

「ボクの脂肪も6割は補填できましたからねぇ。君を屠るくらい容易いですがねぇ?」



 総括に入ろう。

 アトミルカ最大の軍事拠点が探索員協会所属・急襲部隊の戦場となる。


 相手の数は多く、軍事の要と言うからには武器も過剰なほどあるだろう。

 だが、急襲部隊は一騎当千の集まり。


 今さら2桁ナンバーに遅れを取る事もないかと思われた。

 血戦の時は少しずつ近づいている。


「くっせぇんだよ、お前のスキル! マスクするからちょっと待ってろ!」

「この香りが分からないとは残念ですねぇ。これも含めてボクのスキルなんですけどねぇ」


 とりあえず、アトミルカの上層部はギスギスしている。

 今回分かった事のまとめはこうなる。


 やはり、参加するならば探索員協会が良いと思わずにはいられなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おおい! 逆神くん! 君ぃ、上天丼を3つも頼んだのか!?」

「だって、南雲さんがお昼から訓練あるって言うから!」


「訓練に向けて英気を養おうとは言ったよ? けど、3つも食べて動けるの!?」

「天ざるそばの人誰っすかー?」



「あっ! それも僕です! メニュー見てたら蕎麦も良いなって!!」

「やーめーろーよぉー!! もう食事の量が天下一武道会前のサイヤ人レベルじゃん!!」



 南雲監察官室は今日もいつも通りであった。

 キュロドスのギスギスした空気を眺めた後であれば、それもひとしお。


「みみっ。莉子さん、莉子さん。芽衣の親子丼とカツ丼のちょっとだけトレードを申請するです。みっ」

「いいよっ! 芽衣ちゃん、卵の料理好きだよね! はい、カツ一切れどうぞ!」


「みみっ! ではこちらは卵と鶏肉と玉ねぎのハーモニーをお届けです。あと、親子丼が伯父姪丼って名前だったら、芽衣は生涯口にする事はなかったです。みみっ」

「にゃっははー。今日は監察官の人たち相手に模擬戦闘訓練もあるんだよにゃー。来ないと良いねー。木原監察官がさー」


「あれ? 小鳩さん、どうしたんですか? そんな小さいカツ丼で! いつもはその4倍くらい食べるじゃないですか! どうしたんですか!? あ、分かった! 太りましたねぇ!?」

「逆神くん、それはヤメて! このパターン、私知ってる!!」



「くっ……。このお排泄物な男たちは度し難いですわ! お排泄物らしく、デリカシーのない中年は水洗トイレに流して良いように探索員憲章を改定しますわ、わたくし!!」

「ほらね? 私、何にもしていないのに巻き込まれただろう? あれ? 逆神くん?」



 既に姿のない六駆。

 山根が指をさす方向に目を向けると。


「もぉぉ! 六駆くん、女の人にそーゆうこと言っちゃダメっ! そしてこれがぁっ! 小鳩さんの体をエッチな目で見てた分っ!!!」


 莉子パンチによる制裁は最後の一撃だけ威力が桁違いであり、監察官室の警戒センサーがヴィンヴィンと鳴り始めた。


 こんなに楽しい昼食の風景はアトミルカにない。

 もはや、その事実だけでも探索員協会は勝利していると言っても過言ではないのだ。

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