第1111話 【クイント宮がナニします・その4】小鳩お姉さんの「ほらご覧なさいですわよ」 ~間違いなく最後のゾロ目回なのに。そういうところですわよ。~

 時間を進める『時間超越陣オクロック』は、普段使いの時間を逆行させる仕様よりもずっと発現が楽で、しかも早く済んだ。

 これは恐らく、「過去への逆行は際限なく可能だが、未来への跳躍はある一定のラインでストップがかかる」という法則が影響したと考えるのが妥当である。


 ドラえもんとタイムパトロールの人が言ってた。


 見た目はまったく変化がないものの、多分ちょっとだけ時間が進んだクイント宮。

 人体への被害はなくなったと判断した瑠香にゃんが防護膜を解除した。

 彼女の防護膜は異空間宙域という、宇宙空間と何が違うのかよく分からないものの、とりあえず人間が生身で行くと死んじゃう場所でクララパイセンを生かした実績がある。


「確認します。……サーチ完了。皆様、健康状態に変化はありません。瑠香にゃんは安堵しました。ですが、1つ気付いた事があります」

「なんだろにゃー?」


「バニング様だけはグランドマスターのスキルに少しだけ影響させておけば、拳の負傷が感知したのではないかと瑠香にゃんは思います。確率62%です」

「ふっ。気遣いは無用だ。瑠香にゃん。では聞くが、瑠香にゃんは六駆が、初めて使うから不安なんです!! というスキルに干渉してまで体を治したいと思うか? 私は思わん。拳はそのうち治るが、死んだらなかなか治らんからな」



「瑠香にゃんは同意します。同意した直後ですが、人工知能に異常が発生。ステータス『死んだらなかなか治らんってなんやねん』を獲得。死んだら2度と治りませんが。瑠香にゃんデータベースによると、そんな事ないという検索結果がたくさん出て来ます。ぽこ。助けて」


 パイセンが「にゃー。今はあたしのおっぱいに包まれて落ち着くぞなー」と瑠香にゃんを抱きしめた。



 この世界の死生観について今更議論することほど時間の非効率な使い方もなかなかない。

 死んだ敵は最終的に「えっ!? 死体じゃ報酬減るんですか!? 事情聴取!? 言ってくださいよ!!」とか抗議した後に六駆くんが生き返らせるし、一部のお排泄物たちは何もしていないのに死の淵から勝手に這い上がって来る。


 バニングさんに関してはもう何回瀕死になったか分からないレベルに死にかけており、多分そのうちの何度かはちゃんと死んでいる。

 ちゃんと死ぬってなんだろう。


「ノアさん? わたくしの見間違えですわよね?」

「興奮する展開ですね!! スマホちゃんで撮影です!」


 大がかりな時間工事には関われない小鳩さんとノアちゃんは、とりあえず目下に控える皇宮の様子を注視していた。

 注視していたとして、何かが起きたとてちょっと対応はできない事は承知だったが、実際に何か起きると「わたくし、見ている事しかできませんでしたわ」と責任感でたわわな胸を痛めるのが元祖世話焼きお姉さん。


 今は仁香さんが本家世話焼きお姉さんになり、佳純さんが真打世話焼きお姉さんを襲名しており、世話焼いてくれるお姉さんも随分と増えた。


「とおー!! 『ホール』!! 各先輩に通達です! なんか皇宮から飛んできます!!」

「……どうしてわたくしの前にも穴を出すんですの? あ、報告しろって事ですのね? もうあっくんさんとのラブラブ穴を出してくれなかった事は水に流しますわ。……付言いたします! スキル発現中の人型と思しき物体が接近しておりますわ! 人なのか人の形をした兵器なのかはもう分かりませんわ! うちの子も2種類に増えましたもの!!」



「瑠香にゃんは面目ないと思いました」

「なんかあたしもごめんなさいだにゃー」


 人の形をしたどら猫と人の形をしたメカ猫がちょっと謝罪した。



 なんか来ているという事態だけは分かったが、特に驚く事でもない。

 なにせ、クイント宮から視認できる距離に皇宮があり、このクイント宮は元が皇宮の一部。


 バルリテロリサイドからすれば、これまでは「意味が分かりません」の繰り返しだった戦局で久しぶりに事情が手に取るように分かる拠点のクイント宮。

 状況は把握されており、何かしらの手を打たれたものと思われた。


「ノア。穴はまだ通じているか?」

「バニング先輩! ボク、穴はまだピュアです! アリナ先輩にご報告します!!」


「ふっ。通信に最も長けた者とやり取りをしたくない。まったく、戦いとは思い描いた形にはならんものだ。構わん! どうせお叱りは受ける! 通じているか!!」

「バニング先輩に男気を見ました! じゃあ通じてます!!」


 「じゃあってなんだ!! そんな簡単に開通するな!!」といつの間かにツッコミも完全に習得したバニングさんが、クイント宮の下の方に向かって叫んだ。


「六駆! 南雲殿! いや、ナグモ殿!! 敵襲だ! 予測できていたが、六駆とナグモ殿が同時に離れている事は想定外! こちらは小鳩しか万全の状態の者がいない!! すぐに戻れ!!」

「えっ。わたくしが単騎でお相手させられる流れですの? ……死亡フラグってヤツですわよね? クララさんのお部屋の本棚だけではなく、最近はわたくし、あっくんさんのお部屋の本棚も網羅してますのよ? バトルものだって履修済みですわ。これ、わたくし酷い目に遭いますわよね?」


 優勢に戦局を進めていたところにアクシデント。

 敵の反撃に緊急で応じる、迎撃任務を帯びた戦士。


 7割くらいで死ぬ。


「六駆!! 応答しないのは何故だ!? まさかお前……? 使い慣れんスキルのせいでどこかに不調を……?」


 嫌な予感が加速する。

 大一番になると急にどっかに行く事に定評があり過ぎる六駆くん。


 やったか。


『あ、いえいえ! 僕何の問題もないですよ!!』

「僕?」


『ナグモさんがスキルの影響受けちゃって! なんかバルナルドさんみたいに年季の入った竜人になっちゃったんですよ! これどうしましょ? 渋くて良いなって思うんですけど、ちゃんと戻さないと』

「ナグモ殿は亡くなられるのか?」



『いえ! 面倒だなって! 古龍って4000年とか生きますもん』

「そうか! では戻って来い!! ナグモ殿はしばらく渋い感じで仕上げて置けば良い! 彼の奥方は割とそういうところに寛容だ!!」



 最終決戦だからなのか、人権に対して色々と危ういラインで反復横跳びが始まっている気配はあるものの、竜人って人権の適用範囲に入るのかなと思うにつけ、今はそれでも問題ないような気がしてくる、それは人として正しいのか。

 人間って難しい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 六駆くんが渋ナグモさんを抱えてクイント宮の上の方へ。

 まず、飛んできているらしいお金の種、もとい敵の姿を確認する。


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!」

「え゛。六駆さん? 一応停戦とかを求めませんの?」


「小鳩さん? お言葉ですけど、この状況を好機と見て飛び込んで来る敵さんですよ? もしも牽制の一撃で死んじゃう場合って、これ僕のせいですか?」

「……仰ることは分かりますわよ? ですけれど! 六駆さんの牽制って牽制じゃないんですわよ!! いい加減にご理解くださいまし!! 六駆さんも莉子さんも!! 瑠香にゃんさんも!! 皆さん、もう真面目に考察すると頭おかしくなるレベルなんですわ!!」


 六駆くんが「えっ!?」といつも通り驚いて、瑠香にゃんが「ぽこ。瑠香にゃんが危険にカテゴライズされてしまいました。瑠香にゃん、猫が良い」とパイセンのパイセンに顔を埋めた。



「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!! 『試算おためし大竜砲ドラグーン』!!」

「ほらご覧なさいですわよ! 何言ったって撃つんですもの! うちの子たち!!」


 六駆くんの牽制のためちょっと手加減した『大竜砲ドラグーン』が敵と思しきシルエットに直撃した。



「あれ!? しまった!!」

「もう嫌ですわ!! 六駆さんのしまったって本当にやらかしておられる時しか出ませんもの!! やっちまったんですの!? まだ間に合いますから、わたくしと一緒にごめんなさいしますわよ!!」


「違いますよ! あれ、ただの煌気オーラの塊だ!! 囮ですね!!」

「えっ。……瑠香にゃんさん! サーチですわよ!!」


 瑠香にゃんが「ご主人マスターが怖いです。丁寧語を極めたフリーザ様みたいに思えてきました」とプルプルしながら、瑠香にゃんサーチを発動した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃。

 クイント宮の中の方では。


「マジかよぉ! なんか生きてんぞ、オレら!! チンクエ!! しっかりしろ!! オタマのストッキング嗅がせてやるから!!」

「兄者。私は割と前から実はしっかりしていた。でも、心配してくれる兄者は良い。あと、オタマのストッキングは燃やされるところを薄目で確認した」


「ちくしょうめぇぇぇ!! 感動的な別れをしたってのに!! バニングの野郎!!」

「逆恨みと八つ当たりをする兄者も良い。生を感じる。とても良い」


 やっぱり生き返っていたクイント・チンクエ兄弟がいた。

 そこに出現したのは、四角い男。


 バルリテロリを今やほぼ独りで背負って立つ、総参謀長。


「お二人とも。お迎えに上がりました。お急ぎください。撤退します」


 テレホマンである。


 総参謀長といえば戦局におけるゴールキーパー。

 最前線に出て来るのはセオリーとは言えない。


「ご不満がありましたら、チラベルト選手に言って頂けますか」


 フリーキックどころか、気分がいいとペナルティーキックにまで参加していた伝説のゴールキーパー、チラベルト。

 通算ゴール数は驚異の67。


 キャリアで何度も味方から「頼むからゴールにいてくれ」と怒られたゴールキーパーでもある。

 令和との同期前のバルリテロリでは現役の人気選手の1人で、今も根強いファンが多い。

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