第1160話 【逆神くんに隠密行動とか無理だよ・その3】宝物庫、爆発する ~陛下。六駆くんにそれは極めて悪手です。~

 六駆くんがお金に釣られた。


 彼の報酬は当初、つまり異世界転生周回者リピーターを終えて現世に帰還した直後は莉子ちゃんの「もぉ。マクドナルドで好きなもの食べて良いから。ちゃんとやって」というまだ辛辣だった頃のリコリコ囁きだった。

 それでも彼は「いいの!? じゃあね、マックシェイク2つ買っていい? あ、莉子が買って来てね。僕、店員さんと喋るの怖いから!」と笑顔でモンスターをしばいたり、莉子ちゃんにスキルを教えたりしていた。


 この世界で最もインフレしたものは、六駆くんへの報酬である。

 疑いようもない。


 今では億単位の取引をするというエリート銀行員みたいな次元に到達しており、資産運用とか期待収益率とか円安だからお金はドルで振り込んでくださいとか、何も知らないおじさんからお金にいやらしいおじさんへと進化を遂げた。


 だが、六駆くんは「そんなはした金じゃあね、虫も殺せませんよ。アースジェット買って来ましょうか? 僕、帰るので」などとは言わない。

 10000円だろうと5000円だろうと、子供が「これいらんわ」と差し出すシール付きウェハースのウェハースだろうと、貰えるならば「うひょー!!」と頂戴する。


 この信念が欠けるとお金なんか貯まらないのである。


 なにより、最近は報酬の額が大きくなり過ぎたのでダンジョンをシコシコ攻略して100万円をパーティーで分けていた頃のような「うわぁ! 今回、封筒に厚みがある!!」という直接的な快感を得られなくなって久しい。

 もちろん預金通帳を眺めて、0が増える度に「うふふふふふふふふふふふふ!!!」とほくそ笑むのも楽しいし、軽く逝きそうになるくらいに気持ちいい。


 人は学習する。


 フェルナンド・ハーパー元国協理事が六駆くんの資産凍結をキメたばっかりに「今の時代、銀行に預けるのって怖いよね」という疑念が生まれ、その流れで「えっ!? 銀行って潰れたら預金なくなるんですか!? ペイオフ!? 莉子の前で胸の話しないでください!! 莉子、言ってやったよ、僕! ああああああ!?」と一旦莉子ちゃんのシンデレラバストを擦ってから億単位の金をぶちこんだ口座の心許なさを知るに至ったりして、現金ちゃんからしか得られない気持ちよさを心のどこかで求めていた。


 このまま放置しておくと「マイナンバーとか言うので僕の口座を管理してぇ! 知らないうちにちょっとずつ抜くつもりでしょう!! !!」と、一笑にふせるはずの陰謀論が最後にくっ付いた具体例のせいでなんか信憑性をゲットして、血で汚い汁を洗う親子の戦い(今季8号・本日1月8日)をおっ始めかねない。


 そんなところに出て来た、五千円札ちゃん。

 新渡戸稲造紙幣なので完全に偽札というか、バルリテロリでしか流通していないというか、現世でも使えるけれどこんな大量にピン札は用意できないから目に見える落とし穴なトラップにも食いついてしまう。



 現世では2024年7月3日から一葉ちゃんは梅子ちゃんになります。



「はぁはぁはぁ!! すっごい!! 見て、ノア! これぇ! すっごい!! 茶色いお札ってなんでこんなに胸がドキドキするんだろうね!! うわぁぁ!! この何とも言えない匂い!! これ、本物だ!!」

「逆神先輩が! ボクが合流した頃にはもう大人になってしまっていた逆神先輩が!! ダメなおじさん逆神先輩に!! 生で見られるなんて、感激です! 興奮です!!」


 六駆くんを許してあげて欲しい。

 彼が紙幣と遭えない期間はもうそろそろ1年になろうとしているのだ。


 なのに、


 許してくれても良いと思われる。


「ねぇ! 見てくださいよ! 南雲さん!! ほらぁ!! ほらぁぁぁ!! ほらぁぁぁぁぁぁ! あぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「……まずいな。逆神くんが歌ってる。これあれだ。MONGOL800の『小さな恋のうた』のサビの最後のほらーのところ」


 南雲さんが眉間にしわを寄せてこめかみを押さえながら「コーヒーが飲みたい……」と呟く。


「南雲監察官」

「ああ! 嫌だぁ!! ライアンさんが不思議そうな顔してる!! じゃあこれ、確実にダメだ!! あなたが分析できなくて、私が察してるってもうこれ!! 地獄の釜の蓋が開くヤツですよ!! 経験則だもの! 私だけの!! いらないなぁ! このオンリーワン!! 逆神くぅん!! お願いだから、1度こっちに戻って来て!!」


「あ。逆神せ」


 ノアちゃんが何かを言いかけた。

 何を言おうとしたのかは今となっては分からない。



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 カチッとレトロな音がした直後に、六駆くん入室済みの宝物庫が爆発した。



「くそっ!! やられた!!」

「南雲監察官」


「ライアンさん!! そりゃあね、逆神くんは無事ですよ!! あんな爆発で怪我なんかしませんよ! 多分あの子、核爆発に巻き込まれてもふぅぅぅぅんとか言って不機嫌そうに戻って来ますから!!」

「では、南雲監察官」


「彼の目の前で!! 目の前どころか胸に抱きしめた札束が!! 今、爆発して消えた!! これはもうやられたとしか言いようがないですよ! くそ、くそぅ!!」

「偽の紙幣ですが」



「逆神くんが本物だって思ったら、もうそれ偽札だろうと子供銀行券だろうと、小坂くんは絶対使わないのに京華さんがあげちゃった下着店のクーポンだろうと!! それは全部お金なんですよ!!」


 何を言っているのか全然分からないが、我々にはとてもよく分かる。



 そんな悲劇が起きた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 犯人であらせられる、喜三太陛下が奥座敷でご満悦であった。


「ぶーっはははははははは! ぶぅーっははははははは!! すまんな、ひ孫!! これ、戦争なんだわ!! ワシの構築スキルの偉大さはもうあっちも知ってるだろ!! その皇帝の構築スキルで生み出した煌気オーラ爆弾!! 死んではいなくとも! 致命傷は与えただろ!! これで勝ちが一気に近づいたで、みんな! 価値ある勝ちが! ぶーっははははぁぁー!!」


 繰り返しお伝えするが、バルリテロリサイドに六駆くんとお金のラブラブチュッチュな関係を知る者はいない。

 テレホマンやオタマですら「ちょっとがめついな。ひ孫様は。うちの皇帝陛下は女にだらしがないけれども」としか思っていない。


 やったか。



 やってはいないのだが、そう思いたくなる希望の爆発だった。



「……ねー。……なんか変じゃん?」


 異を唱えたのはまさかの六宇ちゃん。

 戦場に出たのはついさっきが始めてなバージン乙女。


 初体験の印象ほど脳裏に焼き付いて離れないモノもないと言う。


 六宇ちゃんは初陣で死の恐怖と密接に接触している。

 瞼を閉じれば、振り向いた瞬間に「えへへへへへ」と笑っていた莉子ちゃんがフラッシュバックして心療内科に通院したくなるくらいのトラウマが出来立てホヤホヤ。


「ねーってば。なんかさー。あの子、ヤバみを感じてなかったってー。聞いてるー? 普通さー。死にそうになったら、ちょっとくらいおしっこ漏らしそうになるじゃん?」

「六宇? おめぇ……!! ちょっと待ってろ! じじい様! パンツ創ってくれ!!」


「マジかよ、六宇ちゃん! なんですぐ言わないの!! 蒸れたら良くないよ!! 待ってろ!! ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「オタマぁ……。あたしがバカなのってさ、勉強不足なのもあると思うよ? でも、遺伝じゃない?」


 オタマが無言で六宇ちゃんを抱きしめた。

 そっとスカートに触れてみたところ「……恐怖の比喩表現でしたか。安心しました」と立派な胸を撫でおろしたオタマの安堵を六宇ちゃんは知らない。


 そこで皇宮秘書官も気付く。


 偉大なる皇帝陛下のひ孫様と言えど、死に瀕すれば何かしらのリアクションないし感情の発露くらいはしよう。

 そこで『帰ってきたテレホーダイ』越しに奥座敷から見つめていた六駆くんの表情を思い出す。


 オタマは記憶力に長けており、陛下をお諫めした回数は寸分の狂いなく記憶しているほど。

 調子が良い時は日に2桁お諫めする事もあるのだから、相当である。



「……怒りに満ちておられました。まるで最愛の恋人の唇を目の前で奪われたかのように。あのお顔は死に逝く者の表情ではありません」

「ねー。でしょー? なんかこうさー。むちゃくちゃにしてー!! って顔だったもん。あれ、絶対にヤバいよね?」


 クイントが「六宇!? むちゃくちゃにしても良いのか……? まだ恋人つなぎで手を握ってもないのにか?」と慄いた。



 そんなほんわかムードの奥座敷メンズチーム。

 ほんわかが一瞬で戦慄に変わる瞬間というものは1度だって味わいたくはないものである。


「……はぁ!! へ、陛下!!」

「どうしたんや? ひ孫、もしかして死んでた? それはちょっと悪いことしたかもしれんなー。四郎の孫やもん。対話の余地くらい残したつもりやったのに。えー。死んだん?」


 テレホマンが「宸襟を騒がせ奉る時間が惜しい!!」と不敬なのか敬服なのかよく分からない判断を瞬時に下し、電脳ラボへ通信を行った。

 すぐに脳内に大量の同期が届いて「ゔっ」と呻かされる総参謀長。


 奥座敷の『帰ってきたテレホーダイ』では爆炎が消えておらず、現場の状況が判然としないための確認だったが、いつも前向き電脳ラボから悲痛に満ちた感情が山のように同期されたのでテレホマンも心が沈んだ。

 極めて低いテンションで陛下に告げる。


「……ひ孫様。ご健在の由にございますれば」

「えー。マジか! すげぇな、やっぱり!」


「今、ひ孫様の御味方が全力でお止めになられているとの事」

「なにを?」


「皇宮を。いえ。バルリテロリの半分が吹き飛ぶほどのスキルの発現を、でございます」

「……煌気オーラ全然感知できてないで!?」


「陛下。陛下の御業は煌気オーラを消して発現も可能。ならば、陛下のひ孫様にも同じ御業ができようと考えるのが道理でございます……」

「……マ?」


 喜三太陛下がちょっと古いけど令和のお返事をご習得なされた。

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