第1161話 【逆神くんに隠密行動とか無理だよ・その4】機会損失と言う名の怒り ~金塊? それは元から貰うものだったので、やっぱり機会損失ですよ?~

 ほんのちょっと前の南雲隊。


 六駆くんの抱えていた五千円札の束が大爆発した。



 たったそれだけだが、それが全てである。



「う……う……うわぁぁぁ……うわぁぁぁぁぁ……」

「しまった!! 私としたことが!! なにが知恵者だ!! こんな、ここまで来て!! 最悪の事態がこんな簡単に!! 皆!!」


「南雲監察官。私は煌気オーラが枯渇しております。そしてノアちゃんはスマホを構えてご満悦ですが」

「ふんすです!!」


「くっ!! 『古龍化ドラグニティ』!! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! やりたくなかったけど、教えてもらってたから使うしかない!! 『二重ダブル』!!」


 ここに来て南雲さんが初めての『二重ダブル』発現。

 『古龍化ドラグニティ』は六駆くん考案、スカレグラーナのトリオ・ザ・ドラゴン監修なので忘れられがちだけれど逆神流のスキルである。


「チャオ! ……ダメだ。絶対にチャオれると思ったのに。とても頭がスッキリしている。哀しいのに全然テンションは上がってない。目の前の現実がとてもクリアに見える……」


 理性ガチャが外れて欲しい時だけ当たるナグモさん。

 いつもより強めの古龍の戦士へ。

 黒ナグモさんをチョイスするべきだったかもしれないが、氏の記憶にあの形態の情報はもう残っていないので咄嗟に出せるものではない。


「う、うわぁぁぁぁぁぁ! ゔわ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! 僕のお金たちがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 緑色の竜人になったナグモさんの前では、なんかブロリーみたいになってる六駆くんがいた。

 今さら札束がそれなりの数あったとて、それが胸の中で爆発したとて、何ぞ所詮ははした金。


 そんな事は関係ないのである。


 1年くらい食べてなかったビックマックをどうしても食べたくなって、その日は朝ごはんを抜いていて、お昼時になって「もう我慢できない! 俺はビックマックを食うぞ!!」とマクドナルドに向かったらばドライブスルーの車列が半端じゃない。

 それでもめげずに列に並んで待つ事30分。

 これ普通に店内に入って頼みゃよかった、全然スルーできてないと自分の愚かな判断に憤りを覚えながらもようやく順番が回って来てお姉さんが「いらっしゃいませ! こんにちは!!」と疲れているだろうに元気な挨拶をキメてくれるので溜飲も下がり、「ビックマックセットくーださい!!」と頼んだらば、「申し訳ございません。ただいま、ポテトのフライヤーがメンテナンス中でして。お時間30分ほど頂くことになりますが……」とガチで申し訳なさそうに言われた結果、時計を見ると30分待ったらビックマックセットは食えるものの午後の仕事に差し支える事を把握して、でもやっぱりビックマックは食べたいけれど、ポテトとコーラと一緒に食べるビックマックが欲しかった訳で、じゃあ昨日の夜から抱いていたこの恋心にも似た渇望は絶対に満たせないと気付いた、その瞬間。


 言い表せないほどの絶望と失意に襲われる。


 そんな感情が六駆くんを襲っていた。


 何を言っているのか分からないかもしれない。

 それでも、伝わって欲しい。この純情な感情。


「さ、逆神くぅぅぅぅん!! 気を鎮めるんだ!! 君ぃ! すっごい煌気オーラが放出されてるけど!! これダメだ! 皇宮どころかバルリテロリが吹き飛ぶ!! 逆神くん! ちょっとぉ! 冷静になって! 私が古龍の戦士になって冷静になってるんだよ!? じゃあ、君もデキるデキるぅ!! ほら、深呼吸だよ! すー! はー!! はい、一緒に!!」

「ゔわ゛ぁ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お!!」



「ワオ! 変わった深呼吸だね!! チャオ!!」

「南雲監察官。現実をご覧ください」


 直視した瞬間に死んじゃう現実も存在するのである。



 ノアちゃんが叫ぶ。


「ややっ! ライアン先輩! こっちです、こっち!!」

「嘘でしょ、ノアくん!? この状況でライアンさんをそっちに呼ぶの!? そんなに大事なものがあるの!? そっち!!」


「なんか穴ちゃんで穴掘ってたらですね! ケーブルが出てきました! これってふんすですか?」

「南雲監察官。失礼!」


 ライアンさんがノア隊員の指さすケーブルとやらを確認、続いて手を触れる。

 すぐに確信に至った。


「お手柄だ。ノアちゃん。南雲監察官! 敵の情報伝達に用いられてると思しきケーブルを発見! これより分析に入ります!!」


 お忘れの方のためのバルリテロリ事情。


 ちょっと前に令和と同期したものの、施設はまだまだ平成初期から中期に差し掛かる時分の設備が揃っており、お馴染み『テレホーダイ』シリーズも初期型は非常に世知辛い仕様だった。

 必要に応じてバージョンアップを繰り返した『テレホーダイ』だが、その分は当然どこかが割を食っている訳であり、例えば「皇宮のシステムまわりとかって絶対最後で良いよな」「そらそうよ。皇宮まで攻め込まれたらもう終わりよ」と技術部門の総意は結束しており、言われてみれば最も安全なのは皇帝陛下のおわす皇宮なのだから、そこの情報システムはちゃんと動けば有線式でも問題ないのである。


 むしろ慣れていないのに無線のシステムにすると全職員が対応できなくなるため業務に支障が出るのは明白。

 こちらも繰り返しになるが、バルリテロリの民の能力『同期』は発信する者の知能の高さによっては受け取っても「なんやこれ」と無意味になる事があり、発信する者がちょっとバカだったら、今度は有能な者たちが「ええ……。ちょっと行ってくるわ」と口頭で同期しに向かうことになる。


 つまり、安全安心安定の有線ケーブルが皇宮と電脳ラボの間に何本も、ぶっといヤツが走っている。


 それを見つけた「猫はもうたくさんいるのでボクはワンコに活路を見出しますわん」と急に取ってつけた語尾を発現した忠犬ノアちゃん。


「これは……。バルリテロリの情報リテラシーに関しては私も一言、いや二言は物申したいほどの脆弱性が見て取れる。ノアちゃんも『ホール』で情報を吸い上げてくれるか? ノアちゃんの元から持っている謎の分析力があれば、私とは違ったものが見えるかもしれない」

「ライアン先輩に認められると興奮します! クララ先輩から分析キャラを奪っちゃうと……ノアちゃんが悪目立ちするので! ここはほんのりと参戦します! ふんすっ!!」


「それが既に最たるものなのだが。君はチーム莉子の中でも新人だろうに。よくもそこまで各員の特性を熟知しているな。……よし、7割まで分析が済んだ。あとは主力の名前と能力か」

「ライアン先輩! ちなみにチーム莉子の新人の座は瑠香にゃん先輩に奪われました!! ボク、今はデキる後輩一本でやらせてもらってます!!」


 遠くの方で「ボクマスター。訂正を求めます。瑠香にゃん、兵器です」とメカ猫の鳴き声がした。


「瑠香にゃん先輩は平気だそうです! メンタル強めの新人とか興奮しますね!!」

「確かに。心が強ければチーム莉子の濁流に巻き込まれても仁王立ちできよう」


 メカ猫が遠くの方で「難しい日本語によって瑠香にゃんのアレがナニしました」とバッドステータスをゲットする。


「むっ。いかん! 離れるぞ! ノアちゃん!! 私の右腕に……もう掴んでいるとはさすがだな。残った煌気オーラはここぞで使う! 『軍神の来光アレス・ケラヴノス』!!」


 さすがにバレたらしい。

 ケーブルから熱風が噴き出した。

 ライアンさんが雷撃で相殺しながら後方へ退避した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「逆神くぅぅぅぅぅん! 帰って来るんだ!! 君には守るべきものが増えただろうに! それを全て灰燼に帰すつもりかね!! ああああああ! 羽交い絞めしてる私の方がダメージの蓄積ヤバい!! 君、本当に化け物なんだね!! 逆神くぅぅぅぅん!! くそっ! 何もない! 私、お財布持ってきてないもん!!」

「うあおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!!」


 そこにやって来たのはサーベイランス。

 みみみ隊が移動を始めたので、配信を一旦停止して「うちの上官やってるっすかねー」と飛んで来たら、地獄だった。


『なにやってんすかぁ! 南雲さん!!』

「やぁぁぁぁまぁぁぁぁねぇぇぇ! 遅いのよ!! 君こそ何してたの!!」


 サーベイランスの向こうではカタカタターンと音が聞こえる。


「お待ちよ、山根くん!? 君ぃ! 私の最期を撮影するつもり!?」

『ナグモさん? 呼び方間違えたからって拗ねてんすか? 良かったっすねー。そっちの、ナグモさんから向かって右にある部屋の壁側から数えて4つ目。ドア破壊してみてくださっいす』


「もう何にだってすがっちゃう! 私!! 『古龍緊急事態波ドラグダレカタスケテ―』!!!」


 ナグモさんの煌気オーラ弾でぶ厚い扉が吹き飛び、その先には目も眩むような金の延べ棒たちが鎮座していた。


「え゛?」

『トラボルタさんがっすね』



「待って! それは誰!?」

『あー。自分軽く報告したっすよ、それ。敵さんと仲良くなってるんすよ。逆神くん。いつもの感じで。そんな訳で、皇宮にある金を譲るって約束してるんです。トラボルタさんと。逆神くん、皇宮絡みになるとやたらお金に執着してませんでした』


 してた。



「逆神くん! あれ見てごらん? あれ!!」

「うわ゛お゛お゛お゛お゛! うわぁぁぁぁ! ピカピカしてますね!! あれが菌ですか!?」


「違うね。金だよ。まずい、逆神くんの頭がフットーしている」

「こんなにたくさん!! これ、全部僕のものでしたっけ!!」


「うん。そうみたいね。私は目をつぶるよ? これは知らないものです。逆神くんが戦後処理で適当に拾ってお逃げなさい」

「うわぁ! ナグモさぁぁぁん!!」


「熱っ!! ええ……? 逆神くん? まさか、今のって君のパワーアップイベントなのかい?」

「何言ってるんですか? 僕はね、ただ。あ。ごめんなさい」


 言葉を区切って煌気オーラを抑えた。


「ちょっとキレてるだけですけど! 冷静と情熱のあいだですね! あっくんさんから年末に借りたんですけど莉子が、難しすぎるよぉぉ、ふぇぇぇ。って言うんで、途中までしか見てません!!」

「ああ。そう。私、人に戻るね」


 六駆くんが理性を保持したまま、キレた。

 悪魔のような堕天使がここに誕生したのかもしれない。


 どっちも堕ちてる。

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