第1382話 【エピローグオブ小坂莉子ファーストステージ・その4】出禁だ! ラブラブカップル!! ~サークル編~

 大学生と言えば。

 もちろん勉学に勤しむ事が目的。


 しかし、アルバイトだったり、サークル活動だったり、時間にゆとりのある大学時代でしか経験できない事は多々ある。

 入学式を終えたキャンパス内でサークル勧誘が活発に行われるのはもはや季節の風物詩と呼んでも過言ではなく、一句詠む際には季語として用いられても問題ない程度の市民権は得ているだろう。


 六駆くんと莉子ちゃんは新入生。

 つまり、サークル勧誘をする側からすれば羽ばたきを知らぬひな鳥。


 普段は狩る側にしか立たないこの2人が、ハントされるという不思議現象。

 これもまた、大学生になったからこそ見える、見られる景色なのかもしれない。


 では、彼らが出禁になるまでの過程を見てみよう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 季節は依然として5月。

 普通の大学であれば新入生を対象にしたサークル勧誘は4月で終わるというところも多いかと思われるが、日須美大学は隣県を含めても非常に規模の大きなマンモス校。


 サークルの数だって公認非公認をひっくるめると3桁は余裕、百の位の数字が2と3の狭間で揺れるほど。

 ならば、勧誘時期だって長い。

 放っておいても「入れてください!!」と新入生が殺到する人気サークル以外は「この時期の方がむしろ狙い目なんだよなァ!!」と、引っ込み思案なお上りさんたちをゲットしに掛かる。


「ねぇねぇ! 君たち! テニスに興味ない!? あー! 大丈夫、大丈夫! うち、ゆるーい感じでやってるから! 初心者でも大歓迎!」

「えっ!?」

「ふぇ?」



 第一犠牲サークルがエンカウント。



 新入生の間では既に「あの探索員カップルはやべぇ」と噂になっているものの、上級生になれば「なんかヤバい子が入って来たらしい。知らんけど」の濃度でしか噂は回り切っていない。

 直接かかわりのない同学の有名人なんてそんなものである。

 「〇〇学部にモデルの子がいるらしい」とか「〇〇学部で野球部の人。今年のドラフトにかかるかも」とか、華やかな噂として耳に入るが「同じ大学に通う身として誇らしいなぁ」くらいでその話題は終わって「ところで昼って何食べる?」となるのが通例。


 つまり、六駆くんと莉子ちゃんを勧誘したテニスサークルの彼は、何も知らない。


「でも、僕は講義が多いからなぁ」

「そうなんだね! じゃあそっちの小柄な可愛い子だけでも! どう? 月に何回か集まって軽く運動してさ! あとは終わった後に飲み会するくらいだから!」


「ふぇ? わたしですか?」

「そう! 可愛い君!!」



「そんなそんなそんな! 可愛いなんて! もぉぉぉ! そんなことないですよぉ!!」

「ふぅぅぅぅぅぅん」


 六駆くんが無詠唱の治癒スキルを無言発現していた。

 左腕が逝った莉子ちゃんが照れたらしい。



 ここで勧誘者、良くないハッスルをしてしまう。

 腕を伸ばして莉子ちゃんの手をキャッチ。


「まあまあ! ちょっとこっちで話だけでも聞いてよ! わー! 手ぇ小っちゃいねー」

「ちょっと! 触らないでくださいっ!!」


「————ん゛ん゛ーっ」

「あー」

「ふぁっ!?」


 スキルの私的な使用は探索員憲章で禁じられている。

 例外となるのは人命救助の際など、緊急性が高く、やむを得ない場合。


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!! 『時間超越陣オクロック』!!」

「ご、ごめんなしゃい……」


 あと、煌気オーラのお漏らしは禁止事項として記載されていない。

 Fランク探索員でも煌気オーラ制御はできて当たり前だからである。


「あ、あれ?」


 数分後、「お前! なんかすげぇ光ってたけど!?」とサークル仲間に心配される勧誘者がそこにはいた。

 もう六駆くんと莉子ちゃんはいなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「こんにちはー! アーチェリーに興味ないですかー?」


 第二被害者か。

 そう思う諸君はちょっと甘いが、きっとビターな者しかこんな深い階層には残っていないのでそれも杞憂か。


 既に「なんだかこういうのも大学生っぽくていいね!!」と六駆くんがノリノリおじさんになっており、莉子ちゃんは「うんっ! えへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ!!」と彼氏全肯定彼女に。2人揃ってモードチェンジ済み。

 寄って来るサークル勧誘は全て足を止めて「えっ!? 未成年にお酒飲ませるんですか!?」とか「もぉぉぉ! わたし、大学生ですぅ!!」とか、一言二言で勧誘は終わって、ある者には治癒スキル、ある者には時間を巻き戻してを繰り返していた。


 当事者は何が起きているのか分からないが、傍からは「ええっ!? なにごと!?」と異様な光景の目撃者は逆神カップルの歩みの数だけ増えていく。

 さらに日須美大学は「探索員活動を単位認定してくれる指定校」であり、つまりこの2人以外にも探索員は通っているのである。



「うにゃー」

「にゃーです」


 この子たち以外にも具体的には100人くらい通っている。



 スキル使いが逆神カップルの生み出す光景を見たらば、さすがに分かる。

 力量の差があろうとなかろうと「あ。スキルだ」と分かる。

 そして探索員だってサークルに参加する権利はもちろんあるので、いるのだ。

 既に犠牲者を出した、あるいは自ら犠牲者になりに向かったサークルにも、探索員が。


 「そのカップル! 日本どころか現世で一番強い人たちです!!」という警告が、噂と呼ぶには生ぬるい足の速さで各サークルを駆け巡っていた。


「アーチェリーかぁ! 僕ね、実は興味あったんだよね!」

「六駆くんも!? 実はわたしも!! だって、ねっ!?」


「クララ先輩の弓スキルをいつも見てるから!」

「ねーっ!! なんか親近感がわいてくるよね!!」


 親近感がわいちまったので、アーチェリーサークルの勧誘を熱心に聞く構えを見せる六駆くんと莉子ちゃん。

 勧誘しているお姉さんは何も知らない。

 アーチェリーは割と初期費用がかかるので、新入生の食指もなかなか伸びづらく、ただ「矢で的を射る楽しさを知って欲しい」と純粋な気持ちで勧誘している。


 そしてやって来た、連れてきてもらったアーチェリー場。

 まずは体験してもらおうというのは決して悪手ではない。


「あそこの的を狙うんだよ。とはいっても、いきなりは危ないから……ええと? 君は何をしているのかな?」

「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!」


 六駆くん、「ふぅぅぅぅん」はいけない。

 大学生活で「ふぅぅぅぅん」はいけない。


 南雲さんが羊羹持って駆けつける案件になる。


「もぉ! ダメだよ! 六駆くん!」

「あ、ごめんごめん! つい的を見ると撃ちたくなっちゃって!!」


「六駆くんがやるとお姉さんがビックリしちゃうでしょ!」

「いやー! 申し訳ない!!」


「わたしがやるね! やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「えー!? 莉子、ずるいなぁ!!」


 ここで2年生の、アーチェリーサークルとは全然関係のない女子学生が文字通り飛んできた。

 飛んできたという事は、スキル使いだということ。

 そして探索員憲章に定められた「緊急事態」だということ。

 彼女は告げた。


「はじめまして! 逆神さん! 小坂さん!! 学長がお呼びだそうです!! あと、南雲上級監察官もお待ちです!!」

「えっ!?」

「ふぇ?」


 時間にしてだいたい2時間。

 2人が勧誘されたサークルの数は14ほどになっていた。


 多分、どこかのサークルがBGMに平井堅さんの『瞳をとじて』を流しながら「助けてください! 助けてください!!」と救助を求めたのであろう。

 その結果、「また探索員協会かね」と学長が動き、「申し訳ございません! お世話になっております! 私、日本本部の南雲です!! こちらは羊羹です!!」と上級監察官が投げつけられた抗議に応じたのだと思われた。


 後日、南雲さんが六駆くんと莉子ちゃんに命令した。

 上官として。


「君たちね。大学のサークル、出禁になったから。やっちゃダメだよ」


 「僕は別にかまいませんけど」と旦那が言えば「じゃあわたしも!」と嫁が応じる。

 こうして、逆神カップルのラブラブ大学生活はまだまだ続いていくのであった。

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