第1189話 【ピュグリバーより愛をこめて・その3】「おっぱいのピンチと伺いましたが。私にできる事はありますか」 ~あなたにしかできない事があるんです~

 南極海を漂う人工島ストウェア。


 現在は久坂剣友監察官が預かる無国籍軍であるが、この度のバルリテロリ戦争における貢献度は非常に高く、恐らく日本本部に復帰も容易に叶うと思われるがそれを望まない川端一真提督が率いる、もう何のために南極海クルーズしているのか忘れられて久しい。そんな移動要塞である。


 「アメリカ探索員協会のマイアミ基地の司令官をダンクくんが煽りまくった挙句、ついでに施設を大破させた」からと悲しい歴史を付言しておく。

 そりゃあもう、ほとぼりが冷めるまで南極海辺りで漂っておくのが正解。

 ちょっとでもアメリカ探索員協会の哨戒エリアに入ろうものなら現世でもいらぬ争いが事ここに及んで増える。


 冗談ではない。


「じいさん。スマホ鳴ってるよ」

「おお、すまんすまん。ライラちゃん。悪いけどのぉ。ちぃと持って来てくれんか? 手ぇ離せんのじゃよのぉ。……ハゲぇ!! おどれはどこにおるんじゃ!! ヘソ島くんの方がよっぽど使えるのぉ。ヘソ島くん。回復させるヤツ撃ってくれぇ。ワシも乙りそうじゃ」


「くくっ。承知仕った。某のヘビィボウガンが火を噴く時よ……!!」

「あ。姫島さんと久坂さん。そこ、私が置いたタル爆弾ありますよ」


 久坂さんと辻堂さん、姫島さんとバンバンくんで仲良くモンハン。

 喩え敵対していた時があったとて、争う理由がなくなればノーサイド。

 モンハンで共通のリオレウスと戦っていれば親睦も深まる。


「やっちょれんわい。あーあーあー。乙ったわ。やっぱりのぉ。本部の長いこと一緒に戦うて来た仲間がええのぉ。クララちゃんじゃったらこがいな事にゃあならんかったわ!! お主らとはもう2度とチーム組んでやらんけぇの!!」

「……今更だけど、いいのかい? あんたの周り、全員が敵じゃないのかい? 久坂って言えばあたしでも名前知ってる重鎮なのに」


「ライラちゃんは優しいのぉ! ひょっひょっひょ! 重鎮言うんじゃったらまあ! ちぃとワガママさせてもらうのも悪くなかろうて! 怒られたら謝るわい!」

「豪快なじいさんだねぇ。……あと、あたし結構ババアだけど」


「なーに言いよるんじゃ。ワシの隣におるハゲなんぞ、ワシよりクソじじいなのに髪の毛まで復活しちょるんで? ライラちゃんは言うたっておばちゃんがピチピチになっただけじゃろ? 誤差じゃ、誤差! ワシのかかりつけ薬局について来てみ? 声かけて来るのは純然たるババアばっかりじゃ!」

「おうおう。黙って聞いてりゃ、剣友よ! おめぇさんもジジイだから、ばあ様たちが声かけて来るんだぜ? 俺みてぇにイケおじだったら易々と間合いにも入れねえって話よ! かっかっか!!」


 老人たちの寄り合いが行われている中、放置されるスマホ。

 ライラさんが存在を思い出した。

 さすが、この中ではピチピチの乙女。


「ああ! そうだった! はいよ、じいさん!」

「助かるのぉ。誰からじゃろ? ……………ほぉ。……さて、ヘソ島くん! バンバンの! ハゲ! もうひと狩り行くけぇ準備せぇ!! ライラちゃん。すまんけど、それ川端のに渡してくれぇ。ワシ、スマホとか小難しゅうてよう分からんのじゃ!」


 久坂さんはスマホアプリで投資するくらいに使いこなしているが、表示されている電話番号が少しばかり不吉だったらしい。


「川端ー!!」


 しゅたっと川端さんが瞬間移動で出現した。

 ライラさんも当然のように水着姿である。


「どうした、ライラさん。まさかまた老化が始まったのか!? それはいけない。私が時間遡行スキルを極めるまでもちそうか!?」

「あんたはどこに向かってんだろうね。戦いが終わった瞬間から進化が始まるとか。電話だよ。久坂のじいさんがあんたにって」


 「仁香ちゃん」と表示されているスマホ画面を見て川端さんは躊躇なく通話に応じる。

 川端さんは日本本部から見ると抜け忍なので、後方司令官代理になった仁香さんとなんか絶対に連絡取っちゃいけないはずなのに。


「こちら川端。青山さんか。水着に不都合が生じたのならば、この川端一真! 身柄拘束の可能性があろうともそちらへ馳せ参じるが!!」



 おっぱい男爵は製造物責任法おっぱいほごほうと自身の信念に基づいた行動を心掛け、魂に逆らわない。

 その身が業火で焼かれようとも。



『しばらく繋がらなかったので、久坂さんがスマホを海に捨てたんじゃないかと疑っていました。けれど、川端さんが応答してくださって良かったです! 私、本当に結果オーライって言葉が好きじゃないんですけど、もう今度からどんどん使って行こうと思います!!』

「青山さんのビキニ。トップスはホルターネックにしているが、紐を外してオフショルダーにする事も可能だ。肩幅が気になるのだろう? 青山さんは肉弾戦タイプだからな。ならばオフショルダーだ。体型を華奢に見せる事ができる。おっぱいも魅力は損なわない。肩幅がどうした! おっぱいはにこやかに笑っているぞ!!」


『…………。良かったです! 川端さん! 至急出頭して頂けますか?』

「そうか。青山さんかリャンさんのおっぱいが緊急なのだな? よし、承ろう!」



『いえ! 莉子ちゃんのおっぱいが緊急なんです!!』

「……ひゅっ。私は小坂さんとは、その。ほとんど接点がないから……」



 川端男爵の前にも急にラスボスが出現した。

 そして彼が初めておっぱいをほんの刹那、拒んだ瞬間だったかもしれない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『川端さん!! 私、水戸さんにおっぱいの魅力を伝えたあなたを憎んだこともありました! ですが! そのおっぱいに対する高潔な姿勢!! 1周回ってもう尊敬しています!!』

「私は成人したおっぱいしか相手にできないのだ。青山さん」


『莉子ちゃんは18歳ですよ!』

「わた……私は……。私は……!! いや。分かった。5秒ほど時間をくれ……!!」


 川端さんが唇を噛みしめる。

 おっぱいに貴賎なし。

 おっぱい男爵としてこれまで生きて来た。これからも生きて往く。


 ならば、無乳のために逝くのもまた、爵位を持つ自分に与えられた花道か。


「川端さーん。カクテルのおかわりが欲しいなーって……。口、どうしたんですかー!? 大出血じゃないですかー」

「ナディアさん。すまない。私は逝かなければならなくなった。世界の危機、いや、おっぱいの危機らしい。特に親しくないおっぱいだが、捨て置けん。生きて戻ったら、貴女のおっぱいのお世話を続けさせてくれるだろうか……」


 噛みしめた唇から血を滴らせながら事情をナディアさんに伝える川端さん。

 彼女は笑顔で応じて「あー。はーい。頑張ってくださいねー」と川端さんの周囲に煌気オーラ力場を構築し始める。


 ナディアさんは爪を隠しっぱなしでここまで来た鷹。

 転移スキルはダンクくんからラーニング済み。


「こちらナディア・ルクレール上級監察官予定ですー。仁香さーん。川端さんの送り先の煌気オーラが欲しいんですけどー」

『もう準備は整っています! ナディアさん、雨宮さんの煌気オーラを記憶していらっしゃいますか?』


「してますよー。初対面の時にライラさんが草生やして異世界に追放しちゃいましたもんねー」

「……えっ。あたし、処される流れ!?」


 ナディアさんが「ライラさんはお留守番お願いしますねー」とだけ言って、川端さんの肩に手を置いた。

 悟空さの瞬間移動スタイルである。


「ナディアさん!? いけない! それはいかん!! 我々はまだ、追われる身!! どんな処罰を受けるか!!」

「わたし川端さんがいないと生きていくの無理だと思うんですよねー。すっかりこの生活に慣れちゃったのでー。川端さんはきっちり持って帰りますからー。ではー。久坂さーん。ストウェアの事をお任せしまーす。ライラさんはみんなにご飯作ってあげてくださいねー! とおー!!」


 川端さんと水着のナディアさんがピュグリバーへと転移した。

 残されたライラさんが久坂さんに質問する。


「じいさん、重鎮だから多少の無理は聞いてもらえるんだよね?」

「おーおー。川端の、すっかり慕われちょるのぉ。任せちょけー。アメリカじゃろうと国協の残りカスじゃろうと、ワシがバチーンと言うちゃろおいこのハゲぇ!! お主のタイミングで閃光玉使うな!! ほいで、使うた後で距離取るヤツがおるか!! バンバンの! 行くで! ワシがランスの使い方を教えちゃろう!!」


 ライラさんが久しぶりに探索員協会式の敬礼をした。

 「元ピースのメンバーも随分減ったね……」と呟きながら。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 おっぱい問題発生地点のピュグリバーでは。


「はぁぁぁぁぁぁん!! 福田くん、もう煌気オーラ爆発バーストヤメてもいいかなー? 私、結構ね、みんな忘れてるかもだけどさー? 本部での迎撃戦で頑張ったから、疲れてるのよー?」

「雨宮一般のおじさん。それは皆が同じです。逆神特務探索員など、今日だけで何連戦しているとお思いですか?」


「逆神くんと比べられたらもうどうしようもないよー。あららー! 川端さーん! ナディアちゃんも! あららららー! ステキな水着で!!」

「もうお会いする事はないかと思っていましたが、雨宮さん。川端一真、お役に立てると聞き及び出頭いたしました」



「見てー! 川端さーん! この子ね、エヴァちゃん! 私、結婚したのよー!!」

「…………………………っ。すみません。おめでとうございますと申し上げるつもりでしたのに、ふざけんなよと言いそうになってしまいました。まずは唇の治療をお願いできますか」


 唇を噛みしめて、おっぱいに罵詈雑言など絶対に吐かない。

 これが男爵の矜持。



 それから「エヴァンジェリン姫。私は川端一真。しがないおっぱい男爵ですが、どうぞお見知りおきを」とうやうやしく頭を下げた。


 莉子ちゃんへ装備を届ける用意はここに整った。

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