第1344話 【エピローグオブミンガイルさんち・その3】冥土の土産に教えてやろう、私の妻が世界で1番可愛いという事をな。言っておくが、これだけは何をされても譲らんぞ。

 アリナさんはスマホを持っているが使いこなせていない。

 バニングさんはスマホを持っていて、使いこなせている。


 これはテロ組織を指揮していた旦那と、護られていた妻の差。


「バニング。バニング。バーニーンーグー。バニンッグ!! まだ六駆と連絡はつかんのか!? 現世は今、何時だ!? 大学とやらはもう終わった頃合いであろう!? さては既に魔王城へ帰ってきているのではないか!? バニングバニング、バーニィー!!」

「お、お待ちください。今、六駆にラインしたところです。じきに返事が来るかと」


「……下着を見繕うか。いや。待てよ。待て。待て待て。先ほど、妾もバニングも見ておったな。リャンの水着姿……。ここは、ビキニが最適解か!! やはり!!」


 ウキウキしているアリナさん。

 バッツくんが申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみませんでした。もうボンバーは求められていないというのに、私ときたら。ついつい良からぬことをボンバってしまいました。どう責任を取ったら良いでしょうか。……バニング様?」

「……だろう」


「はい? 今、なんと?」

「……と言ったのだ」


 バニングさんの言葉をプレイバック。

 氏はこう言った。



「可愛かろう!! 私の妻は!!!」


 「嫁、可愛い!!」が倫理観からその他諸々を置き去りにしてゴールテープを切った、その瞬間であった。



 普段は物静かで、乙女たちの会合に参加すれば口数少ない。

 家に帰ると外では見せない元気な姿や、見た目相応のワクテカムーブをキメてくれる。

 そして、今。


 自分と致したくてものっすごくウキウキしているわがままワイフを見て。

 それを見て冷静に倫理観だの越権がどうしただの、そんな眠てぇこと言ってるメンズがいますかというお話。


 いるはずねぇのである。


 バニングさんは紳士で真摯な戦士で全ての男たちの模範士。

 だが、男である。


 何がどうなっても、こうなった嫁を見て「ふっ」とかシニカルに笑っていられるヤツはもう男ではなく、じじい。

 バニングさん、62歳の夏。


 燃え上がる。

 バーニング・バニング・ミンガイルが誕生していた。


 バッツくんはすぐ帰った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃の六駆くん。


「南雲さん。木原さんの試運転って退屈なので、帰っても良いですか?」

「帰らせて堪るか。君ぃ。木原さん元に戻した時について来たんだから、ちゃんと元に戻ったかどうかの確認にも付き合いなさいよ」


「なーんか今日は気分が乗らないんですよねー」

「……逆神くん。君、お寿司と天ぷらとウナギなら、どれが良い?」



「えっ!? 全部って言っても良いですか!?」

「よし! 山根くん!! 全部の出前とって!! 今日は遅くまでかかるから!!」


 おじさんにお寿司と天ぷらとウナギの合体スキルは胃が致命傷を受けるかもしれないが、六駆くんの胃は18歳なのでイケてしまうのである。



 逆神六駆。

 タイミングが良いのか悪いのか、この日は結局泊まりで南雲上級監察官室に留まり、魔王城へは帰って来なかった。


 ではなぜバニングさんを未読スルーしたのかと言えば、本部1号館にある仮想戦闘空間は特殊なイドクロアで造られているため、スマホの電源は切りましょうと貼り紙がされているから。

 18歳なのにスマホはあってもなくても良い男、逆神六駆。


 何の未練もなく電源をオフって夜を越せる。


 その晩、やきもきしていたのはミンガイルさんちの夫婦と莉子ちゃんだけであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌朝。

 そのミンガイルさんちでは。


「……すまなかった。バニング。わがままを申してしまい。妾は、その」

「え。いえ、とんでもありません。私こそ、危うく人の道から転げ落ちるところでした。何度目になるか分かりませんが……」


「どうかしておったのだ。妾がお医者様の言う事を無視して行為に走り、その結果さらに悪くした腰をあろうことか、ズルで治してしまおうという卑しい発想を」

「な、なにを申されますか! スキル使いであれば、そのお考えに至るは至極当然!! 至りますとも! 至ります!! 至極当然至ります!!」



 変な感じになっていた。



 よっしゃやるぞとハイテンションブーストを2人してキメてしまったミンガイル夫婦。

 普段はどちらかがブレーキ役を務める事が多く、どっちもハッスルをキメようとなるのは実に珍しいパターン。


 だが、しかし。

 そのハッスルの機会を逃す。


 するとどうなるか。


「妾は……服を着よう」

「はい。私も服着ます。よ、良かったですな。お互いに水着を選んで」


「良かったのであろうか……? むしろ、間抜けな感じが増長しておらぬか? なにゆえ妾たちは泳ぎもせぬのに、室内で水着を?」

「く、クララによれば!! そういう、そういうアレもあるそうです!! わざわざ服を着るナニも、その、あるとかないとかあるとか聞き及んでおります!!」


 極めて変な空気になっていた。


 刀を抜いたらいざ仕合。

 それなのに、抜刀した瞬間に雨天中止のアナウンス。


 そんなのってないのである。


「バニング。そなた、このような妾を見て……。その。失望してはおらぬのか?」

「え゛」


「妾はアトミルカという組織では、形式的なものと理解しているが。そなたの上に立っていた身。……情けない姿を多く見せるようになって、妾は時折ひどく不安に駆られる」

「な、何を仰いますか!! そのような考え、1度たりとも抱いたことございません!!」


「そうであろうか。妾はクララに頼んで日本のエンタメの勉強もしておるが。あの国ではプライベートで不倫や浮気をすると死体になっても蹴り続けられるものの、創作、特にドラマなどではむしろ不倫や浮気が題材になっているものが多い……。妾もいつかそういう憂き目に遭う日が来るのではと」

「アリナ様! 失礼をお許しください!!」


 不安に駆られるアリナさんを見ていられなくなったのか。

 それとも、昨夜の発散されなかったハッスル値が残っていたのか。

 やった当人にも分からないが、体が動いた。


 バニングさんはアリナさんを抱きしめていた。


 続けて氏は言う。


「アリナ様」

「ひゃっ。な、なにを。も、申すのだ?」


「私も夫婦生活というものに不安を多く抱いて参りました。私のような無頼漢がそのように人並の幸せを得られるのかと」

「う、うむ」


「ですが。ですが!! 貴女様を差し置いて!! 浮気だの、不倫だの! そのような事を考えた事は1度として! 時間にすれば1秒もございません! 今だってそうです!! そして図々しい事ですが!! 貴女に浮気をされるという不安も抱いたことはございません!! 貴女には私がいるからです!! 貴女様は……世界で! どの異世界を含めても!! 1番可愛らしい!!」

「……バニング。……今、妾の顔を見るな。……とてもひどい顔になっておる」


 バニングさんは「何を申されますか。世界で1番可愛い笑顔でございます」と言ってから、軽く唇を重ねた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その数秒後にドアが開いた。


「すみません!! バニングさん!! すぐこっちに帰って来て、帰ったら我が家へ来いってラインしてもらってたのに、見たの今朝なんですよ!! それで急いで来たんですけど! 何のご用でした!? あっ!! あらー!! お楽しみのところでしたか!! うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!!!」


 バニングさんは慌てるでもなく、静かに口を開いた。



「ふっ……。そろそろ言いたい事がある。私はこの世界が嫌いだ。クソが!!」



 あと、シニカルに笑ってから、クソがって言った。


 どうぞお幸せに。ミンガイル夫婦。

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