第26話 小坂莉子、頑張る 御滝ダンジョン第8層

 7は縁起が良いとされる。

 例えば、ラッキーセブンなる言葉があるが、あれは野球に由来されるもので、アメリカの野球の試合で7回に放った打球が風に乗ってホームランになった事が起源だと言う説をご存じか。


 今では7の持つ縁起の良さは多岐にわたり、ギャンブルだったり、ゲン担ぎだったりと、多くの場所で7の活躍を見る事ができる。


 チーム莉子も多分に漏れず、第7層でラッキーと遭遇し、大量のイドクロアをゲットせしめることに成功。

 特に莉子は、念願の可愛い装備のための素材を手に入れたこともあり、ご機嫌だった。


 やって来たのは第8層。


 8と言えば、これまた幸運な数字として名を轟かせている。

 末広がりの八とか、中国語ではその発音がお金持ち意味する言葉と同じだとか、様々な由来がある。


 結局のところ、どれもこじつけのようなものであり、信憑性は不明。

 要は気の持ちようだと言ってしまえば、それに帰結する。


 ところで、8を横に倒すと、インフィニティマークになる。

 意味するところは無限。


 良くも悪くも取れる言葉だが、莉子にとってはそれなりに辛いものであった。


「はい! 呼吸を整えてすぐ次を撃つ! 間を空けると、それはそのまま相手にも息つく暇を与えることになるからね! 若いんだから泣き言はなし! 若いんだから!! 気合と根性で乗り切って! 若いんだから!!」


「ふぇぇぇ!! このモンスター、硬いよぉ! 全然『旋風破せんぷうは』が通らないよぉ!」


 六駆おじさんによる若者いじめ、もとい、若者に対する愛の鞭が発動中。

 それは莉子にとって、まさに無限に終わる事のない猛特訓の様相を呈していた。


「なんなんだろうね、こいつ。あたしが知らないのはまあしょうがないにしても、莉子ちゃんまで知らないとは。新種かにゃ?」


 クララの言う通り、壁から出て来る、岩の巨兵の正体を3人の誰も知らなかった。

 莉子の知識を頼り過ぎているから、彼女のもつ情報量が探索員のどのレベルに属しているのか、その点を諸君に説明し損ねたままここまで来てしまった。


 もったいぶるものでもないので、ズバリ言うが、彼女の知識はAランクのベテラン探索員の持つそれと同等、ともすれば莉子の方が情報を得たのが最近なので、情報の引き出し速度は勝っているかもしれない。


 莉子は探索員になるべく、中学生の頃から努力をしていた。

 特に座学については何冊もあるダンジョンの図鑑を丸暗記する勢いで、足しげく学校の図書館に通い詰めたほどである。


「すぐに弱音を吐かないの!」

「もぉ! だって、本当に効かないんだもん! なんなの、このモンスター!! きっと風系のスキルが効かないんだよぉー!!」


 その莉子をもってしても知り得ないモンスター。

 御滝ダンジョンにおいては2体目であり、言うまでもないかもしれないが、一応言っておくと、最初の新種は巨大蜘蛛。

 現在の登録名はリコスパイダー。


「そんなに言うなら見せてあげるよ! 『旋風破せんぷうは』! ふんっ!!」


 六駆の放った横に走るつむじ風は、岩の巨兵をバラバラにして見せた。


「ほらご覧なさい! やる前から諦めないの!! はい、もう1体残してあるから、頑張って! このモンスター倒せるまで次の階層には行きませんからね!!」


「ふぇぇ! 六駆くんのスキルの威力が凄すぎるんだよぉ! もうそれ、風属性とか以前に、力押しだもん! 謎属性だよぉ!!」


「聞き分けのない事言うんじゃないの! 僕は莉子をそんな子に育てた覚えはないよ!」


 先ほどから六駆が教育方針をこじらせた母親みたいになっているのは、ご安心頂きたい。別に混乱の状態異常とかではない。

 イドクロアが山ほど手に入ったので今晩はお寿司を食べようとか考えていたら、テンションの下げ方が分からなくなったのだ。

 状態異常の表現を用いるならば、興奮が近いだろう。


 ちなみに、最も適した表現は『おっさんの悪ノリ』であるが、そんな悲しい状態異常はダンジョンにも存在しない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「やぁぁぁっ! もぉ、なんなのぉ!! むきーっ!!」


 普段冷静な莉子が六駆のしごきに耐えかねて、半ばヤケクソで撃った『旋風破せんぷうは』が、岩の巨兵の右半身を砕いた。


「おおー! 莉子ちゃんやった! 初めてダメージが通ったにゃー!」

「お見事! いやぁ、正直なところ、莉子には早すぎるとしか思ってなかったけど、やってみるもんだねぇ。今のは完璧に使いこなせていたよ!」


「……師匠? なんだか今、穏やかじゃない言葉が聞こえたんだけど?」


「いや、ごめん! なんか僕もテンション上がっちゃって! でも、ほら! 結果的にスキルのコツが掴めたわけだし! ね?」


 半身を抉られた岩の巨兵だが、彼もただでやられるほど安くはなかった。

 話の腰を折るべく、みるみるうちに失った部分をダンジョンの壁から掘り出したイドクロア入りの土塊つちくれで補強する。


「ちょちょ! 六駆くん、なんかモンスター、回復してるけど!? 莉子ちゃんでも良いよ! 2人に殴りかかろうとしてるけど!?」



「もぉ! こいつホントにウザい! おじさんと同じくらい嫌い!! やぁぁぁっ!!」

「空気読んでやられとけよ! 『銅斬断ブロズラッシュ』!」



「あっははー! 息ピッタリ! 仲良しさんですにゃー」


 莉子が放った『旋風破せんぷうは』は岩の巨兵の両足を砕き、六駆のスキルが追撃。

 さすがにサイコロステーキのように細切れにされては再生もできないようだった。


「それじゃ、莉子! リング外してみようか!」

「ええー!? まだ無理だよぉ! 痛いのヤダぁ!」


「大丈夫、イケる、イケる! 痛かったら途中でヤメるから! ちょっとだけ! 少しだけ試してみよう! ホントにちょっとで済むから!!」

「うん。六駆くんの中身がおじさんだと思うと、これは色々とアウトだね。いかがわしい誘い文句にしか聞こえないにゃ!」


 クララにパパ活扱いされながらも、必死のおっさんトークスキルで莉子を説き伏せた六駆。

 恐る恐る莉子がリングを引き抜くと、それは思っていたよりもすんなりと外れる。


「ほらぁ! 言ったじゃない! 『太刀風たちかぜ』と基本は同じスキルだから、多分習得も早いだろうなって思ってたんだよ! 多分!!」

「はぁぁ……。嬉しいけど、疲れたよぉ。『旋風破せんぷうは』、多分20発は撃ったんじゃないかなぁ? ってぇ、六駆くん、何してるのぉ!?」



「いや、煌気オーラの補給しとこうかなって!」

「普通は相手に許可取ってからするよね!?」



 六駆は話しながら『注入イジェクロン』で自分の煌気オーラを莉子に渡すべく、彼女の太ももに緑のナイフをぶっ刺していた。

 『注入イジェクロン』は攻撃スキルのため、装備がある部位だと弾かれてしまう。

 そのため肌があらわになっている場所に刺す必要があるのだが、その説明を勝手に省いたため、このあと莉子にむちゃくちゃ怒られた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「それにしても、莉子の知らないモンスターが出て来るとはなぁ」

「おお、六駆くんもついにダンジョンに恐怖を覚える時が来たかにゃ?」



「さっきのでかい岩のヤツ、討伐報酬いくらかなって!!」

「ブレないなぁ。ほら、莉子ちゃん呆れて何も言わないよ?」



 新種のモンスターが出始めたという事は、ダンジョンの最深部が近い可能性があるのだが、その事に考えが至らない六駆とクララ。


 莉子を疲弊させていなければその事実に気付けたのだが、それも叶わず。

 8の字は横に倒すものではないと心得たし。

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