第375話 1日前
南雲監察官室には、加賀美政宗Sランク探索員が訪れていた。
「はい。これが加賀美くんから依頼を受けていたイドクロア竹刀・キツツキだよ。ちゃんと3本あるからね。確認してくれる?」
「ありがとうございます! 南雲さん!! いやぁ、素晴らしい仕上がりですよ!! 自分のホトトギスの整備と合わせて、ご厚意に感謝します!!」
「いやいや、加賀美くんには毎回最前線を任せてばかりだからね。このくらいではお礼にならないよ。それにしても、思い切ったね。パーティーの武器を統一するとは」
加賀美隊は隊長の加賀美以下、土門佳純Aランク探索員、山嵐助三郎Bランク探索員と伸び盛りの若者が集う。
さらに坂本アツシBランク探索員も加えた、4名がカルケル防衛部隊に選出されている。
「土門さんと山嵐くんの申し出なんですよ! 自分の剣技スキルを学びたいと言ってくれまして! 既に攻勢、守勢ともいくつかを彼らはマスターしています!」
山根がコーヒーカップを3つ持って、テーブルにやって来る。
「普通は自分の独自スキルとか固有スキルって人に教えないもんっすけどねー。加々美さんは人の器が大きいっすねー。南雲さんなんか、未だに自分に1つだってスキル教えてくれないんすよー!」
「おい、山根くん! 人聞きの悪い事を言うなよ! 君、私が教えてあげるって20回は申し出たのに、ことごとく断ったよね!?」
「だって、南雲さんの剣技スキルって久坂さんのとこか、逆神流からの転用じゃないっすかー。全然オンリーワンじゃないっすもん。ヤダー」
「良いじゃないか! ちゃんと南雲流剣術って名前も付けただろう!? 伝承者の1人目になりなさいよ!! このままじゃ、私の一代で終わっちゃうよ!!」
加賀美は「ははっ」と爽やかに笑って、続ける。
「自分のスキルで部隊の力を底上げできるなら、それが一番ですから! それに、自分で起こしたスキルが好まれるのは嬉しいものですよ!」
「やー! 聞いたっすか、南雲さん!」
「私、ちょっと前に言ったよね? 君に何度もスキル教えようとしたってさ」
「はいはい、加賀美さん。これが仕様書っすよ。基本は加賀美さんのホトトギスと同じっすけど、
着々と準備を整えている南雲たちのところへ、タイミングよく五楼上級監察官がやって来た。
「南雲。邪魔をする。おっと、先客がいたか。すまん、加賀美。話を続けてくれ」
「いえ! 自分の話はもう済みましたので! どうぞ、五楼上級監察官!」
五楼は「そうか。すまんな」と言って、加賀美の隣の椅子に座る。
「川端から連絡が入った。どうも、カルケルの通信状況が悪いらしい。考えられる原因は、外部から強制的に通信を割り込ませている者がいると言う事で間違いなかろう」
「なるほど。カルケルの通信回線は一度ハックされて、システムそのものを全て変更したと言う話でしたよね?」
五楼は渋い顔で頷く。
山根が持って来たコーヒーを啜り、彼女は言った。
「カルケルの内部で手引きしている者が既にいるのだろう。しかも、囚人はもちろん、刑務官や看守にも紛れ込んでいると見える」
「何人か怪しい人物は主に逆神四郎さんからの報告でピックアップされていますが。とても全てをカバーはできませんね」
「ああ。だが、四郎殿はよくやってくれている。きっちりと裏付けまで取って、明らかに黒の人間を複数人見抜いているのだからな」
「横からすみません。逆神くんはどうしていますか?」
加賀美の疑問に、五楼は首を横に振る。
「逆神はな……。元々あの男には諜報活動を期待してはいない」
「ええ。逆神くんは有事が起きてから本番です。内部に潜ませておく戦力としては、完全にジョーカーですからね」
「おっ。ちょっと失礼っす」と、山根がモニターを操作しながら情報を読み上げる。
「逆神大吾さんが懲罰房に入ったっすよ!」
「何をやっとるんだ、あの痴れ者は……」
「ですが、阿久津浄汰から得たアトミルカの情報は無視できませんよ」
五楼の表情が激渋に変わる。
「よもや、あの痴れ者の情報を頼らなければならんとは……。最悪だ」
「落ち着いてください、五楼さん。山根くん。懲罰房に入ったと言う事は、大吾さんから何か通信が来ていないか?」
「今まさに福田さんと通信中っすね! ええと……。昼食のシチューを囚人と取り合って、頭から浴びたせいで腹が減った、だそうっす!」
五楼は無表情で少し冷めたコーヒーを飲んだ。
「それにしても、今日の南雲のコーヒーは格別だな。苦みと酸味のバランスが良い。ブレンドを変えたか? 冷めても美味いじゃないか」
「そうですね! 自分も南雲さんのコーヒーを頂けると思い、ついつい監察官室を訪ねて来てしまいました!」
南雲は「参ったなぁ」と頭をかいた。
「今朝の焙煎は会心の出来でして! よろしければ、五楼さんも加賀美くんもお土産に持って帰ってください! 何かいい事が起きそうな気がしてきますよ!」
良い事は起こるのだろうか。
◆◇◆◇◆◇◆◇
監獄ダンジョン・カルケルの中央制御室では。
「川端くん。メケメケマルくん。通信システムを再度変更せよ。機密レベルは特級だ。我々だけで情報を共有する」
「……了解しました。では、私がシステムの再構築を」
「いえ! 川端さんは昨日の再構築もされているじゃありませんか! ここは弱卒の私が請け負いましょう! 川端さんは休んで下さい!!」
「……トーマスくん。君は気持ちの良い男だな」
「恐縮です! 司令官、よろしいですか!?」
「良かろう。では、川端くん。君は一時的に外部から送られて来る全ての通信を遮断したまえ。探索員協会からのものもだ」
ズキッチョ・ズッケローニ司令官の判断は間違っていない。
敵がどの程度カルケルの内部に侵入しているのか既に把握できないと言う事態に追い込まれている現状を鑑みれば、信用できる者は己のみ。
外部からもたらされる情報は全てが虚偽のものだと疑ってかかるくらいの大胆な方策に転換するのは、7年に渡りカルケルの司令官を務めあげた彼だからこそ打てる最終手段であった。
ズッケローニは自身の名誉や経歴に固執しない。
だから、「現状はもはや我々が後手に回っている」と判断した上での対応へと速やかな移行を見せている。
「やれやれ。私もこの任務が終われば、職を辞する事になるだろうな。だが、それまでは職責を果たすのみよ。川端くん、メケメケマルくん、頼りにしている」
「……微力を尽くします」
「お任せください!!」
彼らの作業は夜を徹して行われる事になる。
◆◇◆◇◆◇◆◇
第5層では。
「……おや?」
「どうしましたか。逆神さん」
「銀行強盗さん。僕、ここに来てそろそろ1ヶ月になりますけど。あなたが一番の仲良しだと思うんですよね。カットバックさん」
「恐れ多いです。あと、ウィリアムです。……どうしたんですか、急に」
六駆はカルケルに入ってからずっと、苦手な
よって、彼の察知するものは全てがだいたいそのまま真実。
「あなた、元々はどんなスキルが使えるんでしたっけ?」
「肉体強化と
「じゃあ、僕が合図したら……。そうだなぁ、明日の朝くらいですかね? 手錠を壊してあげますから。ローリングフォーメーションの皆と一緒に、指示に従ってください。死にたくなければ。いいですか?」
六駆の真剣な表情に気圧されて、ウィリアムは息を呑んだ。
そして、夜が明ける。
監獄ダンジョン・カルケル始まって以来の騒乱が起きる朝がやって来た。
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