第374話 胎動する悪鬼たち 異世界・ウォーロスト
異世界・ヴァルガラ。
日課のモンスター退治に出掛けている2番。
バニング・ミンガイル。
今日は新しくランクアップした10番が彼に随行していた。
「うぉぉぉ!! 『スコーピオンニードル』!!」
「ほう。なかなか筋が良いな。3番の作った『
「恐縮です。2番様」
「ここでは2番と呼ぶのはよせと言っている。バニングだ」
「はっ! 申し訳ございません、バニング様!!」
「お前は確か、ザールと言ったか。覚えやすくて良い名だ。ザール、そろそろ引き上げるぞ」
森の出口へと向かう2番。
狩り終えたドラゴン型のモンスターの可食部を抱えて10番が続く。
2番は基本的に討伐したモンスターが食べられる場合は、ヴァルガラの住民に無償で提供している。
彼いわく「これもカムフラージュため」だそうだ。
今日もひとしきり「バニングさんは頼りになるなぁ」と感謝されて引き上げて来た2番。
アトミルカの本拠地に入ると、その表情は引き締まる。
「2番様。お待ちしておりました」
「ほう。3番。貴様が私を出迎えると言う事は、カルケル絡みで何か進展があったな?」
「ご慧眼、さすがです。5番がカルケルの先にある異世界・ウォーロストとの通信回線の接続に成功しました。これで、短時間の通信ならば常時可能です」
3番が「短時間の」と付言したのは、「一定の時間を経過するとカルケルの司令部に気付かれるため」であり、それを理解している2番も説明を求めなかった。
代わりに「今すぐ、通信は可能だな?」と断定調で確認する。
「もちろんです」
「よし。回線を開け。10番。貴様もついて来い。襲撃作戦に貴様も加える事にした。私の側近として使う。それまで、私について回れ。私の思考を理解し、可能な限りトレースせよ。戦場では連携が不可欠だ」
「はっ! ありがとうございます!!」
「礼を言われる筋合いではない。私にとって有益だと考えたから、貴様を指名した。貴様も精々私を利用して、さらなる高みを目指せ」
もう一度「はっ!」と返事をした10番は、2番に続き通信端末の前へ。
3番が別の制御装置を操作すると、ランプの色が赤から緑に変わる。
「準備はできております。2番様。あとは良きタイミングでどうぞ」
「つまらん気遣いをするな。私に悪いタイミングがあると思うか?」
3番は「失礼しました」と言って、通信回線を開いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
異世界・ウォーロスト。
ここは岩と砂で構成されており、四季はなく、気温は常に氷点下。
気まぐれに吹雪が舞う以外には特に変化のない場所であり、その過酷な環境に耐える獰猛なモンスターが生息している。
基本的にウォーロストに収容された囚人には食料の供給はなく、自力でモンスターを狩るなどして飢えをしのぐ必要がある。
だが、手錠によって
よって、限りなく終身刑に近い刑期を終えることなく、弱い者から死んでいく。
至る所に監視システムが備えられており、囚人の行動は逐一チェックされている。
が、今回はその周到な監視システムを5番がハックした事で、アトミルカしか使えない特殊な通信回線を作る事に成功していた。
『こちらは2番である。ウォーロスト側の所属を述べよ』
ハックされた監視モニターの1つから、2番の声が響く。
それに応じるのは。
「これは2番殿。わたくしは3番です。忌々しい事に、旧が付きますがね。今の識別番号はZ3番です。待ちかねましたよ」
『久しいな。まだ生きていたとは。貴様が投獄されてからもう20年になるか』
アトミルカではシングルナンバーが捕縛される、あるいは行方不明、生死不明の状態に陥ると頭にZを付ける事になっている。
また、正式に死亡が確認された場合、もしくは「もはや用済み」とアトミルカ側が判断した場合は、除名される。
「現役の5番殿のおかげですな。どうにか生きながらえていたところ、脱獄計画を耳にしまして。話を聞いてからは、わたくしと同じくZ付きになった者も牙を研いでおります」
『そうか。計画立案はこちらの3番が行う。既に決行日は定まっている。これより20日後だ。今回の通信は以上。貴様たちの奮戦に期待する。シングルナンバーに返り咲けるよう、尽力せよ』
そう言うと、2番は通信を切断した。
2番は在任期間がアトミルカの中で最も長い。
よって、彼の声を聞き間違えるZナンバーはおらず、また実際に2番の声を聞くことで計画の真実味を実感させ、士気を高揚させる狙いもある。
2番によるしたたかな用兵術であった。
「聞いた通りだ、同胞たちよ! わたくしが僭越ながらリーダーを務めさせてもらう! 脱獄し、再びアトミルカのために力を捧げたい者はわたくしに続かれよ!!」
Z3番の呼びかけに応えたのは、Z5番、Z7番。Z10番台が多数。
そして、アトミルカではないものの、脱獄計画に乗ってウォーロストから脱出を企む囚人が少なくとも5人。
対して、動かない者もいた。
Z4番、Z6番である。
軍事拠点・デスターで探索員協会の急襲部隊と激戦を繰り広げたのは記憶に新しい、Z4番・グレオ・エロニエル。
同じくZ6番・ヒャルッツ・ハーラント。
「君たちは本当にこのままウォーロストに留まるのかね?」
「Z3番さんのお誘いはありがてぇけどな。オレぁ大見得切って、デスターを失陥させた責任がある。今さら、どの面下げて戻れるかって話だ。まだここにぶち込まれて2ヶ月ちょっとだ。とても禊が済んだとは言えねぇだろ」
「君も同意見かね? Z6番くん」
「グレオが責任を取ると言っているのに、私が喜び勇んで脱獄するのでは筋が通りません。私は彼と共に。それに、満足のいく戦いで敗れたのなら、これも運命」
「ああ。噂に聞く、日本の古龍の戦士かね。確か、ナグモと言ったね?」
「ええ。私は全力で彼に挑み、彼に敗れました。あそこが私の天井だったのでしょう」
デスターに関わっていたシングルナンバーは3人。
Z4番とZ6番が潔さを見せる一方で、Z7番ロン・ウーチェンは脱獄に参加し再起を図る。
「それも個人の主義主張。オレが口を挟むとこじゃねぇよ」とは、グレオ・エロニエルの弁である。
戦力として充分に計算できるこの2人を脱獄計画に加えるべく粘り強い交渉をして来たZ3番だったが、「意思なき力に期待するのも詮無きこと」と、代わりにアトミルカ以外の囚人の勧誘に力を注ぎ始めるのだった。
「元3番様ぁ! ぼ、ボクも是非、来るべき戦いの戦陣に加えて欲しいのですがねぇ!! そこの元4番や6番のように、ボクは腑抜けていないのですがねぇ!!」
「黙れよ、豚が。お前、まだ気付いてねぇのか?」
「何がですかねぇ!?」
何度踏みつぶされても蘇る、日本探索員協会の油汚れ。
その名は元8番・下柳則夫元監察官。
「おめぇ、ここにぶち込まれて、一度でもZ8番って呼ばれたことあるか?」
「……えっ? そ、そう言えば、ありませんけどねぇ」
「頭のわりぃ豚だな。てめぇも。アトミルカはスリーアウト制じゃねぇんだよ。日本の潜入でミスって、キュロドスで早々に捕虜にされた挙句、内部情報を余すことなく漏らしやがって。てめぇはとっくにアトミルカから除名されてんだよ。気付けよ、豚。オレだって、こんな事言いたかねぇんだぞ」
「ふ、ふぎぃ……! そんな……!!」
下柳則夫、彼の帰る場所はひっそりと世界から消えていた。
アトミルカ旧シングルナンバーたちの動向は意外にも一枚岩ではない。
だが、悪鬼たちがうごめき始めている事は事実であった。
その時まで、あとわずかである。
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