第376話 THE DAY

 その日は、いつも通りの朝だった。

 だが、凶事が起こるのは得てして普段と同じ朝なのである。


 後の世の人間が「あの日は朝から何か起こる気配があった」と語るにつけ、凶兆と言うものは語り継がれる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 監獄ダンジョン・カルケルに警報音が鳴り響く。

 続けて、全階層に向けて緊急のアナウンスがされた。


『こちらは、アトミルカナンバー5である。現時刻をもって、監獄ダンジョン・カルケルの通信制御権をアトミルカが奪取した。囚人たちに告ぐ。我らは有能な兵士を求めている。希望する者は自力でカルケルより脱出せよ。その程度もできぬ者に用はない』


 5番の声は止まらない。


『さあ、幾重にも連なる潜入者たちよ。異界の門を解放せよ。ウォーロスト側の準備はできている。……ああ。全階層に対する連絡はここまでとする。さすがに対応が早いな。では、多くの凶悪なる者が出獄する事を望む』


 カルケルの防御に当たる者たちには、5番がどこにいるのかがすぐに分かった。

 全階層に向けて放送ができるのは、中央制御室のみである。


 その中央制御室では、メケメケマル副指令が必死になって応戦していた。


「川端副指令! ズッケローニ司令官!! どうしてあなたたちが!!」

「…………」

「…………」


 メケメケマルが相対するのは、信頼している副指令と司令官。

 彼らは無言で煌気オーラ刀を発現させる。


「し、仕方がない!! カルケルの煌気オーラ防御システムをダウンさせるしか!! くぅっ!!」


 メケメケマルは監獄ダンジョンと呼ばれる所以の、煌気オーラを全て無効化するイドクロア兵器の主電源を切る。

 これで、囚人たちを抑えるのは手錠のみとなった。


「くそぉぉ!! 信じていたのに!! 『ブラスターブレード』!!」


 メケメケマルも煌気オーラ刀を発現して、副指令と司令官に向かう。

 「ここで自分までやられてしまえば、誰がカルケルを守るのだ」と言う強い使命感は、同僚や上官に対する信頼を上回った。


「待つんだ、トーマスくん!! つえりぇあ!! 『一陣旋風脚いちじんせんぷうきゃく』!!」


 中央制御室に飛び込んで来たのは、川端一真だった。

 メケメケマルは混乱する。



 川端一真が同じ空間に2人存在しているからである。



「落ち着くんだ! ヤツは偽物だ!! アトミルカがかつて、『人造人形クレイドール』と言う兵器を使っているところを見た事がある!! その類のものだろう!!」


 川端一真監察官は30分ほど前に第5層の制御室から「緊急事態が起きました」と言う通信を受けて、現場に向かっていた。


 そこで待ち受けていたのは、看守に化けたアトミルカの10番台。

 18番と17番だった。


 事態に気付いた川端はすぐに中央制御室に連絡を取るが、既に遅い。

 その中央制御室で5番が暗躍していたからである。



「ど、どっちも川端さんじゃあないか!! 見分けがつかない!! むしろ、何も喋らない方が川端さん感が強い!! 今飛び込んできた方が偽物だなぁ!?」

「……ウソだろう、トーマスくん。1ヶ月以上も一緒に働いて来たのにか!?」



 メケメケマルは元から文官として副指令の職に当たっている。

 母国アメリカでも、敏腕オペレーターとして名を馳せて出世していた。


 それゆえに、戦いとなればまるで戦力にならない。

 日本探索員協会の既定に照らし合わせると、Cランクが良いところだろう。


「よく煌気オーラを見るんだ! トーマスくん!!」

「どっちも同じに見える!! うわぁぁぁ!! どっちも敵だぁ!!」


 混乱するトーマス・メケメケマル。

 対して、川端一真は冷静だった。



「……トーマスくん。私の好きなおっぱいは、ロケット型だ。柔らかさよりも弾力を重視する。顔を埋めてくんかくんかするのが何よりも好きだ。愛していると言っても良い」

「か、川端さん……!! あなた、本物の川端さんだ!!」



「……ああ! そうだ! 私が日本探索員協会所属、川端一真監察官だ!!」


 それで良いのか、川端監察官。


 何はともあれ、おっぱいに対する情熱で身分を証明する事に成功した川端。

 ならば、ズッケローニ司令官は。


「で、では! ズッケローニさんが裏切り者ですか!?」

「確かに、目の前にいる司令官は敵だ。だが、ズッケローニ司令官は今、第11層の制御室におられる。私と同様におびき出されたのだ。なかなか手の込んだことをする! そうだろう、アトミルカの5!!」


 ズキッチョ・ズッケローニの姿が変貌していく。

 白髪だった髪の色は青くなり、一回り大きな痩身の男が現れる。


「なんだ。意外と冷静ではないか、川端監察官。おかしいな。3番のデータでは、2度の交戦で2度とも戦闘不能になった間抜けとあったが?」

「……よく私の事も調べているようだな。……認めよう。私は監察官の中でも弱く、間抜けだ。……だが、それと正義を行使する事は無関係!!」


 川端はジャンプ一番、5番目掛けてかかと落としを繰り出した。


「つりゃあ!! 『断崖蹴気弾だんがいしゅうきだん』!!」

「ぐぉっ!? これはなかなか!! ぬぅんっ!!」


 5番は両腕をクロスさせて、川端の攻撃を防ぐ。

 だが『断崖蹴気弾だんがいしゅうきだん』は煌気オーラを纏わせた体術とスキルの合わせ技。


 鋭い矢のように尖った水の煌気オーラ弾が5番を襲った。


「これは参った。本隊が来るまでに中央制御室は制圧すると言っておいたのだがな。少々時間を取られそうだ」

「……いや。時間は取らせない。貴様を倒して、私はジェニファーに会いに行く!!」


「ほう? 妻か? いや、お前は独身だったな。では、恋人か」

「……違う!! ジェニファーはな!!」


 右足を振り上げながら、川端は叫ぶ。



「……私の! 大切なおっぱいだ!!」

「何を言っとるんだ、この男は。弱ったぞ、情報がまるで当てにならんな。想像以上にクレイジーじゃないか」



 5番は川端の警戒レベルを一気に4段階引き上げて、戦う者の礼儀として名乗った。


「私は5番。アルジニー・グクオーツ。そんなに乳が好きならば、あの世で祖母の乳でも揉むと良い!」

「……ふっ。私の祖母は今年で98だがまだ故郷でピンピンしている! そして! ばばあのおっぱい吸うくらいなら死んだ方がましだ!!」


 川端一真とアルジニー・グクオーツの戦いが始まった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらは第5層。


 六駆はステルスサーベイランスに向かって事態を報告していた。

 先ほど、ちょうど第5層にやって来た川端と情報交換を済ましたところである。


『了解っす! 逆神くんはこの後、どうするっすか?』

「とりあえず、第11層を目指します。ウォーロストから出て来るお金の群れを狩ろうかと!!」


『場合によっては『ゲート』を出してもらうかもっすから、自分もサーベイランスでお供するっすよ!』

「分かりました! では、急ぎますよ!!」


 走り出そうとする六駆は「おっと、忘れてた」と言って、ウィリアムとローリングフォーメーションズの手錠を破壊した。


「お聞きになった通りです。第5層の制御室が多分一番安全なので、そこに向かってください。スキルも使っていいですけど、ほどほどに!」


 ウィリアムは駆けだしていく六駆に尋ねた。


「あなたは何者なんですか!? どうしてオレみたいなもんに気を遣ってくれるんですか?」


 六駆は「まったく」とため息をつく。

 なんか君、カルケルに来て偉そうになったな。


「僕は逆神六駆Dランク探索員です。ここには任務で来ました。あなたたちと一緒の1ヶ月、結構楽しかったので! あと、おかず譲ってもらいましたし!! これでは理由になりませんか? ならないのなら、ご自分で勝手に考えて下さい! では、ウィリアムさん!! お元気で!!」


 今度こそ走り出す逆神六駆。

 その背中を見送りながら、ウィリアムは「刑期を終えたら家業でも継ごう」と決意し、手の平を握りしめたと言う。

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