第377話 戦支度は整った! 日本探索員協会・本部

 日本の時刻は午前11時を少し過ぎた時分だった。


 オペレーター室に駐在していた山根健斗Aランク探索員が緊急事態を伝える警報ボタンを押す。

 けたたましく鳴るサイレンの音は、紛れもない凶兆の知らせ。


 南雲修一監察官と五楼京華上級監察官がほとんど同時にオペレーター室へと飛び込む。

 彼らは「来たか」「そのようです」と短い会話を交わし、メインモニターを見た。


「えー。こちら山根健斗っす。監獄ダンジョン・カルケルにて脱獄が発生。同時刻、通信が完全に途絶したっす。副指令の川端一真監察官とも連絡は取れませんが、内部に潜入中の逆神六駆Dランク探索員からサーベイランスを通じて連絡がありました。どうやら、カルケル内部で反逆者が多数いる模様っす」


 山根の報告は端的であり、次に何を考えるべきかを教えてくれる。

 南雲は取り急ぎ端末の前に座り、防衛部隊のスマートフォンに連絡を入れた。


 内容は以下の通り。


『監獄ダンジョン・カルケルにて予期されていた事態が発生。本部にいる探索員はオペレーター室に集合。外部にいる者は、安全が確認されたのち【稀有転移黒石ブラックストーン】にてカルケル近くへと転移せよ』


 これは、加賀美隊を先遣隊として送り込む決定事項だった。

 【稀有転移黒石ブラックストーン】は予め決められたダンジョンの座標に転移するイドクロア装備であり、場所を選ぶことができない。


 よって、カルケルの発着ポイントの安全を確保しなければ、「転移した先で敵に囲まれる」と言う事態を招きかねない。


「南雲指揮官! 加賀美隊、4名! 準備が整いました!!」

「加賀美くん! さすが、早いな!」


「チーム莉子所属、塚地小鳩Aランク探索員。こちらも準備完了していますわ」

「同じく椎名クララAランク探索員! 準備おけだにゃー!!」



「よし! いや、よくない!! ……椎名くん! 大学にちゃんと行きなさいって言ったでしょう!? 君のお父さんとお母さんから頼まれてるんだよ、私!!」

「にゃははー。今日は自主休講してたんですにゃー。やー。ソシャゲのイベント周回しながら監察官室に居て良かったですにゃー!」



 どら猫、まだ5月なのに留年の気配を漂わせながら推参。

 隣にいる小鳩も含めて、既に探索員装備に着替えている。


 舞台がダンジョンや戦場になると輝きを放つクララの存在を「今は幸運と思う事にしよう」と納得した南雲。

 小坂莉子Aランク探索員と木原芽衣Bランク探索員は学校に行っているため、現場へは転移で直に向かう。


 まずはその地ならしを行うべく、防衛部隊の出撃準備に取り掛かる南雲と五楼。


「山根。逆神と回線は繋げるか? 詳しい情報が欲しい」

「問題ないっすよ、五楼さん! どの逆神にします?」



「1番綺麗なヤツで頼む」

「1番綺麗な四郎さんはまだ第3層から動いてないっすねー」



 「ぐぬぬっ」と唇を噛んだ五楼は、「それなら、ちょっと汚いヤツだ!!」と言った。


「了解っす! 逆神六駆Dランク探索員との回線、開きます!」


 5秒ほどの間があって、六駆の声がオペレーター室に響き渡る。

 カルケルはオーストラリア付近に浮かぶ孤島なのだが、そんなところとでも簡単に通信ができるサーベイランスの偉大さを五楼は噛み締めた。



『はいはい! こちら逆神! 今、襲って来た看守を3人ぶっ飛ばしたところです!!』

「……南雲。メリーさんと言う怪談が昔流行ったが、これこそ恐怖を感じる通話ではないか? 普通、敵を倒しながら通信回線を開くか?」



 久しぶりの逆神風味にドン引きしながら、五楼は南雲の同意を求めた。

 逆神六駆については探索員協会で随一の有識者である南雲。

 彼はどっしりと落ち着いた表情で応える。


「あれが逆神くんの平常時ですよ。五楼さん、安心してください。彼は報酬を支払うまでの間、我々探索員協会にとって最強の矛です」

「……ああ。そうだった。南雲、お前は本当にいざと言う時、頼れる男になったな」


『あのー。なんかイチャイチャしている熟年カップルがいるみたいなので、1回切っても良いですか? サーベイランスがうろちょろしてて目障りなので!!』

「だ、黙れ! この痴れ者が!! まだ何の情報共有もしとらんだろうが!!」


 逆神六駆。

 彼は現状、カルケルの最下層を目指しながら軽口の叩けるコンディションにある。


 南雲と山根は「いつもの逆神くんだねー」と応じたと言う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらは逆神六駆サイド。

 現在、第5層から下の階層に向かうべく、道に迷っている最中だった。


「ちょっと、南雲さん! このダンジョンの通路、複雑すぎじゃないですか!? 全然下に向かえないんですけど!!」


 以前にも言及したが、監獄ダンジョン・カルケルはその特性から、天然の迷路として名高いダンジョンを縦長の牢獄に作り変えたものであり、赴任して来る刑務官も2ヶ月くらいは余裕で迷うと有名である。


『こちら山根っす。逆神くん。サーベイランスに地図を表示してあるんすけど、これじゃ無理っぽいっすか?』

「あっ! これ、前に莉子が見せてくれた新宿駅の地図に似てますね! サッパリ分かりません!!」


 ならば、六駆は今、どこに向かって走っているのだろうか。

 山根に代わって、南雲の声が聞こえて来た。


『逆神くん。現時点で君が感知している事態を教えてくれるか?』

「えー。今僕、ものすごく頭使ってるんですよねー。やだなぁ、なぐ」



『30万円あげよう』

「僕の『観察眼ダイアグノウス』によると、各階層に4人か5人くらいは派手に煌気オーラ出してる人がいますね。これ、裏切り者と看守さんが戦ってるんじゃないかな。上の方で大きな煌気オーラが1つ。いや、2つ。片方は川端さんですよ。もう片方は……。前に戦った4番さんくらいの強さかな。まだ最下層の煌気オーラは爆発的に増えていないので、異界の門は死守できてるみたいです」



 南雲修一。

 彼は監察官きっての切れ者である。


 もはや1万円札が『逆神六駆プレイングチケット』であると理解している。

 続けて南雲は言った。


『状況は分かった。ありがとう。それで、君は最下層に行くんだよね?』

「そうですね! 賞金首がいるらしいじゃないですか! 国際探索員協会が認定してるって言う! それをハンティングしに行きます!!」


 スキル犯罪者の首にかかった賞金は、カルケルに収監されても解除されない。

 このように、賞金稼ぎのような強者が有事の際に働くからだ。


『できれば、加賀美隊とチーム莉子の転移地点の安全を確保して欲しいんだけど。どうにかならないか?』

「転移地点って、僕たちがカルケルに来た時に出た場所ですっけ?」


『そう、それだよ。一旦地上に出てから最下層に向かうと言うのはどうだろう?』


 六駆は少し考える。

 時間にしてわずか3秒。


「だったら、じいちゃんに行かせましょう!」

『ええ!? 四郎さんを戦場に出すのかね!? 君ぃ! おじい様との関係は良好なはずだろう!? カルケルでさらに悪魔に磨きをかけたのか!?』


「失礼だなぁ。じいちゃん、あれで結構戦えますよ? 多分、南雲さんと同じくらいには。だって色々と装備持って来てますからね!」

『君が言うと説得力がすごいんだよなぁ。あと、戦闘力の数値基準を私にするのはいい加減にヤメてくれない?』


 南雲は五楼と協議を行う。

 こちらは4分ほどかかった。


『よし。逆神くんの言う事を信じよう。四郎さんに地上の安全確保をご依頼する。君はそのまま最下層を目指してくれ』

「分かりました! 南雲さん!!」


『なんだね?』



「面倒なんで、地面に穴空けて向かっちゃダメですか?」

『絶対ヤメて!? それやると、凄まじい被害と人命が失われるから!!』



 六駆は不承不承ながら「了解しましたー」と返事をする。

 情報共有は完了。


 これから協会側が打って出る作戦も固まりつつあった。

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