第422話 告白されたら伯父が来た ~木原芽衣、地獄篇シリーズ~

 木原芽衣の通う私立ルルシス学院は名門の女子校として有名である。

 高等部に進級してから最初のゴールデンウィークが明けると、芽衣はクラスが少し浮足立っているような気配を察知した。


「木原さん、ごきげんよう」

「みみっ。ごきげんようです」


 芽衣は高等部になっても学校の人気者であり、彼女の周りには友人たちが集まって来る。

 最年少探索員として活躍している芽衣は同世代の女の子からすると大人びて見え、そこに彼女の万事気の利く性格と可愛らしい風貌が加われば、それも当然かと思われた。


「聞きました? 香取さん、恋人ができたらしいですよ!」

「みみっ」


「桑原さんもらしいですわよ! 皆さん、高等部になってから積極的ですものね!」

「みみみっ」


 私立ルルシス学院は、中等部の間「不純異性交遊を禁ずる」と言う鉄の掟がある。

 だが、これも時代の流れだろうか。


 高等部になると一転して、「適度な男女間の交友は黙認する」と言う暗黙のルールが存在している。

 つまり、お嬢様女子高生たちは高校1年生の春から初夏にかけて一気に恋人を作り始めるのである。


「木原さんはどなたかおられませんの? 意中の殿方は!」

「わたしもお聞きしたいです! 木原さんは普段から大人の男性と一緒にお仕事されていますものね! やっぱり、同世代の男子は子供に見えるものですか!?」


「……みみっ」


 芽衣は探索員の仕事で一緒に過ごす殿方について思いを馳せる。


 まず、逆神六駆。

 彼は学年こそ2年上の高校生だが、中身はお金大好きおっさんである。


 加賀美政宗は爽やかな20代だが既婚者であり、南雲修一は尊敬すべき点も多いがコーヒー噴いてばかりいる。


 自分の伯父については語るまでもない。



 意外とろくな大人の殿方が近くにいない事に気付いた芽衣ちゃまであった。



「みみっ。芽衣の周りの男の人は、ちょっとレベルが違うので、そういう目では見られないのです。みみみっ」


「まあ! やっぱり探索員をされている方はすごいのですね!!」

「では、木原さんも同世代の方と交際をされるおつもりなのですか!?」


 正直なところ、木原芽衣は恋愛についてまだ興味がない。

 これはパーティーメンバーの乙女たちから受ける影響も大きい。


 小坂莉子はとても尊敬できるリーダーだが、恋愛さえなければと思わずにはいられない残念系女子。

 椎名クララは男が放っておかないスタイルの持ち主なのに、二十歳にして既に社会不適合者の風格を漂わせている。


 塚地小鳩はそもそも男が嫌いなので、師匠のおじいさんとばかり仲良くしている。


 なるほど。

 芽衣が恋愛に興味を示さない理由は充分過ぎるほどに理解できた。


 だが、そんな彼女の意思とは関係なく、可愛らしい姿の芽衣を同世代の男子たちが放っておくはずもないのである。

 事件は2日後の木曜日に起きた。


 校門を出たところで、純朴そうな坊主頭の男子高校生に声をかけられた芽衣。

 「みみっ?」と首を傾げる彼女に、男子高校生は言った。


「き、木原芽衣さん! 月刊探索員のインタビュー記事、読みました! あ、あの! 俺とお付き合いしてもらえませんか!?」

「み、みみっ!?」


 木原芽衣、他校の男子に告白される。

 これが騒動の始まりだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 今日も仕事を抜け出して「芽衣ちゃま見守り隊」としての活動に精を出していた、監察官最強の男・木原久光。

 あろう事か、愛する姪が目の前でどこぞの坊主頭の頭の中ではエロいことばかりしか考えていないようなクソガキ(木原監察官個人の感想です)に愛を叫ばれる。


「うぉぉぉぉぉぉぉん!! なんてこったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 この時の木原久光が放出した煌気オーラの量は凄まじく、協会本部の煌気オーラ計測器の4割がエラーを吐き出す事態となった。

 そして、すぐに事情を理解した男がいた。


「これはいけません。私にできる事をしなければなりません」


 福田弘道Aランク探索員である。

 彼は、速やかに南雲監察官室所属のジョーカーと連絡を取った。


「こちらは、木原監察官室の福田でございます。逆神Dランク探索員に急ぎの任務をお願いしたいのですが。報酬は木原監察官室の予算から、50万円ほどお支払いいたします」


 電話の向こうで「うひょー!!」と言う声が聞こえた。

 声の主はすぐさま『ゲート』を発現し、一度協会本部へと転移する。


 これは木原監察官の近くに『基点マーキング』が存在しないからである。


 そして、勢いよく木原監察官室のドアを開けたうひょーの主。


「福田さん! すぐに【稀有転移黒石ブラックストーン】の座標指定をお願いします!! 僕の方は準備できてますよ!! うひょー!!」

「迅速な対応に感謝いたします。こちらも既に用意は整っております。これが座標指定済みの【稀有転移黒石ブラックストーン】です。それから、サーベイランスを1基お持ちください」


 お金が絡むと超一流の戦士となる逆神六駆。

 何もせずとも超一流のオペレーターの福田弘道。


 このコンビが芽衣ちゃまの危機を救うべく、動き始めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「み゛み゛っ!」


 その頃、芽衣も「なんか嫌な煌気オーラを感じるです」と視線を移すと、そこに木原久光と言う名の人語を喋るゴリラを発見していた。

 当然だが、男子高校生は何も気付かない。


「き、木原さんの見た目とプロフェッショナルな考え方のギャップに惚れました!! お友達からでいいので!!」


 100メートルほど離れた街路樹に隠れて、木原久光は煌気オーラを溜めていた。

 彼は叫ぶ。


「うぉぉぉぉん!! クソガキぃ、分かってるじゃねぇの!! 芽衣ちゃまの魅力をよぉぉぉぉ!! よし、ぶっ殺してやるぜぇぇぇぇ!!!」


 既にお気づきかと思うが、一応明言しておこう。



 木原監察官は探索員をやっていなかったら、ただの犯罪者予備軍である。



 男子高校生の大ピンチ。

 そこに颯爽と転移して来た男がいた。


「やあ! こんにちは!」

「う、うわぁ!? えっ、いきなり!? どこから!?」


「みみっ! 六駆師匠です!! みみぃ!!」

「助けに来たよ、芽衣! 事情は全部把握している!!」


 お金が絡んだ逆神六駆は最強。

 その分野は戦闘だけに留まらない。


「君! 申し訳ないけど、芽衣の事は諦めてくれないかな! 彼女は僕にとって大事な人なんだ!!」

「そ、そんな……」


「芽衣もちゃんと自分の意志を伝えないとダメだよ?」

「み、みみっ。あの、ごめんなさいです。気持ちはとっても嬉しいです。あなたの希望には応えられないです。けど、あなたの事と気持ちは忘れないです。みみみっ」


 芽衣の断り方もお手本のような出来栄えで、意中の乙女に真っ直ぐ見つめられてこう言われると、常識のある男子は諦めざるを得ない。

 肩を落として去っていく男子高校生。


「み、みみみっ。あ、あの、六駆師匠……。ありがとうです。みみっ」

「気にしなくて良いよ! 芽衣のピンチなら、僕はいつでも駆け付けるさ!!」


「み、みみみっ」


 この時、芽衣の中で逆神六駆の株価がかつてない高騰を見せた。


「うぉぉぉぉぉぉん!! 逆神ぃぃ!! おめぇ、わざわざ芽衣ちゃまにたかる悪い虫を駆除しに来るとか!! うぉぉぉぉぉぉん!!!」


 同時に、木原久光監察官の中でも逆神六駆株はストップ高を記録していた。


 このようにして木原芽衣の平和は守られたのだが、後日、福田弘道から事の経緯を全て聞いた芽衣は「あ、ちょっとドキドキして損したです」と正気に戻ったらしい。


 なお、一時的に「俺の芽衣に手ぇ出すんじゃねぇ!」とお気持ち表明した六駆は、驚異的な乙女の嗅覚でその浮気を嗅ぎつけた莉子さんにリコパンチでお仕置きされたと言う。


 「女の子って難しいなぁ」とは、50万を現金払いで受け取った六駆の弁である。

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