第423話 無事に作戦から帰って来たので肉を食べに行って来ます ~南雲修一、そろそろ男のケジメを迫られる~

 ゴールデンウィークも終わり、人々は日常へと戻っていく。


 逆神六駆は小坂莉子に連れられて、今日も渋々高校に通う。

 椎名クララは塚地小鳩に首根っこを掴まれて、日須美大学へと強制連行される。

 木原芽衣はちゃんと学業と仕事を独力で両立させている。


 相変わらず最年少の少女が一番しっかりしているチーム莉子なのであった。


 一方、そんな彼女たちの上官である南雲修一監察官。

 彼はゴールデンウィークを返上して仕事をこなしていた。


 彼は監察官を束ねる筆頭監察官に昇進したため、抱える仕事の量もその地位に比例して増えている。

 昨日、ようやく監獄ダンジョン・カルケル防衛任務の報告書を書き終えたところである。


 だが、彼は勤勉であり、また趣味もないため進行中の案件がなくなると自発的に次の仕事を見つけて取り組む、ややワーカーホリックな男でもある。

 今朝も8時には出勤して来て、日課のコーヒー豆の焙煎に精を出していた。


「おはざーす。南雲さん、早いっすねー」

「ああ。おはよう、山根くん。まあ、家にいてもする事がないからね」


「うわぁ。哀しい独身中年男性の生活を朝から見せて来るとか、これパワハラっすよ」

「うん。君の言葉の方がよっぽどハラスメントだな。コーヒーを淹れよう」


 そんなやり取りをしていると、部屋の扉がノックされた。

 山根が応対する。


「南雲さん。お客さんっすよ。そんなクソみたいなコーヒーいじってないで」

「邪魔をする。南雲。お前、有給がたまり過ぎているぞ。少し休め」


 五楼京華上級監察官がやって来た。


「おはようございます、五楼さん。ちょうどコーヒーを淹れていたんですよ。どうですか、ご一緒に。……山根くん。君さ、最近私のコーヒーの話する時、枕詞かってくらいクソみたいって言ってない?」


「南雲。山根ならば今しがた部屋から出て行ったが?」

「ぐぅっ! コーヒー淹れたのに!! もういい、私が2杯飲む!!」


 南雲と五楼は朝のコーヒータイムを共にする。

 最近は仕事の話以外にも話題が増えて来た2人。


 「効率的な養老保険の掛け方」について南雲が持論を展開していると、山根が戻って来た。


「山根くん。君ぃ。コーヒーせっかく淹れたのになんでどっかに行くのかね」

「そんなクソみたいなコーヒーの話よりもっすね! お二人に良い話を持って来たっすよ!!」


「……またクソみたいって言った」

「確認して来たら、五楼さんもむちゃくちゃ未消化の有休があるじゃないっすか!」


「ああ。まあ、休む必要を感じないからな」

「かぁー! そういうとこっすよ! 上司が有休消化してくれないと、部下も有休取りにくいったらないんすから! 分かってないなぁ、2人とも!!」


 五楼は「そういうものなのか?」と南雲に尋ねる。

 南雲も「いえ、よく分かりませんが」と首を傾げながら応じた。


 「稀代のパサー」として一部から熱狂的な支持を集めている男、山根健斗Aランク探索員が動く。


「って事で、取り急ぎ五楼上級監察官室に行って来て、お二人の有休申請して来たっす! 春香さんが手続してくれて、五楼さんの代わりは楠木監察官が務めてくれるらしいっすから! とっとと帰ってもらえるっすか?」


 たった20分でこれだけの仕事をやってのけた山根。

 だが、まだ続きがあるのだからこの男は恐ろしい。


「ああ! こんなところに、高級焼肉店の電話番号があるじゃないっすか! そう! この店の予約取っといたんで、2人で行って来てくださいっす! どーせ自分が予定決めてあげないと、2人とも家に帰って寝るだけっすよね?」


「や、山根くぅん!! 君ぃ、勝手に色々と何をしてくれとるんだね!? 五楼さんにだってご迷惑だろう!!」


 南雲は五楼を見る。

 すると、五楼はそっと目を逸らした。



「……私は別に構わんが。まあ、山根の言う事にも筋は通っている。それに、南雲とは肉を食いに行くと約束もしていたから、な」

「えっ!? あ、そうなんですか。……えっ!?」



 こうして、南雲修一のターンがやって来た。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 平日の昼間から、日本監察官協会のトップとナンバー3が街をぶらつく。

 たった今「南雲はナンバー2では?」と思った諸君には、苦言を呈さなければならない。



 雨宮順平上級監察官の事をお忘れか。

 だが、忘れていてもそれを責める事は誰にもできないので、お気になさらず。



「しかし、たまには悪くないな。非日常体験と言うものも」

「そうですね。まさか、五楼さんと一緒に街をぶらつく日が来るとは思いませんでした」


「仕方がなかろう。山根の取った予約の時間まで、まだ3時間もあるのだから」

「まったく、山根くんは気が利くのか利かないのか。もっと早い時間のお店を選んでくれれば良いのに。困ったものですね。はははっ」


 山根が店の予約まで時間を敢えて空けた事に、諸君もお気付きだろう。

 何なら、五楼京華も気付いている。



 南雲修一だけがまったく気付いていない。



 繁華街をあてもなく歩いて行くと、目の前に女性ブランドのセレクトショップが現れた。

 ショーウィンドウには、マネキンがオシャレなブラウスとタイトスカートを身に纏っている。


「あ、見て下さい、五楼さん! あれ、五楼さんに似合いそうですね!」

「……貴様。いつから雨宮のような口を利くようになった?」


「す、すみません! 失言でした!!」

「……失言と言われるとまた、何とも複雑だが。……あれは、そんなに私に似合うと思うか?」


「えっ? あ、はい。五楼さんはパンツスーツが多いですから、たまには気分が変わって良いのではと思いまして。……はっ!? あの、別にスカート姿を見たいと言う訳では!! いや、見たいのですが!! 決して、いやらしい意図はなく!!」


 慌てる南雲を見て、五楼はため息をついた。

 続けて、「少しこの店に寄るぞ」と言う。


「……私も一応、女だからな。スカートのひとつも穿きこなせんようでは、日引辺りに物笑いの種にされてしまう。試着くらいはしてみよう」


 そののち、五楼がマネキンの着ていたアイテム一式を購入したのは言うまでもない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 しばらく経って、高級焼肉店で2人は動物性たんぱく質を補給していた。


「やはり肉を食わねばな。私たちは体が資本だ。南雲、こっちはもう焼けている。遠慮せずに食え」

「いただきます。……山根くんのくせに、いいお店のチョイスですね」


 五楼は「ふふっ」と軽く笑って、「確かにな」と続けた。

 それからせっせと肉を焼き、口に入れて咀嚼して追加の注文をする2人。


 満腹になって、デザートの胡麻アイスを食べていると五楼が少し言いにくそうに南雲に尋ねた。


「貴様の実家は福岡だったな?」

「はい。福岡の田舎ですよ。周りには何もなくて、子供の頃は退屈していました」


「……ならば、お母上にも時には変わった物を食べさせねばならんだろう」

「……はい? まあ、そうですね。畑で採れた野菜とかばかり食べていますから」


「ここの肉を持ち返りで見繕わせるか」

「これはお気遣い、ありがとうございます。……あの、発送ではなく、持ち帰りですか?」



「確認したところ、有休は1週間もあるらしい。……私も、たまには旅行でもしたいと思っていたところだ。……それから、田舎は嫌いではない」

「えっ? ……え゛っ!?」



 五楼の真意にやっと気付いた南雲。

 彼は何を言ったら良いのか分からず、とりあえず挙動を不審にして胡麻アイスのおかわりを注文した。


 翌日、新幹線に乗り込む南雲と五楼であるが、その先の話の続きはまたいつか語る機会があるかと思われるので、諸君にはひとまず南雲修一のさらなる活躍を応援して頂きたい。

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