第165話 マグマアニマル、大量発生 有栖ダンジョン第19層

 監察官室のサーベイランス制御装置が警告音を発する。

 それは、ちょうどチーム莉子が第19層へと下りたタイミングと重なっていた。


 第19層の気温は現時点で55℃。


 煌気オーラ感知に集中させているとは言え、ここまでの異常値を急に検出すれば南雲監察官ご自慢の逸品は「ちょいとおかしいですよ」と鳴き声で知らせてくれる。


「山根くん。なんか警告が出てるね。そっちで確認してくれる?」

「嫌だなぁ。パワハラですよ、南雲さん。自分だけ親子丼食べてるとか」



「人聞きが悪いな、君ぃ! 山根くんは先に食べたでしょ!? しかも天丼の特上を!!」

「ヤダなぁ、冗談じゃないですか。海老天がプリップリでした! ごちです!!」



 南雲監察官室は晩ごはんのお時間。

 六駆たちがミンスティラリアに行ったせいでタイムテーブルがおかしなことになっているが、時刻は午後8時過ぎ。


 今日は南雲もシミリートと3時間楽しいトークタイムを嗜み、その間に山根が働いてくれた事を評価して「好きな出前を取りなさいよ」と彼に勧めた。

 そこで、山根は近くの高級蕎麦屋の特上天丼を注文したのだ。


 なお、南雲の晩ごはんは電話をした山根が「天丼をできるだけ豪華にお願いします! それと、まあ親子丼でいいか!」と注文したため、部下の3分の1の値段の丼になった。

 親子丼の味も無類だったのに、何故だか納得のいかない南雲である。


「あーあー。南雲さん、南雲さん」

「なんだね。また逆神くんがむちゃくちゃなスキル撃ったんだろ? それで、煌気オーラ感知がエラー吐き出したんだな?」


「いえ。熱感知の方が警告出してます。気温が58℃ですって」

「……ごめん、親子丼に山椒キメ過ぎたかな? あと二口しかないし、全部食べるから待ってね。……よし。もう1回言ってくれる?」


「有栖ダンジョンの第19層の気温が58……あ、今60℃になりました。ああ、70、89。どんどん上がってますね」

「あそこのダンジョンにそんなギミックなかっただろ!? チーム莉子は!? 無事なのか!?」


「逆神くんのスキルで割と平気そうです。彼はすごいなぁ」

「ああ、良かった! じゃあ、4人全員がとりあえず退避してるんだな!」



「いえ、逆神くんは元気そうに駆け回ってますよ」

「どういうことなの?」



 山根がサーベイランスの高度を上げて、フロア全体を見渡せるアングルに映像を調整する。

 第19層はドーム型の階層で、モンスターのたまり場になりやすいとのデータがあり、実際に地形はその通りだったのだが、そこを埋め尽くしていたモンスターに問題があった。


「なんか見慣れないのが10……15匹ほどいますね。燃えてますよ。なんですか、あれ」

「……あの燃えてる岩のモンスターか。待てよ、見覚えがあるぞ! あれ、木原監察官が3年前に討伐した新種だ! 山根くん、協会のデータベースに検索かけて!」


 山根は速やかに指示を受けて、ものの1分で情報を表示させた。


「登録名はマグマアニマルっすね。ええと、討伐地はイギリスだそうです」

「そりゃあ私たちも見慣れないはずだよ! 国内で出現報告は!?」


「ないっすね。有栖ダンジョンが初めてみたいっす」

「スカレグラーナと関係があるのだろうか……。いや、考察は後回しだ! 逆神くんに繋いでくれ! 彼は確実に大丈夫だろうけど、女の子たちが気がかりだ!!」


 南雲の発現は六駆を差別しているようにも聞こえるが、そうではない。

 これは区別。


 人と悪魔の境界線が最近はハッキリと見えるようになってきた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 有栖ダンジョン第19層。

 現場のチーム莉子の様子はどうか。


「うわぁ。見てよみんな。岩が燃えてるよ。どういう原理? あれってモンスター?」


 燃える溶岩が巨大な狼のような姿をして「ウオーン」と吠えている。

 それが所狭しと密集していた。


「ろ、六駆くん! 平気なの!? 足元も燃えてるけど!! 怪我したらヤダよ!?」

「ああ、平気、平気。なんだか血行が良くなりそうで、むしろありがたいな」


 溶岩をサウナみたいに言うな。


「芽衣ちゃん、パイセンにくっ付いとくんだよー。これ外に出たら、多分死んじゃうにゃー」

「みみみみっ! 死んでもこのお尻を離しませんです!! みみみみみみみっ!!!」


 そこに飛んでくるサーベイランス。

 さすがは火山の中でも運用可能な南雲の自信作。

 この熱風と灼熱の中でも余裕で動いている。


『逆神くん、無事か!?』

「南雲さん! 先にどうしても聞いておきたい事があるんですけど、良いですか!?」


『なんだ!? 君の方から質問とは珍しいな! やはり体が限界か!? 無理をしちゃいかん! 1度退いて体勢を立て直そう!!』

「いえ、お気遣いなく! そんなことよりも、大事なことが!!」


 南雲は考える。

 六駆がここまで緊急性を訴える、その事情とは一体何なのかと。



「あのモンスター倒したら、討伐報酬っていくら出ます!?」

『君は100℃の空間にいても頭の中はクールだな。呆れを通り越して尊敬するよ』



 南雲は、溶岩のモンスターについての説明をする。

 その性質。攻撃方法。何を狙って動くのか。敵対心の有無について。


「木原監察官はどうやって倒したんですか?」

『それがな……。データベースには、気合で、としか記されていないんだ。あの人、脳筋だからなぁ。それなのに報告書を自分で書きたがるんだもん。嫌になるよ』


 南雲は普段から木原監察官のノリについて行けないのだと頭を下げた。

 ちなみにそれを聞いていた芽衣が「分かりみが深いです。みみっ」と同意する。


『逆神くん、あれを使ってみてはどうだろう? ほら、異世界の吹雪を異空間から取り出すとか言う、あの頭おかしい凍結スキル。ルベルバックで使ったろ』

「『虚無の豪雪フィンブル・ゼロ』ですか? 全力で撃つと、後ろにいる莉子たちにも影響が出ちゃいますけど」


『私、逆神くんに全力を出してくれなんて恐ろしい指示、できないよ?』

「じゃあ、とりあえず5割の力で撃ってみましょうか!」


 南雲と六駆の話し合いが一旦中止され、監察官は大事な乙女たちに「出来る限り下がっていた方が良い!」と指示を出す。

 莉子たちもそれに従って、階層の入口付近まで後退した。


 彼女たちが今すべきことは、身を護る事ではない。

 六駆とパーティーを組んでいる彼女たちは3人ともそれを知っている。


 逆神六駆の戦いの邪魔にならないようにする事だけがこの場で肝要なのだと言うことを。


「さてさて、それじゃあやりましょうか! 5割って意外と調整しづらいんだよなぁ。ふぅんっ! 広域展開! 『虚無の豪雪フィンブル・ゼロ』!!」


 異世界の古龍を凍えさせる冷気がマグマアニマルたちに襲い掛かる。

 元々身を寄せ合っていた彼らは、さらに1か所に集まる。

 まるで、スキルを受けやすくしているようにも見えた。


「あらら。これはダメだ。南雲さん! 意外と面倒ですよ、こいつら!!」


 六駆がそう言うと、同時に一度は氷漬けになったマグマアニマルが異世界の吹雪を溶かし始める。

 その過程で発生した蒸気だけで中華まんがふっくら蒸しあがる事は間違いなく、六駆は「帰りにピザまん買おう!」と思い付いたと言う。

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