第567話 【カルケル局地戦・その2】木原芽衣Bランク探索員は夜更かし中 ~楠木秀秋監察官の「夜勤司令官は胃痛と共に」~

 デトモルト人のやり方はシンプル。

 そもそもの長寿に若返りを重ねて人生経験カンストさせるのが彼らのスタイルであり、何度も思考が悟りの境地に達した結果、実に単純で強靭な結論にたどり着く。


 「やってやれたらええやん? やれへんかったらその時考えればええやん?」と言うモットーは主に死生観に繋がる思想。


 基本的に死にたくはないけども、死にたくない努力を突き詰めてもダメだった時はまあしゃあないやんである。

 ただしこちらのデトモルト人・ペヒペヒエスさんは先天的なのか後天的なのかは不明なものの、変異種とされており意欲が高い。


 興味のある事に全力投球。

 そこで出て来るデトモルト人のスローガン。

 今回のケースに当てはめるとこうなった。


「おっしゃ! 行ったれ、ポッサム!! 火炎放射や!!」

「ポケモンみたいなノリ! ばばあ!!」


 デカくてブレス攻撃して来るサイコワンコ。

 ポッサムくん。生後3日でポケモンを理解する高い知能が光る。

 全力の煌気オーラブレスでカルケルの入り口を火の海にした。


 司令官のメケメケマルは焦る。

 索敵にまったく引っ掛からずにカルケルに侵入する事は不可能とされており、かつてのアトミルカ襲撃の際も内部に手引きしている者が多数いたにも関わらず、割とすぐに事態を把握していた。


 にも関わらず、何事もなく出て来たペヒペヒエスとポッサムのワンコ散歩おばちゃんコンビ。

 デトモルト人は現状、反則要素の塊みたいな存在である。


 肉体に直接干渉できるスキルを携えているため、その気になれば体内の煌気オーラ供給器官を停止させる事が可能。

 ついでに心臓を止めても1時間程度は普通に活動できる。

 これでは索敵に引っ掛かるはずもない。


 ポッサムについては犬である。

 犬の基本データを元に全然犬じゃない生物を生成したため、カルケルの索敵網では「なんかいると思ったら犬でした」としか感知されない。



 犬じゃないのに。



「うぉぉぉぉぉぉん!! 燃えてんじゃねぇのぉぉぉぉぉ!!」

「木原さん! 敵襲みたいです!! お願いします!!」


「バカ野郎ぉぉぉぉ!! 先に消火だろうがぁぁぁぁぁ!!」

「そ、そうでした!! では、私も加わります!!」


 意外とまともな判断をする木原監察官。

 それにつられる雷門監察官。

 お気づきだろうか。


 この2人には、警戒心が足りていない。


 最強の監察官と同行しているため雷門監察官には油断があり、当の最強を冠する木原監察官は普通に日頃から油断している。

 彼は戦うと強いが、些細な搦め手にもすぐに引っ掛かるのでお馴染み。


「ええで! ポッサム!! ほれ! バケツプリンあるで! 食べぇ、食べぇ!!」

「ばばあ! 分かってる!! いただく、ばばあ!!」


 ペヒペヒエスがポッサムにご褒美をあげながら、球状のイドクロア兵器を監察官たちに投げつけた。

 見た目はモンスターボールに酷似している。


 なお、木原、雷門の両名は消火活動に集中しているため、ボールが飛んで来た事に気付いていない。


「ええやん。ほなな、行ったれ。『デトモルトボール』!!」


 『デトモルトボール』は対象を球体の中に押し込むことで無力化し、さらに圧縮処理が施される事で持ち運びも容易になる。

 確率でたまに失敗する。



 モンスターボールである。

 しかし名前はデトモルトボール。これはセーフ。



「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!?」

「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛!! この流れは!! せ、せやかてぇ!! 久しぶりに出番貰ったのにぃ!! わた、私は!! ああぁ、ウッグエーン!! ィィィナッヒィィィィンッ!!!」


 先頭打者初球ホームランを決めたペヒペヒエス。

 なお、先頭打者なのにツーランと言うチートっぷり。

 全盛期のイチローまではいかないが、これは立派なバランスブレイカー。


 ピースも結構な頻度で世界の均衡を壊している件については、有識者の議論に任せたい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 それから1時間後。

 事態を把握した日本探索員協会だが、彼らは現状動けない。


 日本は真夜中。

 宿直の責任者は楠木秀秋監察官。

 極めて優秀な人材であり、主に文官として指揮官や司令官、参謀に統制と手腕を振るう。


 が、戦闘面では既に他の監察官のように最前線に出られる力はなく、ややインフレに置いて行かれた感のある男。

 下柳則夫の裏切り時点で結構ギリギリの戦いをしていたので、ここは適材適所を守る面でも無理に戦闘力を向上させず後方支援に徹していた。


 が、彼が宿直になるとどうしても戦力が低下する。

 例えば五楼上級監察官や、南雲、久坂両監察官などは指揮と戦闘を兼務できるため、1人で防衛力まで担える。


 楠木監察官は指揮系統の面で際立つ存在感はあるものの、彼が最高戦力の状況で仮に再び本部が攻められると実に危うい。


「困った。困りましたね。ボクが出ても知れていますし、南雲くんたちを招集するにしても時間が……。その間に木原くんたちが連れ去られてしまいますね。阿久津くんも今日は帰宅済み。宿直部隊の最高戦力は加賀美隊。彼らを出すのも本部防衛を考えると……。分かりました。ボクが責任を取る事にしましょう。福田オペレーター。逆神特務探索員に連絡を」


 緊急時にとりあえずの初手で「自分が責任を取る作戦」を用いる事が出来るのはなかなかに稀有である。

 福田弘道オペレーターがミンスティラリアとの回線を開いた。


「楠木監察官。通信が開きます」

「ありがとう。こちら、日本探索員協会本部。楠木監察官です。応答願います」


 ミンスティラリアに置いてあるサーベイランスが起動して、通信に応じたのは。


『みみっ。はいです。こちら南雲監察官室のチーム莉子。木原芽衣Bランク探索員です。宿題してましたです。みみみっ』

「ああ。木原さん。お久しぶりです。公欠中の課題ですか? 偉いですね。……ええと。他の皆さんは? 逆神くんは?」


『みみみっ。六駆師匠はもう寝ましたです!!』

「……確かに深夜ですが。まだ0時台なのに。そ、そうですか。では、Aランクの皆さんはいらっしゃいますか?」


『みみみみっ。莉子さんは六駆師匠の部屋に行ったきり戻ってこないです! 小鳩さんは明日から現世に戻るので、もう3時間くらいガチでお料理してるです!!』

「そ、そうですか……。少々お待ちくださいね」


 楠木監察官は思った。

 「これは非常に緊急出動を頼みづらいですね!!」と。


 木原Bランク探索員に単独で行かせる訳にもいかず、休暇前の桃色乙女に今すぐ戦えと言うのも忍びなく、最強の女子探索員を深堀するとかなり危ない気配が漂い、椎名Aランク探索員については情報さえ出てこない。


 かと言って、逆神家や元アトミルカのメンバーを戦場に投入するのはリスクが大きすぎる。

 楠木監察官は清廉潔白なタイプなので、いつもの「報酬で六駆くんをフィッシュオン」作戦を採択するのも憚られる。


 だが、繰り返すが彼は優秀な司令官。

 時間がない時にはないように対応する。


「……木原さん。……ま、マスクド・タイガーさんはおられますか?」


 苦渋の決断であった。

 前述の通り、元アトミルカのメンバーを戦線に投入する訳にはいかない。


 だが、マスクド・タイガーは謎の人物。

 謎の人物なのだ。楠木監察官はそう信じている。


『みみみみみっ。ちょっとお待ちくださいです! すぐに呼んでみるです!! みみみっ!! あっ。2分で来るらしいです!! ちょうど深夜徘徊の時間だったらしいです!!』


 と、ここで福田オペレーターが芽衣ちゃんの後ろで普通に牛乳をラッパ飲みしているクララパイセンを捕捉。

 2秒ほど迷った後で、楠木監察官に報告した。


「椎名さん! ちょっと! すみません!! 楠木です!! 椎名さん!!」

『はいはいにゃー。楠木さんだにゃー!! お久しぶりですぞなー!!』


「は、はい。お元気そうで何より。椎名さん! 緊急の任務をお願いできますか!?」

『お任せにゃー!!』


 軽い。軽すぎる反応であった。

 だが、マスクド・タイガー氏と椎名クララAランク探索員、木原芽衣Bランク探索員。

 どうにか陣容が纏まりつつはある。


 さらに福田オペレーターが新しい反応を捕捉する。


 パジャマ姿でこちらも牛乳を飲みにやって来た莉子ちゃんである。

 彼女は1日に1リットルは牛乳を飲む。

 理由についてここで語るのは無粋である。


『みみみみみみっ! バニン……タイガーさんが来たです!! みみみっ!!』


 役者が揃った。

 楠木監察官は指令を飛ばす。


 全責任は自分が負うと重ねて宣言しており、これは公式の通信記録として保存される。

 あとはペヒペヒエスとポッサムが、まだカルケルで油を売ってくれている事を祈るのみであった。

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