第21話 逆神六駆が不在のチーム莉子 御滝ダンジョン第3層

 その日は8月上旬にしては涼しい、というか肌寒いくらいの気温であり、上空を黒い雲が覆っていた。

 日本列島に向かって北上してくる台風の影響なのか、それとも不吉が自分でその予兆を知らせて来ていたのか。

 事実は判然としないが、莉子にとっての不吉は既に始まっていた。


「六駆くん、来ませんね。あの人、時間には正確なんですよ。おじさんのくせに」


 待ち合わせの時間を30分過ぎた、午前10時半。

 六駆の姿は未だにダンジョン前の仮設事務所に現れていなかった。

 彼は頭おっさんにしては几帳面な性格であり、特に約束事となれば、10分前行動は基本。


 むしろ莉子が2分遅れただけでネチネチと彼女が遅れて来た3倍の時間使って嫌味を言う、陰湿な方のおっさんなのである。

 そんな彼が、現場に現れない上に、電話もつながらない。


 普通はこんな時、事故か事件を想定するものだが、相手が六駆だとその発想は浮かぶことはない。


 車にねられるのはプロみたいなものだし、事件に巻き込まれたらその主犯に同情するような展開で事態を収拾する事が莉子には分かる。


「もう、入っちゃいましょうか?」

「えー? 良いの? チーム莉子のエースがいないって、まずいんじゃないかにゃ?」


「平気ですよぉ! クララ先輩もいますし! あとあと、わたしもそこそこ強くなりましたし? 意外と、六駆くん抜きで攻略できちゃうかも!!」


 死亡フラグを自分で立てている莉子さん。

 『太刀風たちかぜ』を習得した事実と、前回の攻略で望外な金額の報酬を得た事が、彼女を強気にさせていた。


「そんな頼りになるクララ先輩をさ。莉子ちゃんと六駆くんはハブって、2人でデートしてたんだよねぇ……。あたし、ずーっと家で映画見てたよ? 1人で」


 クララはクララで、ぼっちのあるべきこじらせ方をしていた。

 だが、ガチのぼっちは既読スルーされる事実を彼女は忘れている。


「よ、よーし! 行っちゃいましょう! そして、六駆くんにドヤ顔してやるんです! クララ先輩は頼りになりますし! クララ先輩さえいれば楽勝ですよぉ!」

「そ、そんなに!? あたし、そんなに信頼されてる!?」


 クララはチョロかった。

 様々な不吉の要素をめいっぱい背負ったチーム莉子。

 我々の不安をよそに、意気揚々と3度目の攻略に出動する。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「やぁぁぁっ! クララ先輩、トドメお願いします!!」

「まっかせてー!! 『アイシクルアロー』!!」


 現在彼女たちは第3層の入口付近。

 遭遇したエビルフォックスを見事な連係プレーで討伐したところである。


「やったぁ! クララ先輩、ナイスです!」

「やー! あたしパーティー組むのこれが2回目だけど、案外連携取れるもんだねぇー! 莉子ちゃんもさっすがー! いえーい!!」


 ハイタッチを交わす2人。

 既にここまでの道中で、4体のモンスターを討伐していた。

 初めての攻略でヌタプラントのツタに絡まって泣いていた莉子を思えば、諸君もその成長ぶりに目を細めている事だろう。


 ちなみにクララが初めて組んだパーティーは、彼女がルーキーの頃の話。

 4人の同世代の男女で構成されていたが、みんながやたらと仲が良いため居心地悪く、1週間で抜けたと言う。


「次の階層って、おっきな蜘蛛がいたところですよね? もしかして、またいたりして……」

「んー。普通はあんなに強力なモンスターは何度も出て来ないってのが、ダンジョンのお約束なんだけどー。御滝ダンジョンは特別だかんねー。用心はしとこ!」


「もしかしたら、メタルゲルがいるかもしれませんよぉ! どうします!? 六駆くんに自慢しちゃいますか? きっと泣いて悔しがるんだろうなぁ!」

「あっははー! 莉子ちゃん、悪い顔してる! 六駆くんは仮にも師匠なのに! ひどいにゃー!」


 ここまで絶好調のチーム莉子、2人体制。

 浮かれてはいるが、莉子は聡明な女子であるし、クララはキャリア3年目の中堅探索員。

 モンスターに足元をすくわれるような事態は考えづらい。


 ならば漂うこの不穏な気配はなにゆえ。

 答えは第3層へ下りてすぐのところに待ち受けている。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 とにかく広く、遮蔽物しゃへいぶつのない空間は変わっておらず、件の巨大蜘蛛、現在はリコスパイダーとして本部に申請中の新型モンスターの影もなし。

 その代わりに、6人ほどの探索員がそこにはいた。


 どうやら彼らも1つのパーティーのようで、この広い階層を利用して、更なる階層へと進む準備をしているようだった。


 その中の、ひと際目立つヘアースタイルの男が、莉子に声をかけた。


「やあ! 君たちもここまで来たのかい? すごいなぁ。女の子2人で! さぞかし名のあるパーティーなんだろうね! 俺たちは山嵐やまあらし組。で、リーダーが俺、山嵐やまあらし助三郎すけさぶろうだ! 君たちは?」


「うっ。え、ええと。その。……チーム莉子です」

「ほう! じゃあ、君が莉子ちゃんかい? 可愛いね! そっちの子もなかなかオシャレだ!」


 莉子は思っていた。

 「ああ。この人、苦手なタイプだなぁ」と。


 クララも同時に思っていた。

 「どうしよう! オシャレって言われた! 逆ナン!?」と。


 どう返事をしたものかと莉子が考えていると、山嵐は言葉を続けた。


「どうだい? 俺たちのパーティーに入らないかい? ここのダンジョンは穴場だって聞いて来たんだよ! 可愛い女の子は大歓迎さ!!」


「あ、いえ。大丈夫です。わたしたちは自分のペースで攻略したいので」


 莉子に無礼な態度は一切なかった。

 ご存じの通り、彼女は心の清らかな女の子。

 どんなに相手が苦手なタイプでも、しっかりとした対応をする。


 だが、山嵐は激しく態度を豹変させた。


「……俺の誘いを断るだと? 俺は山嵐助三郎だぞ!? このイカした髪型を見たら分かるだろう!?」


 余談だが、山嵐組は全員がCランク以上の探索員で構成されており、リーダーの山嵐はBランク。

 隣の県では少し名の知れたパーティーでもあり、彼らに誘われる事が一種のステータスのように扱われているのだが、当然そんな事を莉子もクララも知らない。


「最近見かけないよねー。ソフトモヒカンって! 先っちょ赤く染めてるから、なんだかニワトリみたい! あっははー!」

「ちょっとぉ! クララ先輩、失礼ですよぉ!!」


 先に失礼を働いたのが山嵐であるのは明らかだが、クララもぼっちの固有スキルである『空気読めない』を発動して応戦する。

 不穏な気配の正体がハッキリと姿を見せ始めていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 一方、その頃の六駆くん。


「んがっ。……はっ!? 今って何時!? えっ、12時!? なんで目覚ましが鳴らないんだ!? あれ、電池切れてる。いやぁ、参ったな、これは」


 普通に寝坊していた。

 几帳面なおっさんが、たまにあり得ない遅刻をする事があるけれど、諸君には寛大な心を持ってもらいたい。


 おっさんだから、ミスの頻度は上がるし、ミスの質は下がる。

 全ては、脳年齢が悪い。おっさんに悪気はないのだ。

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