第410話 何度潰しても復活する男・逆神大吾VSしつこい油汚れ・下柳則夫

 逆神大吾と下柳則夫。

 彼らの戦いは、自然と始まった。


 まるで「そうあるべきもの」だと世界が決めていたかのように、あるいは転がる石が坂を落ちていくように。


「てめぇ! なんつー腹してんだよ!! オレでも最近ちょっとやべーなって思い始めてんのによぉ! お前の腹見てたらむしろ安心するまであるわ!! 妊娠何カ月目だよ!! 息子が生まれた時の事を思い出すぜ!!」


 まず、大吾が先手を取った。

 かつて、異世界転生周回者リピーター時代は「戦闘における最適解は先手必勝」を旨に、多くの戦場で躍動していた彼の中に眠る、眠り過ぎて起き方を忘れていた戦いの遺伝子が今、目覚める。


「これは戦いのための準備なんですけどねぇ! あなたのようなおじさんには分からないでしょうねぇ! そもそも、恰好の話をするのならば! あなたの身なりはなんですかねぇ!? ほぼ全裸じゃないですかねぇ!? ボクも自慢できる恰好ではないと思っていましたが、自分がパリコレモデルになったような気さえしてきましたねぇ!!」


 だが、下柳も負けてはいない。

 先手を敢えて譲ることで、彼は大吾よりも多い罵声を敵に浴びせる事に成功していた。


 多くの修羅場を乗り越え、20年以上もの間を探索員協会の人間に擬態して過ごして来た下柳の中に根を張る処世術である。


 争いは同じレベルの者同士でしか発生しないとも言うが、彼らはまさにその体現者たち。


 手始めに行われた「中年フリースタイルラップ」は見事な拮抗を見せ、引き分け。

 彼らは「やるな!」「あなたこそ!!」とお互いを認め合って、次のフェーズへと移行する。


「お前みてぇなデブに見せてやるのはもったいねぇけどな!! 逆神流の神髄ってヤツを今ここで披露してやるぜ!! よぉくご覧じろぃ!!」

「こちらのセリフなんですけどねぇ! みすぼらしい無職にお見せしましょうかねぇ!! 脂肪属性の恐ろしさを!!」


「うるせぇ! なんで無職って決めつけてんだよ、デブぅ!! オレはちゃんと毎日職場に通ってるつーの!!」


 パチンコ屋は職場ではない。

 パチンコ屋が職場なのはそこで働く従業員の方のみであり、散財するために通っている者は「お客様」と呼ばれる。


「これはデブではないんですけどねぇ! 生き物は過酷な環境を生き抜くために、脂肪を蓄えるんですよねぇ!!」


 確かに生物にとって脂肪は大事な成分だが、それも過剰になれば害であり毒である。

 何より、見る者を不快にさせるレベルになるともはや一種の嫌がらせであり、胸を張って誇るものでは決してない。


「おらぁぁ!! 『煌気極光剣グランブレード二重ダブル』!! らぁぁぁ!! 伸びろやぁ、刀身!!」

「ぶひひひっ! 『脂肪衛星ラードサテライト』!! この脂肪の塊は無限に増えるんですよねぇ!!」


 監獄ダンジョン・カルケルの地上で勃発している戦局。

 そのどれもから逃げて来た男たちが、まったく退く気配を見せようともせず雄々しく吠える。


 理由は何度も申し上げた通りである。

 「こいつには絶対に負けない」と言う、確固たる自信。


 たったそれだけの事で、ダメな中年が戦士に変わる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 フォークとスプーンが媒体とは思えない立派な煌気オーラ刀を両手に持って、逆神大吾が突進する。


「行くぜぇ、デブぅ!! 『瞬動しゅんどう二重ダブル』!! 二刀流!! 『虎爪風車こそうかざぐるま』!!」

「ぐぅぅぅぅ!! ボクの『脂肪重鎧ラードメイル』に傷を付けるとは!! なかなかやりますねぇ!!」


 逆神六駆は特に「竜属性」のスキルを好んで使うが、逆神大吾は現役時代「虎属性」を得意としていた。

 特に逆神流剣術と具現化した虎の爪や牙を組み合わせた戦法は彼の十八番。


「てめぇ、オレの二刀流をデブの肉で受けやがっただと!? なんて野郎だ!!」

「お返しが必要ですよねぇ!! 『脂肪衛星ラードサテライト星屑の雨スペースデブリ』!! ぐひひひっ!!!」


 元から謎の汎用性の高さを誇っていた下柳則夫の脂肪スキル。

 それが3番によって過剰な煌気オーラ積載量となった事で、威力を増す。


 脂肪の塊を自在に操り、それを際限なく生み出せると言う「脂肪スキルの最奥」にたどり着いた下柳であった。


「うおっ! このベタベタしたヤツ!! すっげぇ不快な上に、刀にへばりつきやがる!! 『納刀のうとう』!! これ、煌気オーラ刀じゃなくてお気に入りの剣だったらキレてんぞ、デブ!!」

「ぐぐぬぅ!? ボクの脂肪スキル最大の長所である粘着性を事もなく!?」


 お気付きだろうか。


 逆神大吾の刀が今回、刀身は全て煌気オーラで作られている点。

 下柳則夫の脂肪スキルが完成形にたどり着いたきっかけが、3番の珍しい目測の誤りであった点。


 監獄ダンジョン・カルケルにおける、この2人の身に起きた出来事。

 その全てが、今この瞬間に続いている事に。



 万が一既にお気付きの方は、悪い事は言わないので一度目を閉じて、新鮮な空気で深呼吸をして欲しい。

 そしてその無意味なアハ体験を取り消して、全てを忘れて頂ければ幸いである。



「お前! ……認めたくねぇけどよ! なかなかやるな!!」

「それはこちらのセリフなんでよねぇ! ……ついに強敵ともに出会えた気がするんですよねぇ」


 お互いを認め合う、醜い中年と肥満デブ。

 これまで数々のしょうもない戦いが繰り返されて来たが、これは明らかに記録を塗り替えに掛かっている。


「……ふはは! 次の一撃が、どうやら最後の攻防になりそうだな! デブ!! オレのために命を散らしてくれた、あっくん!! 見ててくれ!! オレ、やるぜ!!」


 なお、阿久津浄汰は瀕死の重傷だが別に命は散らしていない。


「ボクは再び! この男に勝つことで、もう一度! あの輝かしい自分を取り戻すんですよねぇ!! 長く助走をとった方がより遠くへ飛べるんですよねぇ!!」


 「下柳則夫の輝かしい時」で何度検索をかけてもヒットするものは皆無であった。


「うおらぁぁぁ!! 『煌気極光剣グランブレード三重トリプル』!! 二刀流奥義!! 『虎死淡々こしたんたん炭鷹誕たんたかたん』!!!」

「ぶひひっ! 『脂肪衛星ラードサテライト大凶星デススター』!! 逝きなさい! 忌まわしい記憶と共にねぇ!!!」


 2人の放った奥義が中間地点で弾けて、激しい閃光となって轟いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 さまよった挙句、姪に会えずしょんぼり戻って来た木原久光に再搭乗した逆神六駆が、3番の悪だくみを阻止すべくカルケルの最西端へと到達しつつあった。

 そこには先行していた南雲修一監察官と木原芽衣。

 そして小坂莉子の姿が。


「うぉぉぉぉぉぉん! 芽衣ちゃまぁぁぁぁぁ! おじ様が来たよぉぉぉぉぉ!!」

「……みみっ。六駆師匠。師匠をこんなに憎んだのはこれが初めてです」


「木原さん! ……に、よく乗れるな、逆神くん!! すごい度胸だよ!!」

「いやぁ! あまりにも楽なもので、つい! ところで南雲さんに莉子さんや。良くないお知らせがあるんですけども、聞きます?」


 六駆くんの話ならば良かろうが悪かろうが全部聞くスタイルの莉子さん。

 満面の笑みで「教えて欲しいなっ!!」と頷いた。



「2番さんがものすごい勢いで追いかけて来てますね! あと5秒くらいで追いつかれそう!!」

「私はまだ聞きたいって言ってないのに!! どうにかならないのかね、逆神くん!!」



 どうにもならない。

 既に2番はそこにいた。


「よもや、ここまで我々の計画に喰らいついてくるとは。認めねばならんか。貴様らの実力を……」

「こっちのセリフですよ! 再戦は2回までって決めてるのに!!」


「それこそこちらのセリフだ。……むっ」


 そこに落下してくる、汚い中年が2匹。


「ぐへぇっ! って、おぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」

「ぶひぃぃぃぃっ!! はっ!? に、2番様ぁ!!」


 六駆は心底嫌そうな顔で2番に尋ねる。


「お土産の趣味が悪くないですか?」


 2番も唾棄すべき行為を自分のせいにされてしかめっ面をする。


「たとえ戦場の一期一会でも、これを私のせいにされるのは敵わんな」


 とりあえず、六駆と2番は自陣に属する汚いおっさんを無言で蹴り飛ばすのであった。

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