第1331話 【エピローグオブ土門佳純・その3】モーテルと蘇生
田舎のラブホテルは何故か山の中にある。
モーテルとして日本で第一号店が産声をあげたのは昭和34年。
場所は神奈川県の箱根だったといわれる。
一号店が箱根にあったから「よっしゃ、みんなで山ん中行くべさ」と足並み揃えた訳でもないかとは思われるが、一説にはモーテルの敷地から行動へ出るまでのアクセスが重視された、とある。
ここで言うアクセスとは利便性ではない。
車でいかにスムーズに出たり入ったりできるか。
出たり入ったりする時に誰かを見たり誰かに見られたりしないか。
見たり見られたりした場合にも、致した後の感じを出さないためにはどうすれば良いか。
これらの利便が集約され、土地にも余裕があった田舎という条件が揃った時、モーテルは山に建つ。
そして山の中と言えばお城。
うっそうとした山中にひっそりと怪談に登場しそうなモーテルが佇んでいたらば、今度は「こんなとこで致せるかよ」と客が寄り付かない。
そこでお城。
お城と言えばエンターテインメントとアミューズメントの複合したイメージが昭和の後期、特にバブルの頃には既に形成されており、そこに「電飾足すか!」「薔薇も付けよう!!」と創意工夫が凝らされた結果、田舎の山にいきなり城があってそいつがピカピカ輝いてたらそれはラブホというロジックが組み上がった。
いくつかの不況のあおりを受けて廃業したのち、輝かなくなったお城は廃墟として今も各地に存在しているという。
こんなところで致せるかよ、というものは巡り廻るのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ここが……!! モーテル!! そうですね!? 和泉さん!! 早速テンションが上がってしまい、バスローブを羽織ってしまいましたが!! これはいつ、どのタイミングで着たら良かったのでしょうか!! 土門佳純Aランク探索員! 夜の探索はFランクでした!!」
はしゃぐ佳純さんがそこにはいた。
和泉さんはまだ返事をしないが「しっぽりとした雰囲気になるのもあり寄りのありではあるが。こうやって元気にはしゃがれると、それはそれで漲って来るものがあるんだよなぁ」と考えているに違いない。
(何を言ったものかと考えていたのです。下衆の勘繰りをおヤメ頂きたい)
死にそうになっていないのに心の声システムを使い始めた和泉正春氏。
いや、常日頃から死にそうだから良いのか。
そもそもこの2人、バルリテロリ戦争中、本当にガチの戦時下、六駆くんたちが本土決戦している時に2度も致し未遂をしているのに、どうしてモーテルだかラブホテルだかどっちでも良いけど致すための場所に、さらには佳純ママの知り合いの息子のケンちゃんが経営しているというもうほとんどホームグラウンドで躊躇する事があるのだろうか。
とっくに覚悟も決まっているはず。
致すか致さないかの議論も済んでいる。
(小生は誰に語り掛けているのかも分かりませんが。良識がおありと信じて語らせて頂きます。小生と佳純さん。そのフィジカルの差をお考えいただきたく。……小生、たかがスッポンごときのバフでこの夜を乗り越えられるとお思いですか?)
死にそうになっていないのに心の声システムを使い始めたのではなかった。
これから死ぬかもしれんので心の声システムを使い始めたのであった和泉正春氏。
フィジカル自慢の佳純さんがいつになくキャッキャッとはしゃいでいる。
これは可愛らしい。
だが、その可愛らしさが人を殺すかもしれん。
初めて想い人と致すのは、幸せな記憶として残したいと考えるのが人情。
想い人が逝ってしまったら。
絶頂的な意味ではなく、エクスタシー的な意味ではなく、ご逝去的な意味で。
間違いなくメモリアルにはなるが、そういう重い思い出を想い人と遺したい者は一体世の中にどれだけいるだろうか。
いるのかもしれないが、多分その大半はカマキリの♀である。
「和泉さん! 和泉さん!! お風呂が泡だらけになりました! あと、この平べったい浮き輪的な材質のものは何に使うのでしょうか!! ご教授ください!!」
おわかりいただけただろうか。
(小生があのマットを使用する時。それが担架の代わりでないとどうして言い切れましょうか。小生とて男の端くれ。佳純さんには良い思い出を得て欲しいと願うのはいけないことですか? いけない? そのようなはずがないでしょう)
ウキウキ佳純さんの笑顔を守りたい。
そのためだけに和泉さんはこのケンちゃんのモーテルにいる。
ケンちゃんは襟足がものすごく長くて金色に染まっている、小太りの36歳男性だった。
「有事の際には運んでいただけそうでごふね」と和泉さんは思った。
だが「そうではありませんでげふっ」と思い直した。
ケンちゃんの世話になりに来たのではない。
佳純さんと致しに来たのだ。
(使いましょう。……戦争を経て、小生が編み出した治癒スキル。その1つの到達点に至った『
和泉さんの体が輝き始めた。
これは
つまり、スキルを発現したのだ。
「和泉さん?」
「いえ。なんでもありません。小生もついついごふっ。テンションが上がってしまったようでげふっげふ……。
「い、和泉しゃん……!? こんなに積極的な和泉さん、初めてです!! 土門佳純Aランク、いえ! Fランク!! お胸をお借りします!! 吶喊!!」
「ごふぁぁぁぁぁぁっ」
和泉さんの記憶はそこで途絶えている。
◆◇◆◇◆◇◆◇
数時間後。
そこには光り輝く和泉正春監察官がいた。
「すごかったです……。和泉さん……」
「ええ。小生もこれほどまでとは思いませんでしたこふっ」
「まるで弾力のあるこんにゃくみたいな和泉さんでした!! これがスッポンの力なんですね!! 私、地元が佐賀で良かったです!!」
「ごふっ。げふっ」
さては和泉さん、ほとんどよーいドンでお亡くなりになったか。
『
あらかじめ、1度の死に耐え得る
ただし、1度きっちり死んでいるので、死んでいる間の肉体は血が通った温かい死体。
意識もなくなるので、術者の和泉さんにも死んでいる間に何が起きたのかは分からない。
「はぁぁー。これで小鳩ちゃんに自慢できちゃいます! えへへ。こういうお話、意外と女子はするんですよ? 和泉さんも覚悟してくださいね! あっくんさんに色々と聞かれちゃうと思います!!」
「ええ。むしろ小生から伺おうと思いますげふっ」
死んでたので多分致したはずだが、記憶はない和泉さん。
佐賀から日本本部へ戻り次第、あっくんに「小生は致しましたか?」と聞き、「あぁ? ……ちっ。あんたよぉ。働きすぎなんだよなぁ。まずは休みやがれぃ」と心配される事になるのであった。
なお、この時空は6月。
あっくんと小鳩さんが横浜ダンジョンの名前をラブラブダンジョンに変えるのは7月。
佳純さんの短いマウントゲット期間は1ヶ月で終わりを迎えるのだが、本人は幸せそうなのでオッケーとしようではないか。諸君。
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