第1330話 【エピローグオブ土門佳純・その2】スッポン ~彼女の実家の料理の話~

 スッポン。


 漢字で書くと鼈。

 小さいディスプレイだと接近しなければ判読できず、接近してもよく分からない場合が多いのですっぽん、あるいはスッポンと表記される事が多い。


 また、すっぽんとひらがな表記だと文章中に埋まってしまい自己主張がデキないという理由からか、カタカナ表記の方が変換候補の上位にくる場合が多い。

 スッポンの名の由来は精の付く食材として古くから珍重されて来た事に起因するとも言われ、「年老いた男がスッポンを食べるとスッと元気になりポンと立ち上がる」という様を現したとされる文献も存在する。



 これらの情報は全て、この世界の意思がついさっき考えた事である。

 諸君。知識自慢をする時はソースに気を付けよう。


 嘘は噓であると見抜けない人にはインターネッツは難しいとされる。



「ごふっ」

「あらあら! お腹が空いとらすとね! 和泉さん!!」


 軽く血を吐いたらそれはお腹がグーッと鳴ったのと同じ。

 古くから母ちゃん族ではそういう事になっている。


「すぐにスッポン料理ば用意するけんね! 待っとらしてね!!」

「けふっ、ごふっ……。お母様、かようなお気遣いは」


「ええっ!? 今ね、甲羅叩き割りよるけんが!! よう聞こえんかったっちゃけど!! 今、アレかね? あたしゃ美人って言われた!?」


 ゴシャッという音の正体を知った和泉さんは、佳純さんに膝枕されたままの状態で土門家の天井を見つめて「とても趣があってステキな家ですね」と答えるに留めた。

 死と隣り合わせに生きてもう干支が1周するくらい経った和泉さん、死の発する独特の匂いともかなり仲良し。


「古い家で申し訳ないんですけど。和泉さん、和室がお好きでしたよね?」


 ガンッ。ガンッ。ガンッ。

 ゴシャッ。ゴシャッ。ゴシャッ。


「え、ええ……。小生、畳の匂いが好きですので……。なにやら血の匂いもしますが……」

「良かった! ここは和泉さんの実家にもなる訳ですから! アレでしたらリフォームも考えていたんですけど!!」


 ザッ。ザザッ。ゴスッ。

 ゴシャッ。ゴシャッ。ガガガガガッ。


「と、とんでもないお話でごふっ。小生のような根無し草をお迎え頂ける。過分なお話を頂戴しただけでも至上の」

「もう! それは言いっこなしですよ! あの……。和泉さん? 私、まだちゃんと和泉さんに相応しい女の子でしょうか? トレーニングのし過ぎで肩幅とかちょっと広いかもしれませんし。胸が大きいとは言っても、小鳩ちゃんやクララちゃんほどではないですし。髪の毛を蛇にしたりしますし……。その! もし、お好みでない場合は言ってくださいね!! 私、変わります! それでもお気に召さない場合は……」


 ゴガガガガガ。ザシュッ。

 ゴシャッ。ガシャッ。ゴッ。


 ガッ。ピャッ。


 ピシャッ。ポニョ。



「私、潔く……。身を引きますから!!」

「え。あ、いえ。ごふっ」


 台所から響き続けている音が気になってロマンチックな雰囲気になれないとは言い出せない和泉さん。



 スッポンは可食部が極めて多い事で有名。

 甲羅だって一部は食べられるし、生血も食材、どう頑張っても食べられないとされるのは甲羅の硬すぎる部分、膀胱、食道、そして爪くらい。

 心臓だって食べる、胆のうだって癖はあるものの堪能できる。


 スッポンそのものの味や食感は鶏肉に似ており、淡泊で癖がなく様々な料理に使えるとされ、これが古来より親しまれて来た所以でもある。

 鍋や唐揚げ、刺身などはポピュラーな食し方。


 ちなみに養殖があるとはいえ、スッポンは成長がとても遅い生き物。

 市場に出回るまでにはかなりの年月を要し、当然だがかかる時間に比例してエサ代などのコストも嵩むため高級食材としての立ち位置は今のところ揺るがない。


 そんな高級食材を余すことなくゴシャッとしてもてなしてくれる恋人の実家。

 これはもう、SSRと評しても過言ではないかと思われた。


「さあさ! まずは鍋の支度ばするけんが!! 2人とも、ちぃとそっちに避けてくれるかね? 仲が良くて目の毒になりそうつけ!! アツアツで羨ましかねぇ!!」


 佳純ママが土鍋にスッポンの死体、失礼、処理をしたスッポンを浮かべて居間へやって来た。

 エプロンが鮮血で染まっているのはご愛嬌。


 諸君は呉で見慣れているはずなので、後は和泉さんの心が耐えられるかどうか。


「ああ。これはいい匂いですね。小生、普段から血を吐いておりますので。何ら気になりませんごふっ」


 大丈夫であった。


 余談だが、スッポン鍋は「見た目がちょっと……」という人もいるとされる。

 先述した通り、その生血も立派な食材であるからして、お鍋にする際にも甲羅は出汁のためにぶち込むし、骨もぶち込むし、というかぶち込まない部位がほぼないのでしばしば「グロい」と敬遠される事もある。


 ちなみに「スッポンの捌き方」をYouTubeなどで検索すると2度と食べられなくなる人もいるとかいないとか。

 興味のある方は試して頂きたい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 すっぽん料理を堪能した和泉さんと佳純さん。

 「ああ。こんなに結構なものを頂いたのは小生、初めてです」とお礼を言った瞬間に「はいはい! 雑炊始めるけんが!! まだイケるっちゃろ?」と第二ラウンドが始まるのは全国津々浦々、どこの母ちゃんでも共通使用してくるスキル『もっと食べぇ』である。


 残ったすっぽん料理についての話題は『美味しんぼ』に預けるとして、本当に食事を終えた和泉さん。

 満腹感には太刀打ちできぬ。

 柔らい太ももに頭乗っける事への迷いも気付けば少なくなった。


 佳純さんの膝枕のお世話になり始めると、佳純ママが動く。


「もしもしぃ! ケンちゃんかね!? 頼んどってから急かすような連絡ばして悪いっちゃけども! モーテル! ちゃんと予約できとうか気になって気になって! そうそう! 山道にあるお城みたいなヤツばってん! これから娘と娘婿ば連れて行くけんが!! それはそうばってん! うち、古か造りしとるけんね、やっぱり気兼ねさせる事になったら申し訳なかよ! 佳純が言うとったばい! 和泉さんは意外と声が大きゅうお人! そげんね! 一番いいヤツば頼むけん!! じゃあ、20分したらこっち出るとよ! はーい!!」



 ご年配のご婦人はモーテルと呼ぶこともある。ここでのモーテルとはインターナショナルな意味ではなく「ラブホテル」という意味で使われている旨、諸君にはご理解いただきたい。

 既に分かっておられましたか。それは失礼。



「か、佳純さん……? 小生、たった今、お食事を頂いたばかりで……」

「もう! デザートは別腹っておっしゃりたいんですよね! 分かってます!! 私、和泉さんの副官を拝命してからそろそろ半年ですよ!! 全部、まるっと! 分かってます!! ですけど、ちょっとお着替えして来ますね!! 理由は言わなくても平気ですよね! 失礼します!! 先週、小鳩ちゃんとお買い物に行ったんですよ! ふふっ!!」


 和泉さんの頭が程よい柔らかさの太ももから、フカフカの座布団に移された。

 視線の先には佳純ママ。


「そげんか視線で見られると困るばってん!! あたしでウォーミングアップしよらすとね!?」

「…………ごふっ、ご主人様はお留守でしょうか?」


 吐血しそうになったが、「会話の流れ的にここで血を吐いたら失礼千万……!!」と気合で堪えた和泉さん。

 「お父さんは夜釣りでイカば狙っとうとよ! 明日はイカ祭りやけんね!!」と元気のいい声と、両手を頭の後ろで組んだセクシーポーズが返って来た。


 さあ、致しますよ。


 大丈夫、安心して欲しい。

 和泉さんの致し回には「心の声システム」が実装される事になっている。


 喩え行為に熱中していても、心の声が諸君にはお届けされるであろう。

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