第1329話 【エピローグオブ土門佳純・その1】佐賀へ ~帰省編~
季節は6月。
和泉正春監察官。
長らくフリーのSランク探索員として活動していたが、バルリテロリが良くないハッスルしやがったせいで監察官へと昇進する事になった男。
あれから5ヶ月。
和泉さんの監察官として果たすべき職責は前線へ出向いての指揮などではなく、後進の育成に携わる事。
かつては下柳元監察官や、雷門元監察官、現職に限れば楠木監察官が担っている分野である。
和泉さんの操る治癒属性は突き詰めると雨宮退役上級監察官の使う再生属性に到達する、使い手が稀有なもの。
それを医療班中心に広く教える日々を送っていた。
「和泉さん」
「はい。こふっ、こふっ……。なんでしょうか。佳純さん」
そんな和泉監察官を支えるのがこちらの乙女。
土門佳純Aランク探索員。
恋愛乙女ステークスでは遅めの参戦から大外一気、最終直線で捲りに捲って入着。
のちにリャン・リーピンはつらつお嫁さん探索員などが続く道を切り拓いた、小鳩さんと同い年の24歳である。
そんな彼女は少しご機嫌が斜めであった。
「私、副官として優秀だって褒めてくださいますよね? 和泉さんって」
「ええ、もちろんでごふっ。小生が監察官などという重責に耐えていられるのも全ては貴女がいるおかげでげふっ」
「聞いたんです。リャンちゃん、ご存じですよね?」
「ええ。もちろんですが。どうかしましたか?」
「結婚したらしいんです。というか、もう妊活してるらしいです。和泉さん。バルリテロリとの戦争が終わったら私の実家を訪ねてくださるっていう約束はどうなりましたか?」
「え゛。……仕事がなかなか片付かず、ごふっ。その、雨宮さんも退役されごふりましたし。げふっ。こふっ。弱卒の小生が休暇を取るには少しばかり間が悪いとごふりましょうか。その。げふっ」
年貢の納め時が順番にやって来る。
それがエピローグ時空。
佳純さんが封筒を取り出した。
中からは新幹線のチケットと南雲上級監察官の書簡。
「読み上げますね」
「げ、げふっ?」
「拝啓。今年はあまり雨も降らずに湿気だけが腰を下ろすいつもとは違った梅雨になりましたが、和泉監察官におかれましては……まあ、この辺は飛ばします」
せっかく頑張って時候の挨拶を書いたのに。
この時空において南雲さんの努力は普段よりもずっと軽い。
「和泉監察官はずっと休みなく職務に邁進しておられますので、副官の土門くんからすごい勢いで出されていた要請を受けて、1週間ほどの休暇を許可するものとします。久坂さんが最近サボり気味なので仕事してもらいますし、こっちは任せてのんびりと佐賀に行ってきてください。追伸。丸ぼうろはコーヒーによく合うので私は好きです。……ですって。和泉さん?」
「ごふっ?」
「今すぐ支度をするか、私の中途半端に大きい胸で窒息させられた後で、私に支度を任せるか。選んでください」
「げふぁ……」
胸部装甲がたわわな乙女は割といるが、医療用具として、または凶器として取り扱うのは佳純さんだけである。
和泉さんと佳純さんの佐賀編。
ここに開幕。
◆◇◆◇◆◇◆◇
新幹線に揺られて、仲良く並んでカッタイアイスに「あー! もう、スプーン刺すなら私に任せてくださいよ! てぃ!!」と硬化させたツインテールに仕事をさせる佳純さん。
ご機嫌斜めはどこへやら。
ニコニコ笑顔が眩しい、朗らかなツインテール使いに。
「か、佳純さん……? 探索員憲章をご存じない訳では……。貴女ほどの聡明な女性がごふっ」
「ふっふっふー。和泉さんこそ、あんなに頭が良いのに見落としですか? 第11条にこうありますが。人命救助など、緊急の際にはスキルの使用を許可し、報告は事後で問題ない事とする。と!!」
新幹線で売ってるカッタイアイスに和泉さんがスプーン刺せないので、これは人命救助と判定された模様。
判断するのは南雲さんなので「あ。そうなんですか。あれ固いですもんね。仕方ないですよ」と恐らくスルーされる事を佳純さんは知っている。
彼女は聡明である。
戦いにおいてもそのセンスは発揮されており、まず勝ちまでの筋道を見通してから行動に移る戦型、その最たる成果が和泉さんとドッキングする『佳純ランデブー』の考案。
フィジカル自慢でもある彼女は割と何でもできる。
自分が男に乗るのではなく、自分に男を乗せて、ツインテールを手綱に見立ててドッキングするという戦型はのちに四郎じいちゃんとみつ子ばあちゃんも採用しており、文武に秀でた佳純さんの能力がよく分かる戦歴として今もなお日本本部では語り継がれている。
ちなみに新幹線で売ってるカッタイアイスは車内のワゴン販売が終了してしまったので、今後はホームにある自動販売機で購入してから新幹線に乗り込もう。
でぇじょうぶだ。どうせ当分溶けねぇ。
「あの……。佳純さん?」
「あ。吐血ですか? どうぞ」
「いえ……。どうぞと言って両手を広げないでいただきたく……。まるでハグされるように見えるので、周囲から誤解をごふる恐れが……」
「あ。平気ですよ? 私としてはハグと介護を兼ねていますので!」
そう言う事じゃない、まず質問内容がそれじゃない。
口に出さずとも全部伝わるらしく、佳純さんは和泉さんの次の言葉をハグ待ち体制で待つ。
「なにゆえ新幹線で移動を?」
この短い質問で全ての意図を理解できるのが文武に優れた介護乙女の佳純さん。
長い人生で仮に和泉さんが先にボケても意思疎通は絶好調を維持できそうである。
「逆神くんに頼んで転移しないのか、ですね? そんなの決まっているじゃないですか! こうして公共交通機関を乗り継いで移動してこその旅行! 休暇ですよ!! 任務ではいつも一瞬で現場ですけど、どうしてお休みの時にまでそんな風情のない事をしなくちゃいけないんですか!!」
仰る通りであった。
恋人との旅行は乗り物を使って移動している時からして楽しい。
和泉さんは反省して、「あ。アイスにスプーンが通りましたごふっ」とカッタイアイスを堪能しながら、博多駅で特急電車に乗り換えて佐賀駅へと降り立った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
佐賀駅を出ると駐車場に停まっていたピンク色のN‐BOXから、ピンク色の髪をしたご婦人が顔を出して「佳純ぃぃぃー!! 待っちょったけんが!!」と大きく手を振っていた。
和泉さんは思った。
「あちらのレディは確かにテレビ電話でご挨拶させて頂いた佳純さんのご母堂に似ておられますが、髪は黒かった記憶が。そもそもパーマもかかっておられなかった記憶が。お車までピンク色というのは、何やら動悸が……」と考えたが、そこで勝負あり。
「お母さーん! 迎えに来てくれたんだ!! なにそのピンクの車!!」
「たっくんのお母さんに頼んで買ったとよ! ほら、たっくんば車のなんか、アレをナニしよらす店ば勤めちょってやけん! ささ、早く乗らんね! スッポンを捌く準備は済んどるばってん! 2人は後部座席がよかろうね! 和泉さんば膝枕すっとやろ!!」
佳純ママだった。
和泉さんはちょっと呼吸が浅くなった。
ピンクのN‐BOXに乗り込んで、佳純ママの運転で。いざ、土門家へ。
佐賀の道路はカーブが多く、到着した頃には和泉さんが静かに息を引き取る寸前であった。
「車酔いに備える場合、最初から要介護者を横にするのは場合によって悪手でごふっ」とは、氏の最期の言葉になるかもしれないアドバイスである。
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