第245話 普通に場外に落ちていた椎名クララ

 上空5メートルに飛び上がった潜伏機動部隊。

 そのさらに5メートル上、10メートルほどの高度にいるのが逆神六駆。


「あらら。これは予想外の攻撃チャンスじゃないですか! では遠慮なく! 小鳩さんのスキルを真似して! 『千の銀玉流れ星サウザンドシルバーシュート』!!」


「くっ! 避けられない!」

「仕方ねぇぜ、よろしくぅ! 青山とリャンはオレの後ろでよろしくぅ!! 『大回転・受け流しサイクル・パリィ』!!」


『逆神Dランク探索員! 上空から銀色の玉を降らせるぅー!! なんと言う幻想的なスキルでしょうか!! その1つに凄まじい高密度の煌気オーラを内包しております! 屋払Aランク探索員、咄嗟に部下を庇いましたが、これはダメージを避けられないかぁ! 五楼上級監察官、銀色の流れ星の解説をお願いします!!』


『……あれはそんな幻想的なものではない。間違いなく、パチンコ玉から着想を得ている』

『なんと。しかし、逆神くんは高校生ですが?』


『あれの父親が……。うっ! この話はヤメよう。なんだか頭が痛い』

『五楼上級監察官、解説席で時おり頭痛に悩まされている模様! 働きすぎでしょうか! たまには休んで下さい! お体は大切に!!』


 さて、クソ親父のパチンコ通いから思い付いた哀しき流れ星を喰らった屋払であるが、具現化された銀玉のほとんどを自分の体を高速回転せることで弾き飛ばしていた。

 潜伏機動部隊の強みは何を置いても「速さ」である。


 一撃では出力が足りなくとも、連撃になれば貫ける。

 一枚の盾では防げないものも、素早くそれを二枚、三枚に増やせば耐えられる。

 「速さこそ力」が彼らのスローガン。


「よし、おらぁ! 受け切ったぜ、よろしくぅ! そして、お前よりも速く俺たちは着地した! 攻守交代だぜ! 青山、リャン! よろしくぅ!!」


 屋払の言うように、高く飛んだ分だけ落下してくるのは六駆の方が後になる。

 そこを逃すようでは、隠密作戦を主戦場にする潜伏機動部隊の名折れ。


「千には千で! リャン! 行くよ!!」

「了解です! 青山先輩!!」


「「せぇぇの!! 『針千本・乱れ撃ちサウザンドニードル』!!」」


 降下してくる六駆に千本の針が、いや、二千本の針が襲い掛かった。

 これはさすがに防御姿勢を取らなければ、六駆と言えどダメージを受ける。


 多分、チクッとする。


「ここまで統率が取れているとやりにくいったらないですね! 『空縦エアバックル二重ダブル』!! 縦列展開!!」

「おいおいおい! それも耐えんのかよ! お前、マジで高校生か!?」


 屋払文哉、真実の門を開きそうになる。

 どうやら一定の実力者になると、逆神六駆の戦闘キャリアが明らかに実年齢とミスマッチしている事に気付く傾向があるようだ。


「失礼ですね! 僕は先日、ひっ算を思い出したんですよ!! 今なら3桁の掛け算だってできる!! クララ先輩! 援護を頼めますか!?」


 だが、クララの返事はない。

 何故か。


「六駆くん。それから莉子ちゃん、みんなー。ごめんにゃー。あたし、落ちちったー」


 実は椎名クララ、結構前の『急所崩壊突きピンポイント・ブレイク』の崩落に巻き込まれて、静かに場外負けしていた。

 その事実に気付くまで、六駆は攻撃と防御を1ターン済ませている。


 莉子と小鳩はもちろん、芽衣も気付いておらず、山根は気付いていたが黙っていた。

 自分のスキルが原因で退場させてしまったので、気まずかったのだ。


「椎名くん! 大丈夫か!? 怪我はないか!?」


 クララの元には南雲が駆けつける。

 大丈夫も何も、彼女が場外に落ちてから既に3分が経過している。

 カップラーメンが出来上がる時間放置されていた、女子大生。


『あーっとぉ! 椎名Bランク探索員! いつの間にか落ちていたぁ! これはわたしも気付けませんでした! サイレントリングアウトぉー!! リプレイを見てみましょう! ……なんとぉ! 崩れる武舞台が邪魔をして見えないー!! 椎名Bランク探索員、不可視の御業インビジブル・ジョブを発動だぁー!!』


 準決勝が終わったのち、クララが人々の意識から行方不明になる正体の分からない現象を『不可視の御業インビジブル・ジョブ』と呼ぶようになる。

 全国にいる25人の椎名クララファンの間では常識となるので、該当者は留意されたし。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「小鳩さん! わたし、六駆くんの加勢に行っても良いですか!? あの、六駆くん1人で3人を相手にするの大変だと思うんです! それに、外崎さんの相手は小鳩さん1人でもきっと余裕ですよね? 小鳩さん強いですもんっ!」


 小鳩にとって「男を助けに行きたい」と言う希望は特に重要ではなかった。

 だが、セリフの後半の「わたくし、頼られていますの!?」と言う点が非常に重要だった。


「小坂さんがリーダーですもの! わたくしは指示に従いますわ! 頼れる年長者として!! お任せになってくださいまし!!」

「わぁ! ありがとうございます! じゃあ、わたし行きます! 『瞬動しゅんどう』!!」


 風のように走り去る莉子。

 当然、外崎はそれを阻止しようとする。

 それが彼に課された任務だからである。


 だが、そこに飛んでくるのは銀色の花びら。


「お待ちあそばせ!! わたくし、この場を任されましたの! ですから、あなたに小坂さんの邪魔はさせませんわ!!」

「……さすが久坂監察官の秘蔵っ子と呼ばれることはあるな、塚地さん! ならばこちらも本気で行かせてもらう!!」


「ちょ、なんですの!? そうやって褒められたからって、全然嬉しくて心が震えますわ!! ダメですわよ、小鳩! 戦いにおいて情は禁物ですわ!!」



 塚地小鳩、外崎の何の気のない一言で情が生まれる。



 彼女を完封するには、適当に褒め殺しで掛かれば文字通り殺せる可能性が発生。

 だが、外崎Aランク探索員にも、潜伏機動部隊の隊員としての意地がある。


「ここで君を落とせば、うちはあの頭のおかしい高校生の相手に集中できる! 悪いけど、スピード重視で行かせてもらう!!」

「それはこちらのセリフですわ! 早く逆神さんを援護しに行って、お排泄物のような視線で身体を舐め回すように見つめてもらうんですのよ!!」


 セリフの応酬がなんだか酷い。


「まずは足場を潰す! 『地雷飛び苦無サンダル・ランドマイン』!!」

「なっ! 卑怯ですわよ! 乙女の足元を狙うだなんて!!」


 外崎のスキルは厄介だった。

 接近戦を主とする小鳩にとって、この無数に展開された電撃付与の地雷原はかなりの障害である。


 どの程度の威力があるのか彼女には分からないが、「常に悪い想定をして戦え」とは、師匠の久坂剣友が口を酸っぱくして彼女に教えた戦闘の基礎だった。


「くぅっ! なんてお排泄物なスキル……!! こうして苦悶の表情を浮かべるわたくしを見て楽しんでいるのですわね!? なんて酷い! 男っていつもそうですわ!!」

「えっ、や、ヤメてくれないか!? 妻と子供が中継を見てるんだ! おい! よし子! 違うからな! 愛してるぞ!!」


 外崎の妻はよし子。

 2人の子供と一緒に、協会本部のパブリックビューイングで試合を観戦中。


 武舞台の端で愛を叫ぶ外崎。


「こうなったら、少々苦手ですが仕方ありませんわ! 『銀華ぎんか』!! 広域展開!!」

「君の得意な、そして特異な衛星スキルか! だが、それは接近戦でこそ輝くスキルだろう! 悪いが、相手が女の子でも容赦はしない!!」



「くっ! そうやって男はすぐにいやらしい顔をするんですわ!!」

「よし子ぉ! 違うからな! 本当に違うぞ! この子、ちょっとアレなんだ!!」



 膠着状態に突入した小鳩と外崎。

 だが、そんな状況を打開するべく、1つの小さな影が少しずつ忍び寄っていた。


「……みみっ」


 それが誰なのかはまだ分からない。

 分からないったら分からない。

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