第190話 冥竜ナポルジュロ、最期の『狂冥閃』 逆神六駆に迫る死亡フラグ

 悪魔の号令が王都ヘモリコンに響いた。


『よし、発射ー!!』


「了解だよぉ! せぇぇぇのっ!! 『苺光閃いちごこうせん』! 一点集中!!」


 まず莉子の苺色の悪夢が火を噴いた。

 その光線は寄り道せずに、真っ直ぐ冥竜ナポルジュロの胸を貫く。


「冥竜殿、恨まれるなよ。我も逆神六駆の軍門に下った身。さらにこの体で使う初のスキルとなれば、貴殿こそが相手に相応しい!! 『黒炎弾こくえんだん』!!」


 タイミングを同じくして、竜人ジェロードが竜人ジェロード砲を放った。

 なんだこの頭の悪い文章は。


「グアァアアァァッ!! グルゥオォォオォォォォォッ!!! が、がふっ!」


 何はさておき、凶悪な合体攻撃が見事に冥竜を捉えた。

 ほとんど回避不能の2段構えであった。


 地上からは動く砲台の莉子が、これまで出力をセーブして見せていた『苺光閃いちごこうせん』を一点集中型で斉射。

 上空からは竜人ジェロードが顔だけ異空間からこんにちはさせて、口から黒炎の塊を7発連続で撃ち込んだ。


 さすがの冥竜ナポルジュロにも、これはどうしようもない。

 その身に巨大な風穴を空けて、もがき苦しむ。


 だが、彼も4000年以上の時を生きて来た古龍。

 死に際の演出くらい自分でこなして見せる。


「み、見事……! だが、貴公らも我の奥の手までは……ぐふっ……見破れなんだ……! がふっ……!! 喰らえぃ! 『狂冥閃きょうめいせん』!!」


 一瞬の出来事だった。


 冥竜ナポルジュロは顎の下にある逆鱗に生まれた時からずっと、4000年以上の時をかけて煌気オーラを蓄積させていた。

 当然、いざと言う時に使うためである。


 だが、時は既に決していた。


 ならば、せめて自分の散り際を華やかに演出し、己の身を貫いた者への褒美として、その煌気オーラを放ち、礼と成す道を選んだのだった。


「へっ!? ひゃああああっ!?」


 『狂冥閃きょうめいせん』は全方位に放たれる。

 射程距離は約30メートルと長くはないが、その範囲に莉子、ジェロードの生首が含まれていた。


 六駆はすぐに動く。

 有栖ダンジョンでマグマアニマルズを空間転移させた事を思い出していたのだ。

 攻撃型転移スキルを自分に使った事などなかったが、そのような事を考えている場合ではない。


 試して体に何かが起きれば、その時にまた考えれば良い。

 今は何より、莉子を救わねばならない。


「ふぅぅぅぅぅんっ!! うおぉぉぉらぁぁぁぁ!!」

「ぐぁあぁぁあぁっ!! 逆神六駆!! 首が、首が取れるぞ! 我の首がぁぁぁ!!」


 まず六駆はジェロードを小窓サイズの『ゲート』から力任せに引っこ抜いた。

 「首が取れたらまた生やしてあげますよ!」と言いながら。


 何と言うひどい話だろうか。首を突っ込ませたのはお前じゃないか。


「南雲さん! サーベイシールドを展開して下さい!! 僕もすぐそっちに!! 『自分が落ちる転移結界の大穴セルフ・ディメンショラル・ピットフォール』!!」


 莉子の煌気オーラを頼りに、六駆は異空間へと自分の身を投げた。

 彼の計算では、5秒もすれば王都ヘモリコンの戦場へ出現するはずである。

 『狂冥閃きょうめいせん』は動きが遅いため、充分間に合うタイミングであった。


 だが、誰かを忘れてはいないか。

 1人ほど、衰えたとは言え逆神流の5代目継承者が現場には居た。


 逆神大吾。

 47歳。これまで定職に就いた経験はなし。

 趣味はパチンコとガールズバー巡り。


 得意な戦法は剣技とスキルの複合スタイル。

 今、その実力が明らかになる時。


「うぉぉぉぉぉ! 莉子ちゃん、下がってろぃ! 俺の本気を今こそ見せる時!! 未来の娘に怪我させてなるものかぁぁ!! この剣、使うぜ!!」



 緊急速報。たった今、逆神六駆に死亡フラグが発生しました。



「おお! やっぱり相当な業物だな、こりゃあ! これならいける!! いくぜ、冥竜! 二刀流!! 逆神流剣術奥義!! 『次元双破刃じげんそうはじん』!! うぉらぁぁああぁぁっ!!!」


 大吾の持つオジロンベ製の剣は、煌気オーラを吸収し何倍にも増幅する効果がある。

 オジロンベは探索員必携の【転移黒石ブラックストーン】に加工される鉱石であり、Bランク探索員の煌気オーラでも単身での転移を可能にするほどと言えば、凄さが少しは伝わるだろうか。


「……グォォォオオォォォォオォンッ!! ……負けたぞ、逆神、大吾!!」

「だぁぁぁありゃあぁあぁぁぁっ!! 叩き斬れぇぇぇい!!」



 ——バキッ。



 実に不吉な音が鳴り響くのと同時に、六駆が命懸けの転移スキルを成功させて現場に到着する。

 そして、彼は膝から崩れ落ちた。



「六駆! 莉子ちゃんに怪我はさせてねぇぜ! 剣は折れちまったけどな!! ははっ!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



 冥竜の断末魔の叫びをかき消したのは、六駆の絶叫であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ねえ、六駆! 見た!? この俺の剣技!! カッコ良かったろ!? 二刀流!! 今度お前にも教えてやろうか!? 逆神流剣術の奥深さべっしゅ」

「どいてろ! クソ親父!!」


 六駆おじさんのお金脳が、凄まじい勢いで回転していた。


 まず、最優先事項である莉子の無事を確認。

 彼女は元気そうに、そして気の毒そうにこちらを見ている。

 ならば、抱えていた問題はクリアとなる。


 オジロンベ製の剣の様子はどうだ。

 折れただけならば、修復も可能だろう。


 だが、無情にも剣は『狂冥閃きょうめいせん』によって溶け、ひしゃげ、何度も使った蝋燭みたいになっていた。

 これはもう、値崩れは疑いようもない。


 ならば、せめて金目のものを回収しなれれば。



 「冥竜の爪とか角とか、翼とかを剥ぎ取ろう!!」と六駆は親父を押しのけていた。



「ぐはははっ。逆神の息子か。貴公も我の最期を看取ってくれるとは、なかなかに情け深い一族よ……」

「ああああっ!! なんで爪とか角と翼が消えていくんだ!? どうして!?」


「ぐふっ……ふふっ……。我は生命維持に必要な煌気オーラまでも全てなげうった。ならば、肉体の維持などできなくなるのが必定。もはや塵となるのを待つだけよ」


 目の前で貴重な素材が消えていく。

 このままでは、下手をすると今回の遠征でマイナスが出てしまう。


 骨折り損のくたびれ儲けだけは絶対に嫌な六駆おじさん。

 両手に全煌気オーラを集中させる。


「逝かせるかぁぁ! 逝かせて堪るかぁぁぁぁ!! ちくしょう! 帰って来い!!」

「ふっ、ふふっ……。酔狂な男よ。敵である我に情けをかけるか」



 違う。情けはかけていない。君の事を斬り刻みたくて彼は吠えている。



「この身が少々痛もうともぉ! 絶対に逝かせるものか!! ふぅぅぅぅんっ!! 『時間超越陣オクロック』!! 超! 展開!!」


 諸君はルベルバック戦争で六駆と戦い、ほとんど死んでいた阿久津をこの世に舞い戻らせたこのスキルを覚えておいでだろうか。

 時間の理を無視する、六駆の使うスキルの中でも極めて強力なものであり、消費煌気オーラも甚大な量を求められる。


 既にここまでの戦いで幻竜ジェロ―ドを人に変えたり、無理やり自分の体を転移スキルにぶち込んだりと無茶を繰り返して来た六駆。

 そこに1時間の煌気オーラ供給を必要とする極大スキルの発現。


 さすがの彼も疲労の色が隠し切れない。

 全身から汗が吹き出し、両腕の血管が浮き上がり今にも爆ぜそうである。


「さ、逆神の息子よ……。貴公、そうまでして、なにゆえ我を生かす……!?」

「黙っててください!! 集中が乱れてしまう!!」



 彼は忙しそうなので代弁しておこう。それはお金の為です。



 そんな六駆を見て「カッコいいよぉ!」と目を蕩けさせる莉子と、息子に蹴り飛ばされてギャグマンガみたいに城壁に頭から突き刺さった大吾。

 シリアスな展開に見えて、とんでもなくカオスな状態である。


 ナグモー。ナグモー、ちょっと来てー。

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