第191話 冥竜ナポルジュロ、なんやかんやで敗北を認める

 現世では日が変わってしばらく経つ。

 今晩は泊まり込みだと判断した南雲は、監察官室の隣にある仮眠室にいた。

 久しぶりに使うので、庶務課に頼んで新しい布団をベッドに敷いてもらっている。


 快適な眠りは寝具からが南雲の持論。

 彼の自宅にはトゥルースリーパーのマットレスと枕が完備されている。

 それには及ばないが、協会本部の布団もなかなかフカフカしていて、満足気な南雲。


「ナグモー。ちょっと来てください、ナグモー」


 南雲、ダッシュで監察官室に戻り山根の首を手刀で叩く。

 が、山根は素早く椅子から立ち上がり、バク転でそれを躱す。


「なんなの、君!? いつも思うけどさ、どのタイミングで身体鍛えてるの!? 監察官のツッコミを体にも触れさせないとか、よっぽどだぞ!!」

「そりゃそうですよ。南雲さんがいつ失脚しても良いように、自分は常に最高の状態を維持してるんすから!」


「いやらしいな、君ってヤツは。それで、どうした?」

「いえ、一応お知らせした方が良いかと思いまして。逆神くんがですね」


 南雲は「もう分かった」と言って、山根の報告を遮った。


「どうせ、冥竜が凄惨な死を遂げたんだろ? 頭おかしい光線のダブルだもん。そりゃ死ぬよ。私だって多分死ぬよ」

「いえ。その致命傷を受けた冥竜を、何故か逆神くんが『時間超越陣オクロック』で蘇生しようとしてます」



「わけがわからないよ」

「ポォォォォウとか言って横に吹っ飛ぶかと思ったのに、意外とあっさりなリアクションですね」



 南雲はコーヒーを淹れる。

 夜勤で飲むコーヒーはまた格別に美味いとは南雲の話である。


 詳しくは、月刊探索員の6月号に載っている。

 諸君にお見せできないのが実に残念。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ふぅぅぅぅんっ!! はぁはぁ……。倒れて堪るかぁぁぁぁ!!!」


 王都ヘモリコンでは、六駆が孤独な戦いを初めて1時間が経とうとしていた。

 かつてルベルバック戦争で阿久津を蘇生させた時にかかったのがまさに1時間。


 だが、どういう訳か冥竜ナポルジュロは未だに復元されていない。


「げほっ、げほっ! くっそ!! 元のサイズがデカいから、煌気オーラが馬鹿みたいに吸い取られて行く!! だがぁぁぁ! 僕は絶対に諦めない!!」


 そうなのである。

 冥竜ナポルジュロは古龍の中でも重量クラス。

 幻竜ジェロードに比べても、二回りは大きい。


 質量に対して消費煌気オーラが増えるのが『時間超越陣オクロック』と言うスキルであり、煌気オーラの放出量をさらに高めればあと10分少々で復元が完了するが、さすがの六駆もお疲れ気味。

 かつて彼がここまで煌気を減らした事はなかった。



 まさか、戦いの中ではなくお金の為にここまで窮地に陥るとは。



 だいたい予想通り? これは失礼。

 大粒の汗が滴り落ちる六駆。

 煌気オーラの譲渡スキルが使える者が居れば良いのだが、煌気オーラ総量お化けの莉子はその類のスキルを教わっていない。


 譲渡スキルが使える大吾は未だに城壁に頭から突き刺さったまま動かない。

 なんと使えない男だろうか。

 ちなみに、城壁に刺さったキッカケも六駆によるものである。


 そんな折、上空から援軍が舞い降りた。


「クララせんぱぁい! 芽衣ちゃん!! 来てくれたんだぁ!!」

「いやー。あたしたちが来ても役には立てないだろうなーと思ったんだけどねー。やっぱ、チーム莉子の一員として一緒にいたいにゃーって」


「お空怖かったです。こんな事なら、大人しく小っちゃい『ゲート』に入っておくべきだったです。みみみっ」


 クララと芽衣がやって来たと言う事は、彼女たちを連れて来た者がいると言う事であり、もったいぶっても仕方がないので登場してもらおう。


「逆神六駆よ。事情は分からぬが、我の同胞を救おうとする貴公の行動に敬意を表する。我の煌気オーラを使ってくれ。姿こそ変われど、元は同じ古龍。我の煌気オーラならば冥竜殿にも馴染むであろう」


 そう言って、竜人ジェロードは六駆の肩に手を置いた。

 続けて、高密度の煌気オーラが六駆の体内に流れ込む。


 それはジェロードの本来持つ幻竜の煌気オーラと、六駆がジェロードを竜人に作り替えた際に生まれた煌気オーラのブレンドであり、どちらも六駆にとっては相性が良い。


「ジェロードさん!! 助かります!! よっしゃぁぁぁ!! 出力、全開!!」


 冥竜ナポルジュロの体が靄に包まれる。

 『時間超越陣オクロック』、完遂の時がきたる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 靄が晴れると、そこには黒と紫の鱗が輝く、無傷の冥竜ナポルジュロが立っていた。

 実のところ、このタイミングで六駆に攻撃を仕掛ければ、倒せずとも逃走は容易であり、もしかすると六駆の腕一本くらいならば奪えるかもしれない絶好機であった。


 だが、気高き古龍はそのような無粋な真似はしない。

 代わりに冥竜ナポルジュロは、頭を下げた。


 恩人を見下ろす状態を良しとしなかったのだ。


「グォオォォォッ。逆神の息子よ。なにゆえ我を生かした。情けか? もしもそうならば、我は誇り高き自死を選ばせてもらう!」


 六駆は考えた。

 「自殺される前に、とりあえず角と爪と翼と牙あたりをもぎ取ろう」と。


「待たれよ、冥竜ナポルジュロ殿。我は幻竜、いや、竜人ジェロード。貴殿と同じく、逆神六駆によって生かされた身である」

「グオォォオォォッ。ジェロード。貴公が人の姿に変異した様子は見ておった。なにゆえ、逆神の息子は我らに慈悲を与える?」



「金のためだと聞き及んでおる」

「グォオォッ? すまぬ、意味が分からぬ」



 そこに飛んでくるサーベイランス。

 待っていた、ナグモ。


『逆神くん、君ぃ! 困るんだよ! そんな、命を奪ったり救ったりと忙しい事を軽々しくされるとさ! 私、この1件が協会本部の公式案件になったって言ったよね!? レポート出さないといけないんだよ!? なんて書けば良いの!?』


 南雲の言い分はもっともであった。

 六駆はやり切った男の表情で、短く答える。



「その話、冥竜を部位破壊してからじゃダメですか?」

『ほらまたぁ! 君はすぐサイコパスになる!! ダメだよ! 人としてダメだよ!?』



 南雲と六駆がしょうもないやり取りをしている間に、冥竜ナポルジュロは竜人ジェロードとの対話でおおよその経緯を理解していた。

 「金のために命懸けで敵を生かす」と言う理屈の意味は分かりかねていたが、結果として自分の命が救われた旨は理解していた。


「グォオォォオォォッ!! ガァアァァァァァァッ!!!」


 冥竜ナポルジュロ、自分で左腕と尻尾を切断する。

 続けて、おびただしい量の血しぶきを上げながら、穏やかな声で六駆に問う。


「貴公の望むものはこれで良いか? すまぬが、これ以上となれば貴公に救われたこの命をまた落としかねぬので、ここが限界であるが」


 六駆の動きは速かった。


「ナグモ! 冥竜の左腕と尻尾! 協会本部でいくらになります!?」

『そう来ると思ったよ! 古龍の腕が1本丸ごとなんて、とんでもなくレアな素材だからな。両方合わせて、1千万は余裕で超えると思うが』


 六駆、素早く両手を広げ、煌気オーラ力場を構築する。


「ちょっと、六駆くん!? もうこれ以上無理しちゃヤダよぉ!?」

「そうだにゃー。これまでで明らかに今が一番疲れて見えるよー?」

「師匠、無茶はダメです! 倒れたら、お金があっても無意味です!!」


 チーム莉子の乙女たちに「お気遣いありがとう」と返事をした六駆は、煌気オーラ力場に集中し始めた。


「ナポルジュロさん! さっきのスキル使うと、せっかく切り出してもらった素材が消えるので! 怪我を治すために、あなたもこれから竜人にしますね!!」


 六駆は冥竜の返事も待たずに、また反則スキルを使うため立ち上がる。

 悪魔に限界はないのだろうか。


 欲に際限がないのだから、多分この男は何度でも立ち上がる。

 そこにお金がある限り。

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