第1289話 【ほらご覧なさいよ】緊急出動、南雲修一監察官 ~と、各章のボスたち~

 バルリテロリでは。


 つい数時間前まで大戦争していたとは思えない、和やかなムードの電脳ラボがそこにあった。

 これから数分ののち、穏やかで和やかな雰囲気は消え去る旨をご了承されたし。


「南雲殿」

「あ。バニングさん。そのご様子ですと、トマト食べられました?」


「いかにも。……四郎殿の造られるアイテムにはいつも驚かされます。しかし、これは何とも」

「あ。分かります、分かります。いえ、私とバニングさんとの間の実力差がもう凄まじいので、軽々に分かりますと言うのも失礼なお話なんですけど。分かるつもりです。コーヒー飲まれます?」


「何を仰る。私の戦型などもう見飽きたと言われるほどシンプル。南雲殿のようにバリエーションに富んだ戦い方のできぬ私には、もはや最前線など務まらぬと思う次第。それはトマト1つ食べただけで砕けた拳まで再生してしまった虚しさにも通ずるかと。コーヒー、頂戴いたします」

「ですよね。私たちってトマト1つで回復しちゃうんだ……って思うと。逆神くんの強さの異常さが身に染みるというか。はい。どうぞ。バルリテロリブレンドです」


 トマト食って回復したバニングさんが「もう私には出番などありませんよ。はっはっは」と南雲さんの淹れてくれたコーヒーを飲む。


「六駆が万全ではない状態で出たと聞きましたが」

「そうですね。ただ、私、かなり反対したんですけどね。実のところ、そこまで心配もしてないんですよ。だって、逆神くんですから。しかも、今回の戦いで全部綺麗に片付く訳でしょう? あの子、万全じゃなくても勝ちますからね。……私もコーヒーを失礼します」


「それも然りですな。あの男の強さの底は終ぞ知れなかった……。南雲殿? どうして股を広げて、コーヒーカップを口にする時に渋い顔を? バルリテロリブレンドも大変に美味ですが?」

「あ! 気付いちゃいました!? これ、実はですね! 松田優作さんの真似してまして! なんだか最近今は1月8日です、YouTubeとかでやたらと目にするんですよ! スマホのCМで! やっぱりカッコいいですよね……。これなんですけど、ご覧になったことあります?」


 スマホを手渡す南雲さん。

 これで氏の周りから電子機器が消えたことになる。


「ほう……。渋い御仁ですな。日本のムービースターですか」

「ええ。ついつい真似したくなっちゃうんですよね。……うん。良いコーヒーだ」


 テレホンサービスマンを拝命している電脳のテレホマンが四角い体の腰から上だけをぐりんと回して南雲さんの方を向いた。

 続けて、端的に報告する。


 オペレーターの優劣についてはこの世界で幾度となく語って来たが、何度でも言おう。

 いかなる凶事にも自身の感情を付与せず、ただ起きたことを起きたように伝える事ができて一流と呼ばれるのだ。


 一流テレホマンが言った。


「南雲総司令官」

「あ。はい。なんでしょう? すみませんね、お忙しいのに私のためのコーヒーセットを補充して頂いて。テレホマンさんもいかがですか?」


「はっ。後ほど頂戴したくございます。その前に緊急のご報告が」

「あっ! 逆神くんがもう人殺助討伐を完了させましたか!? いやー! 妙にコーヒーが美味しいと思ってたんですよ!! なるほど! 勝利の味だったんですね! はっはっは! では、せっかくなので勝利の味を楽しみながら伺っちゃおうかな! ズズズ……」


 テレホマンが「さすがは現世を率いた将……」と畏敬の念を覚えながら、報告した。



「現世。アメリカにおいて。ひ孫様、煌気オーラ枯渇の由にございます」

「ぶふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」




「民間人の家が爆破されました。チーム莉子によってです。これは、人殺助殲滅のためかと思われますが。その人殺助。未だ健在の由にございます」

「ぶふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」




 バニングさんが「ああ。松田優作という御仁もコーヒーを噴くのか」とスマホを見つめながら納得し、「さすがは南雲殿。全てが前ふり……!!」と驚嘆した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 1分後。

 バニングさんが南雲さんの背中をさすりながら「コーヒーを噴くというのは、かくも過酷な御業か……」となんか縁起の悪そうな音が聞こえて来る監察官一の知恵者の肺を慮っていた。


 だが、その間にも頭はフル回転。

 繰り返すが、さすがは監察官一の知恵者。


「げっほげほ、ゔぉえ……!! ああ、すみません。バニングさん。電脳ラボの皆さんも申し訳ない。電子機器がある場所でコーヒー飲んでごめんなさい。常識が足りませんでした。あの、普段、私、自分の監察官室も電子機器ばっかりなのに普通にコーヒー噴いてるものですから……。習慣になってまして……いや、何の言い訳なんだろう……。本当にごめんなさい」



 とりあえず「ぶふぅぅぅっ」してごめんねと謝る。

 これが大人の優先順位。



 続けて南雲さんが言う。


「バニングさん。申し訳ないと連呼して申し訳ないのですが」

「ふっ。まだ老兵にも出番がありましたか。結構。貴殿の弾よけとして参陣しましょう」


「あ。メインアタッカーとしてお願いします」

「……ふっ。また砕けるか。我が拳。まだ破損するか。我が煌気オーラ供給器官」


 もう南雲さんが出ていくしかない。

 後方司令官を立てる意味がほぼ存在しないのである。


 喜三太陛下による大逆転狙いからの裏切りという可能性がいわゆる微レ存してはいる現状だが、額面通り微粒子レベルである。

 現状、陛下の御首に六駆くんの創った首輪が付いており、今も緑色のランプが灯っているところを見る限り、これは使い手の煌気オーラが常時必要とされるスキルではなく、単純な構築スキルで首チョンパする地獄のアイテムを産み出したものらしい。


 ならば喜三太陛下が良からぬ動きをした瞬間に首が吹っ飛ぶ。


 転生するかもしれないが、もう心はバキバキに折られている以上そのまま死ぬ可能性も捨てきれず、人は死ぬかもしれん賭けにはなかなか打って出られないもの。

 だって死ぬのは怖いのである。


 そうなると、もう後方に戦力を保持する必要性はほぼなく、腕組みしながら「ふむ」としたり顔で頷いているくらいなら現場に行って指揮を執る方がずっと良い。

 民間人の家が爆破された以上、現場に行って責任者としてさっさと責任を取った方がずっと良い。


 でも現場に出たら真っ先に狙われるので、戦力を総動員したい。

 ついでにプレゼンター六駆くんがアメリカで煌気オーラ枯渇したせいで、他の異世界にいる戦力をすぐに連れて来る事が出来なくなった。



「ああー。コーヒーが美味しい!!」


 コーヒーが美味い事態になったのである。



 誰が行くか、どう行くか。

 もう全部決まっている。

 南雲修一監察官を舐めてはいけない。


 戦力の確認をしておこう。


 まず、ご自身。


 南雲修一。

 白衣がいよいよもって汚くなったので電脳ラボのラボメンが使っている白衣を借りたらもう万全。

 煌気オーラはトマト食って回復済み。

 メンタルも万全。


 もう心は六駆くんがやっちまったくらいじゃ折れない。


 バニング・ミンガイル。

 トマト食ったら煌気オーラが回復するに留まらず、砕けた拳と破損した煌気オーラ供給器官まで治ってとても複雑な気持ち。

 それ以外は万全。


 あと2人ほどいる。


「ふん。トラ……。お前は高みに立った。今から高見沢トラを名乗れ」

「ぐーっはははは!! トマト練乳がお気に召しまして何よりにございまする!! こちらのお出かけ用チューブにも詰めておりまするゆえ、どうぞ吾輩の顔がプリントされておるウエストポーチを腰に!!」


 練乳に『マキシマム・トゥメイトゥ』を混ぜたら美味しかった。

 ラッキー・サービス。


 氏は別に改心していないので「ふん。どうでも良い」とナンシーの家には興味を示さなかったが、そこは知恵者に策がある。

 「芽衣くんが、ラッキーさん助けてですっ! と言っていましたよ」と呟く。



 ニィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ。

 参戦準備が完了した。



 揃った、各章ボスたち。

 最終決戦に相応しい、そうそうたる顔ぶれ。


「キサンタさん」

「へいへい。転移させてやればええんやろ。まったく、偉そうやな!! 言っとくが、ワシの首輪が取れたあかつきにはもうバルリテロリから一歩も出んからな!! 覚えとけよ!!」


 煌気オーラ爆発バーストなされる喜三太陛下に南雲さんが「いいえ。そうじゃありません」と言った。

 そして続ける。



「申し訳ないのですが、一緒にアメリカで戦って頂きますね。人殺助の事をご存じなのってあなただけですから。すみません」

「……白衣ぃぃぃ!! おまっ!? ええっ!? じゃあワシにもトマトくれや!!」


 喜三太陛下は万全にさせるとガチのマジで裏切られる可能性があるので、それはできません。



 最後の1人は逆神喜三太陛下。

 煌気オーラの量は4割程度。

 体力は3割程度の回復を見せており、メンタルはバキバキ。


 それでも南雲さんとバニングさんとサービスさんの3人が同時に掛かってどうにか制圧できる強さ。

 偉大であらせられる。


「では。皆さん。最後ですから。死なないようにしましょうね」

「……ふっ」

「……ふん」


「ワシ、そういう合いの手持っとらんで? なぁ? テレホマンも一緒に行こう? なんで無視するんや? なぁ? テレホマン? ねぇ、笑って?」


 電脳ラボの総員が跪いた。

 喜三太陛下の御無事をお祈りする、バルリテロリの最敬礼であった。


 なお、四郎じいちゃんだけは唾を吐いた。

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