第486話 1番アリナ・クロイツェルの哀しみとアトミルカ創立の記憶 ~からの、破壊神カップルの蹂躙~ 異世界・ヴァルガラ

 2番。バニング・ミンガイルは、異世界・ヴァルガラの最奥にあるハナミズキの屋敷へとやって来ていた。

 彼は深く頭を下げ「1番様。バニング・ミンガイル、参りました」と名乗る。


 結界が開かれ、彼は屋敷に招き入れられた。


 玉座には1番。アリナ・クロイツェルが足を組んで座っていた。

 彼女はテレパシー能力を使い外界の情報を全て手に入れているため、現状アトミルカが置かれている苦境も当然知っている。


 さぞかし憤慨しているのだろうか。


「ふふっ。バニング。妾と2人の時は1番などと呼ぶなと言っておろう」

「申し訳ありません。アリナ様」


「それよりも、面白いことになっておるようであるな? バニング。そなたは先日、アトミルカの軍力がかつてないほど高まったと申したな」

「ははっ。その事実に偽りはございませんでした」


「良い、良い。分かっておる。そなたは妾を謀ろうなどとは考えぬ男。だが、そのアトミルカが、今まさに崩れ落ちようとしておる。ふふっ、ふふふっ! 愉快じゃ! 積み木遊びの仕舞いは、やはり崩してしまうのが良い。それも、盛大にな」

「はっ」


「思えば、それなりに時を費やした戯れであった。妾の体は生み出される膨大な煌気オーラに耐えられぬゆえ、定期的に転生せざるを得ん。その度に姿を変え、年齢も変わる。だが、世界は変わらぬ。いつの世も、つまらぬ。もう飽いた。だが、ここに来て面白うなって来たではないか」


 「ふふふっ」と無邪気な顔で笑う少女を見て、バニングが珍しく慌てる。


「お、お待ちください! まさか、アリナ様!! この屋敷をお出になられるおつもりか!? なりませぬ!! あなた様の煌気オーラを抑えるためのハナミズキ屋敷!! 一歩でも出られようものならば、たちまち煌気オーラの暴走により常人の数十倍の時がアリナ様の御身に!!」


 アリナ・クロイツェル。

 彼女は煌気オーラを無限に体内から発し続ける特異体質であった。


 逆神アナスタシアの周囲の煌気オーラを強化し続ける異能と似ており、当人に制御は不可能。

 アリナの体は煌気オーラの循環速度に耐えられず、強力な結界下でなければ肉体は一気に年を取る。


 そして限界が訪れると、彼女は新しい肉体に転生するのだ。

 それを幾度繰り返したか、もう彼女自身も把握できていない。


「久方ぶりの戯れよ。バニング。そなたは妾によく尽くしてくれた。この屋敷もそうであったな。そなたが何年もの時を費やし、建築した。だが、やはり籠の中に囚われた鳥のような生活はつまらぬ。ゆえに、妾は新しき肉体へと転生する事にした。最期にそなたほどの男を困惑させた者と遊戯を楽しんでからな」

「し、しかし! これまでは屋敷内での任意転生でしたゆえ、アリナ様は記憶を保持できました! が、強制的な転生ですと……!!」


「ふむ。妾は忘れるであろうな。全ての事を。バニング。そなたの事も」

「私は……。あなた様に救われた命を捧げると誓いました! まだ、まだ私の命脈は尽きておりません!!」


 かつて、若き青年だったバニング・ミンガイルはとある紛争に巻き込まれていた。

 祖国を守るためにスキルを用い戦ったが仲間はほとんどおらず、気付けば国は彼独りを遺して消える。


 命を諦めたその時、アリナ・クロイツェルと出会ったのだった。


 必死の表情で叫ぶバニングを見て、アリナは少しだけ寂しそうに笑う。

 そして、続ける。


「バニングよ。そなた、何歳になった?」

「……はっ。今年で61になります」


「人の生は短い。精々あと20年しか共におれぬではないか。その先、妾はどうすれば良い。そなたを失った悲しみを背負えと申すか? ……この40と余年、窮屈ではあったが、楽しくもあった。そなたが時を共に過ごしてくれたゆえな。妾は、そなたの死ぬ様を見とうはないのだ。分かってくれ」


 彼女は転生すると、基本的に記憶がなくなる。

 だが、新たな生命を得るまでの数日間、彼女は全ての記憶を永遠に近い感覚で反芻する。


 かつて、彼女がこれほど共に時を過ごした人間はバニング・ミンガイルだけである。

 その喪失感を持ったまま、思考の渦に巻き込まれて絶望する事は自分にはもう耐えられない。


 そう語る少女の目は、既に覚悟を終えたものに他ならなかった。

 バニングは無為な説得を諦める。


 彼女の望む事こそが、バニング・ミンガイルの生きる意味。

 ならば、アリナ・クロイツェルの意思に従うのがこの男の人生の意味なのである。


「……では、参りましょう。おあつらえ向きに、とびきりの猛者がやって来ております」

「ほう。思い出すな。そなたと共に紛争を終わらせた約半世紀前を。ふふっ。楽しい戯れの始まりであるぞ。バニング、供をせよ」


 バニング・ミンガイルは「……はっ」と短く返事をした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ふぅぅぅぅぅぅんっ!! 『ディストラ大竜砲ドラグーン』!!」

「たぁぁぁぁぁぁぁっ!! 『収束しゅうそく苺光閃いちごこうせん』!!」



 ちょっと良い感じの話を台無しにする高校生の破壊神がここに2人ほどいた。



「べぇあぁぁぁぁぁぁぁっ!! さ、3番様ぁ……!! 鎧が粉々になりました!!」

「見れば分かります! 相変わらず、常識を疑いたくなる強さですね……! そちらの少女はまだ常識の範囲内だと思っていたのに!! 裏切られましたよ!!」


 六駆のスキルで8番のメタルゲルの鎧が粉々になり、そこに莉子の『苺光閃いちごこうせん』を集約した一撃が加えられる。

 それでもまだ立ち上がれるのは8番の強靭なフィジカルの証明だったが、2度目はない。



 そしてこのカップルには2度目どころか15度目くらいまである。



「莉子! なんか僕とお揃いの認識されてるみたいだよ!」

「えーっ!? もぉー! 恥ずかしいよぉ!! あの白衣の人、意外といい人だね! もぉぉ! 戦ってるのにぃ! 困っちゃうよね、えへへへへへへへへっ!!」


 3番は息を呑んだ。

 と言うよりも、数秒間ほど呼吸をする事すら忘れていた。


 完全な装備と準備を用いて自分たちの本拠地にて迎撃したはずなのに、目の前の少年と少女にイチャイチャする片手間で既に壊滅的な被害を受けている事実。

 3番は理解する。


 「この世に存在する、全ての理屈を無視した悪魔的な力」の存在を。


「3番様!! ここは私にお任せください!!」

「よしなさい、10番!! 余りにも無謀です!!」


「ぐぉぉぉっ!! 『雷身外殻ケラヴノスミガリア』!!!」


 『外殻ミガリア』と言えば、諸君も大好きあっくんこと、阿久津浄汰の十八番である。

 が、オリジナルの出どころは元々アトミルカ。


 今は汚いおっさんの影響で生死不明になっている4番が考案し、作り上げたイドクロア装備。

 阿久津は独学で『外殻ミガリア』自体を具現化する術を身に付けたが、10番は『雷身外殻ケラヴノスミガリア』を装備している。


 これまで2番と共に訓練を繰り返し、既にこの『外殻ミガリア』を使いこなすに至った10番。

 身体能力を飛躍的に向上させ、雷属性と俊敏性を付与する効果を得ることができるものの、身体的な負担が大きく2番にも「5分以上の使用はまだお前には無理だ」と言い含められていた。


「1人でも多く! 私が!! 敵を倒す!! うぉぉぉぉ!!」

「ほほぉ! なんちゅう覚悟じゃ! 若いのに、見事じゃのぉ! ワシが相手を務めさせてもらおうか! 六駆のと莉子の嬢ちゃんは、引き続き頭おかしい……いや、すまん。強力な攻撃で敵のけん制と殲滅に専念してくれぇ! 55の!!」


 55番は地面に薔薇を突き刺した。


「了解した! 久坂剣友!! 『ローゼンドゥンスト』!!」

「くっ!? これは、隔絶スキルか!!」


「そういう事じゃ。お主はこのじいさんと、ちぃと遊んでくれぇ」

「あなたも相当な武人のようだが! 私の師は、それを凌駕する!! その証を立てて見せる!!」


 雨宮隊迎撃の際にアトミルカが行った戦力分断。

 それを知らない久坂隊だが、偶然にも状況があの時と反転する。


 本格的な血戦の火ぶたが切って落とされた瞬間であった。

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