第38話 魔王軍迎撃部隊隊長・ダズモンガー登場

「まあ、そんなに興奮せずに! ちょっと話しませんか? ねぇ? 降りてきてくださいよ。あなたたちの高さに合わせていると、首が痛くて」


 六駆は鳥獣人ちょうじゅうじんの偵察隊コンビに対して、実に穏やかな対応を取った。

 思い立ったが戦闘のダンジョンでの過ごし方を考えると、これは実に珍しいケースだった。


 理由は2つある。


 まず、まだ意識が混濁こんだくしている莉子とクララが後ろで横たわっており、このまま本格的な戦闘になれば彼女たちが巻き込まれる恐れがあったからである。

 もちろん、六駆の実力を考えれば、2人を守りながら戦うのは造作もない。

 しかし、万が一という事もある。


 次に、こちらも実に重要な事なのだが、六駆はその経験から先の展開を予測していた。

 このまま偵察隊との関係がこじれて、『国を脅かす異分子』としてミンスティラリアに認識されるとどうなるか。

 想像力を少し働かせれば、簡単に出せる答えであった。


 一国を相手に戦争する羽目になったら、六駆は非常に困る。

 なにせ、彼のおぼろげな記憶の中にあるミンスティラリアの軍勢はおおよそ5万。

 その数を1人で相手をするとなると、さすがの六駆も。



 疲れるからである。



 正直、ミンスティラリアの軍勢が5万でも10万でも、六駆は負ける気がしない。

 だが、彼はもう疲れているのだ。

 くたびれたおっさんになって、更にくたびれる事をする道理がない。


 彼は今、「とりあえず穏便に対応して、話がこじれたら適当な都市を死傷者出さないように焼き払おう!」と考えている。


 とんでもない発想。この人の皮を被った悪魔め。


「その手は食うか! 我々を油断させて近づいたところを攻撃してくる気だろう!?」

「知らない人の言う事は聞いちゃいけない。我らをかつて救って下さった英雄が遺してくれた、金言である!!」


「ええ……。そんな事言ったかなぁ?」


「誰が貴様の話をしたか! この無礼者!!」

「やはり侵略者、知能が低いと見える!!」


 実はこの鳥獣人の2人、昨年軍に入隊したばかりの新兵だった。

 年齢は17歳。

 六駆がこの国を平定したのは17年前。


 なるほど、六駆の存在を認識できないのも頷ける。

 どうでもいいことだが、一応確認のために言っておくと、六駆も17歳。


 同世代なのだから、好きな女の子のタイプの話とかで盛り上がれば良いものを。

 なんと融通の利かない者たちだろう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「……はっ! 了解いたしました! お待ちしております!!」


 急に偵察隊の片割れが独り言を口にするので、六駆はビクッとなった。

 男子トイレで用を足している時に隣に来たおっさんが急に大きな声で独り言を発する時、人はだいたいビクッとする。

 恐らく、魂に刻まれた記憶の刻印なのだと六駆は納得した。


「この侵入者め! よく聞け! 今、こちらに向かっておられる方は、魔王軍迎撃部隊隊長だ! その実力は軍の双璧として恐れられている!」

「なに!? 本当か! 隊長殿が!?」


「ああ! 『六駆監獄ロックプリズン』を破壊された事態を重く見て下さったようだ!」

「そ、そうか! ならば、我らは時間稼ぎをするまでよ!」

「おお! この命、惜しくはない!!」


 六駆くんの知らないところで、勝手に盛り上がりが加速していた。


 とりあえず、隊長とやらが来るらしい。

 それは別に構わないのだが、偵察隊の新兵2人がやる気満々、特攻する気も満々になったというは非常に構う事態である。


「ゆくぞ、相棒!」

「おお! 呼吸を合わせよ!」


「「『紙矢カタアロー輪舞曲ロンド』!!」」


 六駆は驚いた。

 相手のスキルに驚くなんて、一体何年ぶりのことだろうか。


 威力に反応した訳ではない。

 『紙矢カタアロー』は逆神流スキルの基礎の1つ。

 だが『輪舞曲ロンド』などというアレンジを六駆は知らない。


 どうやら、ミンスティラリアの軍がスキルを改良したらしい。

 自分の教えたスキルが独自の進化を遂げていた事実に、六駆は興奮した。


「おおお! すごい! 『紙矢カタアロー』を2人で同時に使って、回転させながら広範囲攻撃に転用するとは! ホントにすごい! 柔軟な発想力を持ってる人がいるなぁ!!」


 六駆くん、感動しながら『紙矢カタアロー輪舞曲ロンド』を全て『光剣ブレイバー』で切り刻む。

 お願いだから少しくらいは苦戦してやれ。

 この際、演技でも良い。


 君は人の心を完全になくしてしまったのか。


「あ、ああ! 我らの最強スキルが、こ、事も無げに!?」

「バカな!? 長年の時を経て培われた、英雄のスキルだぞ!? 何者だ、あやつ!!」


「ねえ! ちょっと、話しましょうよ、マジで! 僕、あなた方に俄然がぜん興味がわいて来ました! ちょっと! 降りてきてください!! ちょっと!!」


 六駆は混じりっ気なしの好奇心のみで彼らに語りかけていた。

 ちなみに、彼らには鬼が口を開けて舌なめずりしているように見えたと言う。


 そんな部下のピンチに、くだんの隊長が駆けつけた。


「ぐーはっはっは! 待たせたなぁ、ひよっこども! よく吾輩わがはいが到着するまで持ちこたえて見せた! あっぱれである! あとは吾輩に任せよ!!」


「た、隊長!」

「すみません、我らでは手も足も出ずに……!」


「ほう。『六駆監獄ロックプリズン』を破壊した事と言い、敵はかなりの手練れのようだな! 面白い!」


 トラの顔をした獣人が、背中から大きなわしの翼を生やしている。

 その羽ばたきだけで、六駆たちの立っている場所に強風が届く。


 とりあえず、六駆はクララのスカートがひらひらして気になるため、近くにあった石で裾を抑えてから、隊長に会いに行くことにした。


「『天滑走アマグライダー』!」


 六駆は空を飛ぶことができない。

 だが、空を移動する手段ならばいくつか知っている。


 『天滑走アマグライダー』は、空気中の煌気オーラを固めて足場を作り、宙を滑る六駆のオリジナルスキル。


「面白い! 『爪の一撃デモンズクロー』!!」

「おお! なんか見覚えのあるスキル! 刃対決なら望むところ! 『大太刀風おおたちかぜ』!!」


「なっ!? そのスキルは!? ば、バカなぁ!?」


 六駆の『天滑走アマグライダー』はその場に留まれないため、辺りを旋回しながら追撃に備える。

 だが、隊長は動かなかった。


 状況から考えれば、即座に追撃の姿勢を取るのが上策であり、隊長にそれが分からないとも思えない六駆は「はて?」と首をひねる。


 代わりに、隊長が叫んだ。


「き、貴殿、まさか、よもやと思うが! 逆神六駆殿ではないか!?」

「あ、はい。いかにも、逆神六駆とはこの僕ですが」


 隊長は、体を大きく振るわせて、その鋭い目からは大粒の涙をこぼす。


「どうなさったのですか、隊長!?」

「な、なにか精神操作の類を!?」


「バカ者ぉ! あのお方こそが、我らミンスティラリアの英雄、その人! 逆神六駆殿であらせられるぞ!!」


 何やら、自分の事を親し気に呼ぶトラの顔を見ていると、六駆おじさんにしては珍しく、奇跡的に記憶が蘇ってきた。



「ああああ!! もしかして、ゲスモモンガくん!?」

「はい! いえ、違います! 惜しいです! ダズモンガーでございます!!」



 六駆の記憶力を考えると、これはほぼ正解と判定しても良いかと思われた。

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