第369話 アトミルカより悪意を込めて とある異世界

 とある異世界。


 この異世界では人間によく似た種族が生活しており、豊かな水と緑に恵まれ、農耕と牧畜が主産業。

 自然に満ちているためモンスターも活きの良いヤツが生息している。


「ああ、バニングさん! 今日もモンスター退治かい?」

「すまないねぇ! 今朝獲れた魚、持って行っておくれよ!!」


「これは痛み入る。私は自分がそうしたいと思ったからそうしたまでだ。礼には及ばん。が、礼を拒否する無礼も持ち合わせていない。夕食に頂くとしよう」


 彼はバニング・ミンガイル。

 この異世界・ヴァルガラの秩序を守る番人のリーダーである。


「戻ったぞ。魚が手に入った。給仕部隊に回しておけ」

「はっ! お疲れ様です、2番様!!」


「疲れてなどいない。これが私に課せられた任務であれば、呼吸をするのと同様である。さて、本業にかかるとするか」


 アトミルカ構成員を束ねる実働部隊のトップ。

 バニング・ミンガイル。またの名を2番。


 このヴァルガラは、アトミルカの本拠地である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ヴァルガラにおいて、アトミルカは素性を明かしていない。

 それどころか、住民と友好的な関係を保ち、力の弱い彼らに代わりモンスター退治まで請け負っている。


 それも全てはカムフラージュのため。


 ヴァルガラの奥地にあるアトミルカ本拠地は、見れば見るほどに普通の住居である。

 それが連なり、現世で言うところの団地や長屋に近い構造をしている。


 徹底した危機管理は、アトミルカを捜索する現世の全組織を欺いていた。

 かつて何度か、現世の探索員がヴァルガラを訪れた事がある。


 だが、彼らは特に目立ったイドクロアが採れる訳でもなく、珍しいモンスターが出る訳でもないこの平和な異世界に大した興味を持たず、去っていく。

 「モンスター退治専門の住民がいる」と聞いて、実際にアトミルカの幹部と会って話をした探索員もいるが、何の違和感も覚えなかったと言う。


 数十年に渡りヴァルガラに溶け込んだアトミルカ。

 彼らを見つけ出すには、内部の事情を知る者をまず捕縛する必要に迫られる。


「3番。首尾はどうか」

「2番様。計画は順調です」


 リビングを抜けると、地下室への梯子がある。

 そこを降りると、途端に最新鋭の設備が揃った研究施設の様相を見せる。


 3番と部下の777番はここにいる。

 現在、端末を操作して監獄ダンジョン・カルケルのサーバーに侵入したところだった。


「3番様。繋げました。少なく見積もっても5分はあちらからの操作は受け付けません」

「結構。では、潜入している5番と通信を。彼の部下に加えた新しい10番台の近況も確認しなさい」


「はっ。かしこまりました」


 お聞きの通りである。

 カルケルには既に、5番が潜入していた。

 加えて、補充されたフレッシュな10番台もしっかりと潜伏中。


「5番様との通信を開きます」

「よろしい。5番くん、聞こえますか?」


『こちら5番。聞こえている。そちらは今日も快適か?』

「皮肉が言えるくらいに順調なようですね。異界の門は制圧しましたか?」


『バカを言ってくれるな3番。そう簡単に事が運ぶはずがないだろう。外部からの襲撃部隊が突入して来たタイミングで異界の門は押さえる』

「冷静な判断力もまだあるようで安心しましたよ。もう潜入して1ヶ月ですからね。そろそろストレスで思考が鈍る頃かと思いましたが」


『くだらん会話に割く時間はない。異界の門の先の情報を入手した。異世界の名前はウォーロストだそうだ。アトミルカのシングルナンバーは全てそちらに送致されているらしい。私のいる階層で知り得たのはその程度だ。あとは技術屋に任せる』


 ここで2番が横からマイクを奪う。


「2番だ。襲撃計画の準備は進んでいる」

『これは2番殿。お声を聞くのは久しぶりですな』


「そうだな。1番様からの勅命がくだった。襲撃部隊には私と3番も加わる。つまり、カルケルは完全に制圧できると言う事だ。あとは5番。貴様がウォーロストとやらに潜り、旧シングルナンバーを優先して可能な限りの戦力を解放しろ」

『了解しました。簡単に言ってくださるものだ』


「貴様の力量を考えれば、当然の命令だと思うが」

『買い被りにならぬよう、気を付けましょう。では、そろそろ通信を切ります』


 5番がどういった方法でヴァルガラと連絡を取っているのかは不明だが、彼は通信を終える。


「3番様。カルケルのサーバーが復帰します」

「よろしい。では、適当におちょくった文章でも送って回線を遮断しなさい」


 探索員協会の防衛任務よりも先に手を打っていたアトミルカ。

 協会本部は先手を取られた形になるが、まだアドバンテージを完全に持っていかれた訳ではない。


「では、私は森に行って来る。モンスターが出たらしいのでな」

「2番様は勤勉でいらっしゃる。その地位にありながら鍛錬を怠らないとは」


「モンスターを狩るのはただの趣味だ。鍛錬や住民どものためではない。留守は任せるぞ」

「はっ。お任せください」


 お気付きの方もいるだろう。


 彼らは、監獄ダンジョン・カルケルにいる逆神家について言及していない。

 そうなのだ。

 現状を整理すると、探索員協会はアトミルカの潜入に気付けていないが、アトミルカも探索員協会の防衛任務を察知できていない。


 つまり、襲撃のタイミングを選べるアトミルカが有利である事は変わらないが、既に手を打っている探索員協会も完全な後手に回っているとは言い切れない状況にある。

 ならば、その日が来るまでにより盤石な準備をした方が有利に戦いを勧められるのは必定。


 両陣営の司令官。

 2番と南雲修一。この2人の采配が命運を分けると言っても良いだろう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ぶふぅぅぅぅぅぅぅっ!! げっほげほっ! あっ、ダメだ! 久しぶりにコーヒー噴いたから……! き、気管に入った……! ゔぉえ!! げっふげふ」



 はい。こちらが探索員協会の命運を握る、我らが筆頭監察官です。



「……お排泄物が過ぎますわ。山根さん? この白衣をお借りしても?」

「あ、それ南雲さんのヤツなんで! 全然オッケーっす!!」


 小鳩は白衣を床に叩きつけて、それを足で踏んでコーヒーを拭き取った。

 その表情は冷めきっており、一部特殊な層には大絶賛される事間違いなしだったとか。


『山根さん。こちら、福田です』

「どうしたっすか?」


 南雲監察官室のモニターが起動する。


『カルケルのサーバー、正常化しました。制御権も無事に取り戻しています』

「さすがっすねー! 南雲さん、ほら、聞いたっすか? ピンチは去ったっすよ!!」


 南雲は白いシャツをコーヒー色に染めたまま、モニターの前の席に座る。


「あ、ああ。良かったよ。ご苦労だった、福田くん。一応、逆探知を。それから、どこのどんな情報を閲覧されたのか確認してくれ」

『了解しました。もう数人のオペレーターに作業をしてもらっています。カルケルの制御室でも同様の対応がされているかと』


 そう言うと、福田は「失礼します」と締めくくり、通信を終える。


「これ、もしかすると敵さんは既にカルケルの中にいる感じっすかねー」

「そうだろうな。察するに、定時連絡の1回目を試したと言うところだろうか」


 南雲監察官、素晴らしい推理力を見せる。ほぼピタリ賞である。

 汚名をすぐに雪ぐ男、南雲修一。


「とりあえず、我々も逆神家と言う武器を既に送り込んでいるからね」

「はい。南雲さん。新しいコーヒー淹れ直したっすよ」


「ああ、ありがぶふぅぅぅぅぅっ!! 濃すぎるよ!! げっほ、げほ! さっきむせたばかりだから! 喉が……! ゔぉえ! げっほ、ゔぉえ!!」



「……お排泄物。……わたくし、帰ってもよろしくって?」

「南雲さん、こっち向いて! はい、撮るっすよー! ぷーっ! 最高の写真が!! ぷーっ!!」



 南雲修一。

 今回、彼の戦いはコーヒーの裏切りで幕を開ける。

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