第368話 演技派じいちゃん、逆神四郎 監獄ダンジョン・カルケル 第3層

 逆神四郎。


 彼もかつては異世界転生周回者リピーターとして、2つの異世界を平定した男。

 さらに、逆神大吾を鍛えて次代の周回者リピーターを育成し、代々伝わる崇高な使命(笑)を継承した。


 彼は大吾が異世界で修行をしている間も自己の研鑽を欠かさなかった。

 生活するに不自由しない程の蓄えは先祖から受け継いでおり、ならば生まれてくるかもしれない次々世代のためにと修行を欠かさなかった。


 大吾が結婚し、六駆が生まれ、大吾がギャンブルを覚えてエチケットを忘れ男3人の暮らしになってから、四郎は主に家事をこなして生活していた。

 また、異世界の刀匠に学んだイドクロア加工技術を生かして鍛冶にも勤しんだ。


 四郎が割と建設的な事をしている一方で、驚くほどの速度をもって減っていく貯蓄。

 彼が気付いた時には既に手遅れであり、「むしろ借金してないだけマシじゃったわい」と自分を納得させたのが、逆神六駆15歳の頃。


 四郎は息子の大吾ほどどうしようもない男ではないが、そのどうしようもない男を止めようとしなかった罪はある。

 だから、今回の作戦にも積極的に参加を決めたのである。


 さて、息子はいきなり懲罰房に叩き込まれて、孫はいつものように力技で居場所を確保したが、逆神家の最長老はどうか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「どうも、はじめまして。ワシは逆神四郎と申しますじゃ。このような老いぼれが場所を1人分取ってしまい申し訳ないが、仲良うしてくださらんか」


 四郎が最初に行ったのは、自己紹介だった。

 そこから流れるように「よろしくお願いします」と頭を下げる。



 逆神家の人間とは思えないトリックプレーを魅せる老兵。



「なんだ。あんた、善良そうなのに。何して監獄送りになったんだい?」

「ワシは鍛冶を生業にしておった時期がありましての。その流れでついついスキルを使ってしまいましてのぉ」


「へぇー。刀鍛冶か! じゃあ、おじいさんも異世界で色々と学んだんだ?」

「ええ、ええ。異世界の技術をうっかり現世に持ち込んでしまったのですじゃ」


 四郎はきっちり台本を読み込んできていた。

 それどころか、役作りまで済ませている。


「ここの階層にいるヤツらは、だいたい創造系のスキル使って捕まってんだよ。あっちのボブはスキル使って偽札作り。こっちのトムは宝石の複製」

「まあ気楽に行こうよ。トムだ」


「ははあ。皆さん、色々とやられてるんですのぉ。して、あなたは?」


「オレは拳銃さ。煌気オーラ撃ち出す拳銃を闇のルートで捌いてたらヘマしちまってな。名前はマイク。よろしくな、じいさん」


 カルケル第3層は構築スキルや製造スキルの悪用によって逮捕された囚人がメインで収監されている。

 加えて、何故だか英語の教科書に出て来そうな、覚えやすい名前の者たちばかりだった。


 親しみやすい名前の彼らは煌気オーラの扱いに長けている一方で、煌気オーラを戦闘用スキルに転用する事ができない。


 つまり、手錠で煌気オーラを封じられた後は限りなく一般人に近い者で溢れている。

 四郎がこの階層を担当するのは、当然だが彼に配慮したものだった。


 ステルスサーベイランスも四郎のすぐ近くを飛んでいるが、下手をすればそのサーベイランスだけでも第3層を制圧できるかもしれない。

 そんなサーベイランスから声が届く。


『こちらは、協会本部。カルケル潜入任務担当オペレーター。日引春香Aランク探索員です。逆神四郎さん、聞こえますでしょうか』

「ほいほい。聞こえとりますじゃ」


 小声で呟いた四郎だったが、不思議そうにしているマイクと目が合った。


「どうした、じいさん。何かあれば遠慮なく言えよ」

「これはどうも、痛み入りますじゃ。ワシは日課の念仏を唱えようと思うので、少しばかりぶつぶつとうるさいかもしれませんが、気にせんでください」


「そうか。ジャパニーズスタイルの祈りだっけか? じゃあ、邪魔しねぇようにみんなに言っとくよ! しっかり好きなだけ祈りな! 飯の時間になったら呼ぶからよ!!」

「お心遣いに感謝しますぞい。マイクさん」


 アドリブ力も見せつける逆神四郎。

 老練な言い訳を駆使して、通信を不自然なく行える環境を創り出していた。


 さすがは構築スキルのプロフェッショナル。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 本部にいる日引も我々と同じ感想を抱いたらしい。


『すごいですね、四郎さん。すごく自然な感じで、それにとても上手な理由付け! これなら通信も常時可能です。お見事です!』

「いやいや、この程度の事はできなきゃいけませんからのぉ。年寄りは適当なホラ吹いてなんぼですじゃ」


 「ふふっ」と笑った日引は、現状の情報共有へと移行する。


『まだ第3層に四郎さんが入られて2時間ですが、何か違和感を覚えたりはないですか?』

「申し訳ないですがの。今のところはサッパリですじゃ」


『あ、いえいえ。それは当然ですから、気にしないでください。それと、体調はいかがですか? 五楼上級監察官から、四郎さんのコンディションには特に留意するように言い付けられていますので。何かありましたら、すぐにおっしゃってください』


 四郎は頭をかいて「こりゃあ助かりますじゃ」と続けた。


「お給金を頂く以上はワシじゃて一端の戦士として家を出とりますからの。過分なご配慮は無用ですじゃ。とは言え、若い娘さんに優しくしてもらえるのは特権ですかの。ほっほっほ」


 日引春香Aランク探索員は、かつて久坂剣友監察官のオペレーターも務めた事がある。

 彼女の人当たりの良さは、老兵たちと相性が良いらしい。


『四郎さんの方で何か知りたい事はありますか?』

「そうですのぉ。しいて言えば、息子と孫が上手くやっとるのか気になりますかのぉ」


『逆神六駆Dランク探索員は既に第5層で自分の空間を確立しています。さすがですね。これも四郎さんのご指導の賜物でしょうか』

「ほほう。やっぱり六駆はやりますのぉ。あの子は勝手に強くなっていきますからのぉ。ワシなんかは、食事を作ってやることくらいで。して、大吾は?」


 日引が「うっ」と言って、言葉に詰まる。

 名実況を得意とする日引春香を口ごもらせるとは、大吾もなかなかやる。



『……逆神大吾さんは、懲罰房に3日間の収容が決まりました』

「ワシの不徳の致すところですじゃ。ほんにお恥ずかしいですのぉ」



 四郎は思った。

 「大吾はダメそうじゃから、ワシがしっかりせんといかんぞい」と。


 そこに存在するだけで他者が気を引き締めざるを得なくなる存在。

 その名は逆神大吾。


 四郎は「子育て、どこで間違えたんじゃろなぁ」と頭の中で思い出のアルバムをめくりながら、監獄生活をスタートさせた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃、南雲監察官室。

 逆神家をカルケルにぶっこんでから、3時間が経過していた。


「ごめんね、塚地くん。山根くんがオペレーター室に行っちゃってるからって、資料の整理手伝わてさ。助かるよ」

「いえいえ。わたくしだっていつまでも学生気分ではいられませんわ。南雲監察官室に出向の身ですもの。お仕事だっていくらでも振って下さいまし」


 南雲と小鳩が、カルケルの膨大な資料から必要なものをピックアップしていた。

 そこに駆けこんで来る山根。


「ああ、山根くん。お疲れ様。君もどうだね。コーヒー飲んで行く?」

「あざーっす! ところで南雲さん!」


「うん。どうしたのよ?」

「……よし。コーヒー飲んだっすね」


 山根は言った。



「カルケルのメインサーバーが乗っ取られました!」

「ぶふぅぅぅぅぅぅっ!! ウソでしょ!? タイミング良すぎない!?」



 久しぶりにコーヒーを噴く南雲を見て、小鳩が呟いた。


「……お排泄物ですわ」

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