第367話 逆神六駆、新人いびりの洗礼を受ける 監獄ダンジョン・カルケル 第5層

 監獄ダンジョン・カルケルに収監されたスキル犯罪者は、手錠によって煌気オーラを封じられる措置を施されている。

 言うまでもない事ではあるが、スキルを使用不可にするためである。


 スキルを悪用して犯罪をしでかした者を1か所に集めるのだから、その元凶であるスキルを封じるのはピザポテトを食べる時にコーラを準備するくらい当然の用意。

 もちろん、逆神家三代も例外なく、煌気を封じる手錠をはめられていた。


「ふぅぅぅんっ!! ああ、スッキリした!」



 その手錠を第5層に着いて2分で叩き壊したのが、「僕を縛る事が出来るのはお金だけですよ」のセリフでお馴染み、逆神六駆。



 ステルスサーベイランスが飛んできて、六駆の耳元で囁いた。


『逆神くーん。手錠ぶっ壊すのはいいっすけど、ちゃんと偽装しなくちゃっすよ』

「あ、これはうっかり!! 『贋作複製レプリカリル』!」


 ちなみに、監獄ダンジョン・カルケルの全階層には囚人が手錠を破壊した際に備えて、煌気オーラを無効化する電磁波が常時放たれている。

 六駆のいる第5層にも当然それはある。



 「だからどうした?」と言われると、何も言えなくなるのでご容赦願いたい。



 六駆の煌気オーラを抑える事が出来るのは、この世でお金だけ。

 人間に限って言えば、小坂莉子だけである。


「あー。お昼ごはんってまだですかね?」


 そのどちらもなければ、六駆は常にフリーダム。

 超高速のWi-Fiが完備されているネットカフェのようにカルケル第5層は居心地が良い。


『逆神くん、周囲に人の反応が多数あるっすよ。4、いや6人。囚人のお仲間っすね』


 逆神六駆受刑者のサポートは、南雲監察官室の頼れるオペレーター。

 山根健斗Aランク探索員が務める。


 彼らの関係についてはもはや言及するまでもないだろう。

 友達を飛び越えてマブダチまである。


「なんでしょうか? あ! ウェルカムドリンクかな!?」

『一応先に言っとくっすけど、いきなり目立っちゃダメっすよ!』


「はーい! 任せといてください!!」

『いやぁ! 清々しいほどにフラグっすね! 自分、見守ってるっす!!』


 山根との通信が途切れたところで、囚人たちが六駆を取り囲む。

 どうも、歓迎パーティーをしてくれる雰囲気ではないようだった。


「よぉ! 新入り! てめぇ随分と若いな? 年は?」

「どうも! 僕は今年で18歳になります! でもまだ17歳! 心は永遠に17歳!! 逆神六駆! 高校三年生です!!」


 六駆は元気よく自己紹介をした。

 探索員の身分を隠す必要があるとは言え、六駆に「高校生です!」と名乗られると、なんだかモニョっとした気持ちになるのは何故か。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「がーっはは! 17歳のクソガキかよ!! どうせ、スキル使ってエロ本万引きでもしたんだろ!? くだらねぇなぁ!」


 集団の中で、どうやらリーダー格と思われる男があいさつ代わりに六駆を挑発する。


「えっ!? あなた、万引きで捕まったんですか!?」

「バカ野郎! オレは銀行強盗だ! そんなしょっぺぇヤツと一緒にするな!!」



「えっ!? 結局捕まったんですよね!? それで今、銀行強盗したって事実でもしかして、僕からマウント取ろうとしてます!? 捕まったんですよね!?」

 六駆くん、正論で殴るのはヤメて差し上げろ。



「こ、この野郎……!! 舐めてんな!?」

「えっ!? 完全犯罪し損ねて捕まった人をここでは敬わないといけないんですか!?」


 諸君。お気付きだろうか。

 逆神六駆と言う男、犯罪者と極めて相性が悪い。


 犯罪に手を染める者は裏の道を歩く必要に迫られる、あるいは裏の道から楽をしようと画策した者で大半が占められる。

 対して、六駆は正道を行きながら楽をしようと画策している者である。


 両者は似ているようで、凄まじい勢いの隔たりがある。


「おい、てめぇら! ローリングフォーメーションだ!!」

「銀行強盗さん、何するんですか!?」


「がーっはは! 今から礼儀知らずのバカを懲らしめるのよ! このローリングフォーメーションの意味を教えてやる! 子分たちがお前とオレを取り囲んで回転する事により、監視カメラと看守の目を避ける事が可能だ! つまり、分かるな?」



「バカなんですか!? えっ、ちょっと意味が分からないなぁ! さすが、銀行強盗して捕まる人は頭の中が別格ですね!!」

「よーし、分かった。てめぇは今から半殺しだ!!」



 早速騒ぎの渦中へと出て行って、ダンスダンスレボリューションを始める六駆。

 ステルスサーベイランスは沈黙を貫いている。


 想定の範囲内だからに他ならない。


「オレ様の握力を教えてやろうか? がーっはは! リンゴを握りつぶせるほどだ!!」

「リンゴがもったいない!!」


「減らず口を叩けるのも今のうちだぜ! お前の頭もリンゴになるんだからな!!」

「リンゴの前に潰れたってつけないと、頭がリンゴの形をしたゆるキャラみたいに聞こえますね!!」


 逆神六駆、かつてないほどの舌戦を繰り広げる。


 彼の脳は目下、異世界転生周回者リピーターから日常へと回復している道中にある。

 対して、短絡的な理由で犯罪を企て、それが失敗した者の知能指数は。


 計算してみると、六駆がギリギリ勝っているのである。


「よし、おめぇら! ローリングフォーメーションのスピードを上げろ!!」

「日本ではかごめかごめって遊びがあるんですけどね。あっちの方がはるかに高尚だなぁ。もう2人くらい顔色悪いですよ。ヤメさせてあげてください」


 ローリングフォーメーションは参加するだけで三半規管にダメージを喰らう諸刃の剣。

 三半規管に不安を抱える六駆は、親切心から助言を与える。


「喰らえぇい! リンゴパンチ!!」

「……ちょっと僕、ここでやって行けるか不安になって来たなぁ」


 銀行強盗さんが右の拳を六駆の顔面めがけて振り抜いた。

 我々に分かる事は、このあとすぐ銀行強盗さんが酷い目に遭う事と、もし彼が仮にアトミルカの刺客だったらとんでもない演技派であると言うことくらいである。



「ふぅぅんっ! 『豪拳ごうけん100分の1コユビダケダヨ』!!」

「あぺぇぇぇっ!! ひ、ひぃぎぇぇぇぇっ!?」



 六駆はほんの少しだけ煌気オーラを込めた拳で、銀行強盗さんを小突いた。

 それは、アクエリアスで満たされたグラスに一滴ほどポカリスエットを垂らすほどの極わずかな変化であり、当然監獄の感知システムは作動しない。


「ひ、ひげぇ、オレの歯が!? あ、痛い! 痛い痛い痛い!!」

「うわぁ、すみません! もう、信じられないくらいの手加減したつもりだったんですけど!! 大丈夫ですか!?」


 こうして、逆神六駆に対する新人いびりは終了した。

 眼前には、ローリングフォーメーションでフラフラになった銀行強盗さんの取り巻きと、六駆が日本人らしいと察して、土下座と言うジャパニーズスタイルで深く謝罪をする第5層の主の姿があった。


「ヤメてくださいよ! 目立つと怒られるんですよ、僕! ほら立って! ええと、銀行強盗さん、名前は?」

「ウィリアム・フリードリヒ・フォン・ラングニールです」



「そぉぉぉぉぉいっ!!」

「ひげぇあぁいぃぃぃぃぃっ!! な、何がお気に障ったのでしょうか!?」



「あ、すみません。なんか偉そうな名前だったので、つい。そんな名前で銀行強盗するなよ! するならせめて完遂しろよ!! とか思っちゃいまして」

「あ、はい。なんかすみません」


 監獄ダンジョン・カルケル。第5層。

 軽微でもなく重大でもない犯罪者の収監される階層は、アトミルカが刺客を送り込むにはもってこいに思われた。


 だが、現状は平和そのものであり、六駆はとりあえず快適な空間を求めて銀行強盗さんからフカフカしたクッションを奪い取った。

 さて、逆神四郎の様子はどうだろうか。

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