第55話 探索員協会本部に動きアリ

 探索員協会本部は西日本のとある県にある。

 これは、世界で初めて出現したダンジョン、通称【極東ダンジョン】が北部九州にあったため、東京からでは遠すぎると時の政府が判断したことに由来する。


 協会本部では、現在日本にある67のダンジョンを全て管理している。

 危険度や魅力的な異世界に通じていると思われるものから順番に、探索員のランクと同様のアルファベットで区分されており、上はAから下はFまでの6段階。

 ただし、「明らかに異質なダンジョン」と判断されたものには、例外的にSランクと表記される。


 協会本部の意思決定は、8人の監察官と2人の上級監察官によってなされる。

 もちろん、彼らも探索員。

 現役を退いて監察官になった者もいれば、今でも現場主義でダンジョンに潜りながら監察官を兼務している者もいる。


 現時点でハッキリと明言できるのは、いずれの監察官もくせ者揃いであると言う事である。


 監察官、南雲なぐも修一しゅういちは37歳。

 元は探索員として、5つのダンジョンを攻略し、3つの異世界との間に国交を築いた輝かしい経歴を持つ。

 今は現場から離れ後進に道を譲り、自分は研究職に就いているがその実力は未だ衰えておらず、Sランク探索員の称号を持っている。


 そんな南雲が気になっているダンジョンがあった。

 H県御滝市に出現した、御滝ダンジョンである。


 御滝ダンジョンはダンジョンの基本的な法則を無視するような構造をしており、Bランク探索員がわずか第3層で返り討ちに遭ったと報告を受けてから、彼はさらに注視していた。


「南雲監察官! ご報告があります!!」

「なんだい、騒がしいな。私は今、高純度の人工イドクロアの生成にかかっているから、緊急時以外は呼ぶなと言っておいたはずだが?」


 南雲のメガネの奥の瞳は、実に不愉快そうに職員を一瞥いちべつする。


「そ、それが! 御滝ダンジョンが攻略されました!」

「なんだと!?」


「南雲監察官から、御滝ダンジョンに動きがあった際には何を置いても知らせよとのことでしたので、あの、大変お忙しいところかと思いますが」

「ああ、御託はいい! 攻略したのはどこのパーティーだ? Aランクか? それとも、Sランクか!?」


「は、はい! ええと、あの。Dランクのリーダーが束ねている、新造のパーティーです」

「Dだと!? ……ああ、なるほど。張りぼてのリーダーを据えて、牙を隠しているタイプか。食えないな。パーティーの構成を教えるんだ」


 南雲はコーヒーを淹れて、気持ちを落ち着けるべくゆっくりと口に含む。

 彼のコーヒーにはこだわりがあり、独自のブレンドにベストな焙煎を施した至高の一杯は、思考を落ち着け、新たな閃きをもたらしてくれる相棒である。


「間違いでなければ、リーダーが小坂莉子。17歳。Dランク。団員は2人で、椎名クララ。19歳のCランク。逆神六駆。17歳。Dランク。あ。結成して2週間ほどです」


「ぶふぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」


 南雲の口から思考を整える至高の相棒が噴出された。

 彼はまず、職員の目を疑った。

 乱暴に資料を「寄越すんだ!」と取り上げて、自分の目で確認する。


 そこには確かに職員が読み上げた情報が記載されており、今度は南雲が自身の目を疑う事となった。


「き、記録石は!?」

「こちらにございます!」


 本田林の手によって協会本部に送られた記録石は、厳重に保管されていた。

 不正な改ざんや不慮の故障を防ぐためである。

 ダンジョン攻略を成し得たパーティーの記録石にはそれだけの価値がある。


「よ、よし!」


 南雲は自分のデスクにある解析システムに記録石をはめ込んだ。

 3人のいずれの記録石にも、新種のモンスターが映っており、巨大蜘蛛リコスパイダー、岩の巨兵、そして人工竜リノラトゥハブのデータを見た南雲は、震えた。


 未知なる構造のダンジョンに新種のモンスターが多数。

 これほど彼の好奇心を掻き立てられる存在はない。


 一体、どこの異世界に通じているのか。

 急ぎ記録石の解析を進めたところ、待っていたのは「攻略完了。最下層にて行き止まり」の記録。


「そんなバカな事があるか!!」


 それから2日ほど、南雲は寝食を忘れチーム莉子の記録石の解析に掛かり切りになった。

 シミリートのデータ改ざんは完璧であり、南雲を手こずらせる。

 だが、彼は若くして監察官になった、生粋の研究者。


 40時間を超えた辺りで、ついにシミリートの改ざんを見破る。


「なんだ、これは。ここまで高度な技術を持つ異世界に行って、どうしてその事実を隠す!?」


 シミリートも万が一に備えて、二重のプロテクトを仕掛けていた。

 仮に改ざんしたデータを突破された場合は、ミンスティラリアでの行動の大半を隠匿するようにイドクロアに細工していたのだ。

 現世と異世界の研究者の勝負は、引き分けと相成った。


「い、意味が分からない……! 何なんだ、このチーム莉子という、ふざけた名前のパーティーは!? 一体、何がしたいのだ!?」


 何がしたいのかと聞かれると、「逆神六駆が隠居をするために小金を稼ぎたい」が彼らの行動指針なのだが、明らかに異常な力を持つパーティーが、何故か全員低ランクで、オマケに異世界に行っているにも関わらずその記録を隠している事実と、六駆おじさんのほんわかぱっぱな思惑が重なり、南雲の優秀な頭脳はパンク寸前まで追い詰められた。


「よ、よし。良いだろう。チーム莉子。お前たちの真価を見せてもらおう!!」


 彼がチーム莉子に対して【ダンジョン探索要請】を送ったのは、六駆と莉子の夏休みが終わり、9月に入ったばかりの頃だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 一方、その頃のチーム莉子は。


「嫌だ! どうして学校に今更行かなくちゃいけないんだよ! 嫌だ、嫌だ!! 若い子ばっかりいる場所は怖い! あと、自分と精神年齢同い年くらいのおっさんとかに偉そうにされるのも嫌だ!」


「もぉぉ! 何言ってるの!! 六駆くん、高校生なんだから、ちゃんと学校に行かなきゃだよぉ! 探索員の規約にもあるでしょ? 学生の探索員は、その本分に支障をきたす場合、資格をはく奪するって!!」


 六駆おじさん、必死の登校拒否を図っていた。


 学校に行かなければ探索員の資格を失い、夢の隠居生活の設計図は脆くも崩れ去る。

 しかし、彼にとってはほぼ30年ぶりの登校。

 絶対に行きたくないと、布団をかぶって籠城戦に打って出るのも辞さぬ構え。


「ほーらぁ! 制服着て! 六駆くんが探索員じゃなくなったら、わたしも困るんだからね! 師匠なんだから、弟子の前で恥ずかしい恰好を見せないでよぉ! せっかく異世界でカッコいいところ結構見れたのにぃ!!」


「嫌だぁぁ! 学校なんか行きたくない!! 嫌だぁぁぁぁ!!!」


 共犯者同盟の絆が、何となくくすんだ色になろうとしていた。


 そんな彼らに再びダンジョン攻略の機会が訪れるのは割とすぐの事なのだが、未来の献立を知る由もない2人は、しょうもない事で束の間の平穏を浪費していた。




 ——第1章、完。




◆◇◆◇◆◇◆◇



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 これからも拙作が皆様の日常のほんの箸休めの時間になるように、日々精進してまいります!

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