第1300話 また明日

 その夜、ミンスティラリア魔王城でささやかなパーティーが催された。

 長く長い、本当にちゃんと終わるのか何度も不安になった、とても長い、永遠に続くのではないかとやっぱり不安になった1日が終わったのだ。


 それはもう、戦い抜いた戦士たちにはちょっと羽目を外すくらいの権利はある。

 料理番はもちろんこのトラさん。


「ぐーっはははは!! 吾輩の腕はまだまだ唸りをあげておりまするぞ!! 戦いよりもこちらが本分!! いくらでも料理は作りまする!! 皆様方!! どうぞどうぞ! ご遠慮なく食べて頂けますれば吾輩も嬉しゅうございまする!! 唐揚げが揚がりましたぞ!! 六駆殿!!」

「うわぁ!! もうお腹いっぱいって言ってるのに!! なんで料理が好きな人ってみんなお腹いっぱいって言ったところをスタートにするんだろう!!」


 みつ子ばあちゃんはバルリテロリに行っているため不在。

 小鳩さんも今夜は主賓なので厨房に入れてもらえない。


 代わりにこちらのメンバーが厨房入り。


「すまぬな。妾は料理と言えば食べられればそれで構わん主義ゆえ、凝ったものはできぬ。華やかなものも作れぬ……。シチューをいくつか用意してみたが。六駆、食べてくれるか?」

「うわぁ!! 断りにくい!! じゃあ食べます!!」


「私、照り焼きをたくさん作って来ましたよ!!」

「えっ!? すみません、やっぱりもういらないです!!」


 アトミルカからアリナさんとバッツくんが引き続きお料理班としてお疲れ様会を盛り上げる。

 とはいえ、六駆くんは省エネに出来ている男。

 異世界転生周回者リピーター時代には食べるものなんかない状態で1ヶ月くらい平然と過ごしていた事もあったゆえ、ある程度食べると満腹中枢が「もうヤメとけ」と指令を飛ばす。


「あ! ごめんなさい!! 油淋鶏を揚げたんですけど、皆さんもういりませんよね!! 持って帰ります!」

「リャンさん。私と一緒に食べましょう。これだけの量があれば1週間は不自由しません。助かります」


 リャンちゃんはミンスティラリアに住まいを移すために、今晩からザールくんの家で同棲を開始する事が決定済み。

 ザールくんと仲良くおもてなしサイドに立っている。

 彼女も充分すぎるほど戦ったのに、なんと健気な姿か。


「にゃはー!! あたしまだまだイケますにゃー!! ビールに合う!! 揚げ物は何でもウェルカムですにゃー!!」

「ほこの摂取カロリーが3000を突破しました。ステータス『なぜこいつはこのスタイルを維持できるのか』を獲得。鉢植えに挿して育てます」



「モグモグモグモグ……。あ。六駆くん、食べないならわたしが貰うね? お料理冷めたら可哀想だもん。モグモグ……。ふぇ? グアル草のサラダ? んーん。それは大丈夫」


 一騎当千の猛者フードファイターな莉子ちゃんは未だに戦っていた。

 こんなに楽しい戦いならば毎日でも構わない。



「みみみみみっ。天下一武道会の前のご飯食べてるシーンみたいです。みみみっ」

「ややっ。芽衣先輩、さすがのご慧眼ですね! 素晴らしい喩えで興奮します!!」


 チーム莉子の低身長コンビ。

 芽衣ちゃんとノアちゃんはもうごちそうさま。

 今はダズモンガーくんの作ってくれた練乳入り牛乳寒天を頂いてほっこり。


 サーベイランスが鳴っているのに誰ひとりとして反応しないので、小鳩お姉さんがテーブルを立つ。


「はい。こちら塚地小鳩Aランク探索員ですわ。あら、南雲さんですの? ええ。六駆さんなら莉子さんの隣で胃薬飲んでおられますけれど。急用ですのね。かしこまりましたわ。サーベイランスをスピーカーにしても? この赤いボタンですわよね? 分かりましたわ。六駆さん! 南雲さんからですわ!!」

「えっ!? いないって言ってもらえます!? 多分、親父がなんかしたんだと思うので! それ、うちの家族じゃありませんって伝えといてください!!」


 サーベイランスから随分と疲れた声が響く。

 日本本部で別れてから5時間ほど経っており、その間もずっと働き通しの南雲修一上級監察官。

 早く帰って妻のお腹に耳を当てて「もう動きますかね!?」「ふっ。バカ者が。まだ安定期にも入っていないというのに」とか、夫婦の営みをやりたいのに立場がそうさせてくれない。


 前任の上級監察官は多分だが、今頃は桃色の豪華な寝室で桃色のパジャマを着たお姫様の桃とよろしくやっている頃だろう。

 福田さんが帰って来てくれないのは、彼がトマト食えないせいである。


 全てが南雲さんの味方をしない。

 これが帰って来た日常。

 ホッとするまである。


『……もう喋ってもいいかな?』


 どうぞ。上級監察官殿。


「あーあー!! 聞きたくない!! 莉子のモグモグ聞いてますからね! 僕!!」

『いや、逆神くん。そりゃないよ。大急ぎで済ませたって言うのにさ。あのね、よく聞くんだよ。周りにあるものを投げたり、スライディングしてはしゃがないでね?』



「えっ!? 親父が死んだんですか!?」

『えっ!? ごめん! そこまでを期待させたなら、そこは本当にごめん!!』


 それは本部でもつ鍋食ってる。諸君、ご安心召されよ。



 南雲さんが咳払いをしてから、短く言った。


『君の凍結されていた資産。主に預金口座だけどね。全部、無事に回収できたよ。確認してご覧。今回の報酬も合わせて振り込んであるから。私も引くくらい稼いだねぇ、逆神くん。3億円近い額があるはずだよ』

「えっ!?」


 パーティー会場が水を打ったように静まり返った。

 六駆くんの資産が戻って来た。

 しかも増えてる。3億である。


 300000000。

 0がいっぱい。


 つまりそれは、彼がもう探索員をやらなくても済む事を意味する。

 急なお別れの時がやって来た。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「……みみっ。ついに来ちゃったです。みっ」

「そうですわね。寂しいですけれど」

「興奮できません!! ボク、逆神先輩からしか得られない興奮があるんです!!」


 全てを察した3人の乙女が各々の感想を述べた。


「………………………………?」

「うにゃー。瑠香にゃんには後であたしが教えてあげるにゃー。それより、莉子ちゃんのモグモグを止めて来て欲しいぞなー」


「………………………………? ぽこますたぁ? 今、瑠香にゃんに『死ね』と言いましたか?」

「にゃはー!!」


 静かな会場に響く、上品な咀嚼音。

 莉子ちゃんは食事際してどれ程の量を平らげようとも、その所作は美しい。

 これはモグモグタイムのマナー。


 来た時よりも美しく。

 汁の一滴だって残さない。

 皿の端に残すのは付け合わせの野菜だけ。


「モグモグモグモグ……。ほえ?」


 やっと「なんかみんな、ご飯食べてないね。もうお腹いっぱいなのかな?」と気付く莉子氏。

 気付くところはそこで良いのかどうか、これは大いに議論を呼びそうだが、とりあえず異変に気付いたので良しとする。


「莉子」

「ふぁっ!? プロポーズ!!」


「えっ!? それはクリスマスにしたよね!?」

「ふぇぇ……。恥ずかしいよぉ……モグモグ……」


「あのさ。僕、目標にしてた隠居できるお金。貯まったみたいなんだよね」

「そうなの!?」


 小鳩さんがチーム莉子のお姉さんとしてみんなの意見を代弁した。


「ええ……。莉子さん、南雲さんのお話を一切聞いてませんでしたのね……」


 飯食ってるんだ。

 飯の時間にまで仕事の話を持ち込むのマナー違反なんだ。


 莉子ちゃんは悪くない。

 諸君。そうであろう。


「だからさ。僕、隠居しようかと思うんだけど」

「じゃあ、わたしも!! わたし、辞める!!」



「あ。莉子は探索員辞めるの? そっか。じゃあ、これからは少しだけど一緒に過ごす時間が減っちゃうね。でもまあ、そのうち結婚するんだし。まあ、いいか!!」

「ふぁ? ………………………………ふぁー?」


 莉子ちゃんの口の端から危うくコーラが泡立って噴き出すところだった。



「ちょ、ちょちょちょだよ!? 六駆くん、隠居するって言ったのに!? なんでわたしだけ辞めるの!?」

「えっ!?」


「えっ!? じゃないよぉ!! 怒るよ!?」

「えっ!? あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! ごめんごめん!! 違うんだよ、莉子!! 僕、隠居するよ!? たださ、隠居しても趣味くらいは何かしたいじゃん!! で! 僕の趣味ってやっぱりスキル使うことだからさ!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!? ちょっと待って莉子、お願い!! 多分これから僕、大事な事言うから!! リコラッシュ、1回止めて!!」


 シュババババババと繰り出さされていたちっちゃな手がピタッと止まる。

 「あ。言って良いんだ」と判断した最強の男。

 彼は言った。


 それが当然のように。

 これからも当たり前のように続くと言わんばかりに。


「だからね、これから先は趣味も兼ねて探索員やっていこうかなって。もうお金に執着しなくて良いからさ。ダンジョン攻略なんか、またやろうかなって。まあ僕には生ぬるいけどさ。生ぬるいくらいの刺激が趣味としてはちょうど良いんだよね」


 水を打った静けさはそのまま続いた。

 ぽつりぽつりと乙女たちが所見を述べる。


「うにゃー。これまでの全部を生ぬるいって言ったぞなー」

「みみみみみっ。さすがです。みみっ。芽衣はその領域まで行きたくないです!!」

「同感ですわ。あと、わたくしは結婚したら辞めますわよ」

「興奮してきました!! ボクたちの興奮はこれからだ! ふんすですね!!」

「………………………………?」



「という訳で、莉子! また明日から! リーダーよろしくね!! 僕、好き勝手やるからさ! やっぱり隣には莉子がいないと!!」

「ふぇぇぇ……!! もぉぉぉぉ!! 六駆くんのバカぁ!! だいしゅき……!!」



 逆神六駆が静かに暮らすための長いようで短く、やっぱり果てしなく長い戦いの歴史はここに幕を閉じる。

 そして、新しく隠居して、静かに暮らしながら続く戦いの歴史が始まるのである。


 それでは諸君、また明日。





 ————完。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る