第186話 かつての英雄、今はダメなところしかないメタボ中年 彼の地にて再び古龍と見える スカレグラーナ 王都・ヘモリコン

「ぐおぉぉぉ! くっ! 引っ掛かった! 腹が引っ掛かった!! ああ、ちくしょう! 出られねぇ!! ぐおぉぉぉぉぉ!!」


 王都ヘモリコンへと到達した大吾。

 いや、これは到達したと言って良いのだろうか。


 現在の彼は、上半身だけヘモリコンに到着しており、でっぷりと太った腹から下はヌーオスタ村に取り残されている。



 気色の悪いイリュージョンを見せるな。



 しかも、出た場所が最悪だった。

 大吾がかつて、30年前に『基点マーキング』を作ったのは王都の城の正門前。

 現在は冥竜ナポルジュロが住処にしている。


 思えば、六駆もミンスティラリアの『基点マーキング』は魔王城の謁見の間に作っている。

 逆神家では「『ゲート』をランドマークに創るべし」と言う家訓でもあるのだろうか。


 違う。


 普通に常識が欠けているだけだと思われた。


「ぐぉおぉぉぉぉ! あ、ヤバい! ジャージのズボンが脱げる! ヤバい、ヤバい!!」

「……貴公。何者だ?」



 逆神大吾と冥竜ナポルジュロ、最悪の形で再会を果たす。



 だが、不幸中の幸いと言えば良いのだろうか。

 冥竜ナポルジュロは、大吾の事を「逆神大吾」と認識していない。


 なんか急に現れた上半身だけで生きているキモいおっさんだと認識している。

 そして、だいたいそれで合っている。


 大吾は大吾で、「古龍ってこんなデカかったっけ?」と首を傾げていた。

 腹ばいになっている姿勢なので、なんだかグラビアアイドルみたいなポージングである。


 甚だしく不快である。


「……貴公。さては現世の者か?」

「おう! 俺ぁ、お前の首を取りに来た男よ!!」


「それは笑えば良いのか? 怒りに震えろと申すのならば、いくらか図々しいが」

「はっ! そんな減らず口を叩いていられるのも今のうちだぜ! うぉぉぉぉ! 俺の下半身よ、今こそへこめ!! あ、いい感じ! 来てる、来てる!! ……あっ」


 こんなことを諸君も伝えられたくないだろう。

 だが、伝える身にもなって欲しい。

 慮ってくれたならば、なるべく薄目で情報を得てもらいたい。



 逆神大吾、ジャージのズボンを取り残して無事に王都ヘモリコンの地に立つ。



 なにが無事なものか。

 大事故である。


「……貴公。一応、名くらいは聞いておこう。さすがに、得たいが知れなさ過ぎるゆえ、我が爪でほふるが、文句はあるまい?」

「ちょっと長生きしてるドラゴンのくせに、偉そうなことを言うんじゃねぇ! 俺の名前は逆神大吾! お前らを昔封印したこの国の英雄様よ!!」


「……は? ……すまぬが、聞き取れなかった。もう一度申せ」


 ナポルジュロ、気持ちはよく分かる。



「何度でも言ってやらぁ! 俺は逆神大吾! 逆神家の5代目当主で、今は息子に養ってもらっている男! そしてお前たちを火山に封印した男だ!!」

「……嘘だと申せ。……それが事実だとすれば、あまりにも酷ではないか」



 彼の地の英雄と冥竜。再びまみえる。

 今回は本当に冥竜を応援したい者も多いかもしれない。


 それを止める権利など、誰にもないとだけ付言しておく。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『逆神くん。色々と言いたい事があるんだけど。良いかね?』

「ヤメてくださいよ! 僕、今、結構死にたいんですから!! ジェロードさん! 僕の体を八つ裂きにして良いですよ!!」


 竜人ジェロードは「ふっ」と優しく笑って、首を横に振る。

 その気遣いが六駆にとっては痛かった。


『まず、お父様さ。今、防御力が極めて低いよね? 物理的な防御力もそうだけどさ。社会的な防御力を落として行ったよね? 多分、私より一回りくらい年上だろ? 何と言うか、今すぐどうにかしてあげたいのだが』


 六駆は無言で『ゲート』を出現させる。

 『ゲート』と『ゲート』は煌気オーラを連結させる事で繋ぎ合わせる事ができる。


 例えばミンスティラリアとルベルバックの『ゲート』も同じ原理で、ミンスティラリア側からならば、謁見の間の『ゲート』も魔王城近くの丘にある『ゲート』も、ルベルバックのオアシスにある『ゲート』と繋がれている。


 つまり、現時点をもって、六駆の出現させた『ゲート』で王都ヘモリコンへ行く事ができるのだ。

 ただし、出口は女子供がかろうじて通れるくらいのサイズで非常に小さいが。


「……ふんっ!!」


 六駆おじさん、自分の親父の落とし物を指で摘まんで、『ゲート』の向こうにぶん投げた。



『ああ、君が行って加勢したりはしないんだ?』

「逆にお聞きしますけどね。南雲さんはアレが自分の親父で、そこから親子の共闘! みたいな流れになると思います!? ええ!? 正直に言って下さいよ!!」



 南雲は静かにコーヒーを啜った。

 実に味わい深い、ここ数か月でも会心の一杯に思えて、その理由も明らかだった。


『私の父は田舎で農業をしているから、ちょっと君の気持は分からないな!』

「ほらぁ! 内心では、自分の親父まともで良かったって思ってるじゃないですかー!! やだー!!!」


 南雲が六駆をディスるパターンは恐らくこれが初めてである。

 ちなみに、山根健斗Aランク探索員は先ほどからこのやり取りを記録している。

 理由が必要だろうか。


 彼にとって「面白そうなもの」は全て記録の対象になるのだ。


『逆神くん。それと、まだ問題があるんだけど。聞いてくれるか?』

「聞きたくないって言ったら済むヤツなら聞きません!」


『回りくどい言い方をしたのはごめんなさい。君のお父様、確か剣術とスキルを使い分ける戦闘スタイルだって言ってたよね?』

「親父の事なんか思い出したくもないですけど、多分そうですよ」



『お父さん、武器持ってないよね?』

「ははは! 本当だ! これはけっさく!!」



 心の底から嬉しそうな六駆。

 だが、ここで言葉を挟むのはチーム莉子の清らかな乙女たち。


「六駆くん、ダメだよぉ! わたし、お父さんがいないからさ。六駆くんのお義父さんがいなくなったら、寂しいなぁ」

「にゃははー。莉子ちゃん、多分だけどお姉さんの予想だと、一般的なよそのお父さんとは違う呼び方してるにゃー?」


 実は莉子さん、かつて大吾に「若い子にお義父さんとか呼ばれると興奮する」と言われた際、きっぱりと「その字じゃ呼んでません!!」と否定したことがある。

 どうしてこうなった。


「六駆師匠! 村の鍛冶職人の人たちを連れて来たです! みみっ!!」


 莉子の指示で、クララと芽衣が手分けをして鍛冶職人たちを集めていた。

 当然のことながら、今日まで古龍の眷属によって囚われていた村にまともな武器はない。

 厳密に言えば、村長が隠し通していた秘宝剣ホグバリオンならある。


「絶対に嫌です!!」


 六駆おじさん、まだ誰も何も言っていないのに結論から先に言うな。


 そうなると、大吾のために何か武器を作らなければならない。

 スカレグラーナ人の鍛冶スキルは特上であり、これだけ腕利きの職人が集まっている事を踏まえると、5分もあれば立派な剣が作り上げられるだろう。


 だが、六駆はもっとシンプルな方法を考えていた。

 逆神流の剣術は武器に煌気オーラを纏わせて戦う。

 つまり、金属くらいの強度があれば、なにも剣である必要はない。


 彼は村人たちに「家にある金属製のものを持って来てください!」と指示を出す。

 それは割とすぐに集まった。


「うん。これで良いや。そーれ! はい、あとは親父が何とかするでしょう!」

『ええ……。君の家、本当に殺伐としてるなぁ』



◆◇◆◇◆◇◆◇



 対峙する英雄と冥竜。


「……うぬが逆神大吾だとして。仮にだが、そうだとしてだ。どう戦うつもりだ? 丸腰ではないか」

「ふーはははっ! 俺の賢い息子がすぐに武器を送ってくれるさ! ジャージのズボンだって送ってくれたようになぁ!! おっとぉ、噂をすればだぜ! こいつでお前を倒す! ……おお、六駆。そりゃねぇぜ」


 逆神大吾が手にした武器の名は。



じゃん、これ……」



 おたま。正式名称は玉杓子たまじゃくし

 お味噌汁をおわんによそう時に使う、アレである。


 今から、血戦の火蓋が切られる。

 ……予定である。

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