第185話 ダメ親父、ちょっと異世界に来い 現世・逆神家の庭

 現世の時刻は現在23時30分。

 逆神家では四郎が眠りについた時分であり、大吾が独りで夜のお店へと繰り出そうとしていた。


 そんな折、突然庭に出現する『ゲート』。

 大吾はその音にこそ驚いたが、『ゲート』が出て来た事には特別な感想を持たなかった。


 『ゲート』は六駆の専売特許ではない。

 大吾も使えるし、四郎も使える。

 逆神流のスキルとして汎用性も高いため、彼らが異世界転生周回者リピーターとして崇高なる使命(笑)に駆り出されるまでには覚えさせられるのだ。


「……親父」

「おお! 六駆ぅ! いいとこに帰って来てくれた! 実はさ、お前のくれた生活費をちょっとパチンコですっちまって! 困り果ててたんだ!!」


「ふぅぅぅんっ!」

「あべしっ! え、なんで殴るん!?」


 逆神大吾は逆神六駆とは違う路線のダメなおっさんの最終進化を遂げようとしていた。

 いわゆる「生活費に手を付けて、さらに嫁に小遣いをねだる」タイプである。

 子供のお年玉をくすねてギャンブルに勤しむタイプである。



 割と救いようのないタイプである。

 光合成してくれるその辺の草の方がずっと価値のあるタイプである。



「僕があれだけ厳重に、1日に1段階しか解除されない錠前スキルをかけておいたのに?」


「はっはっは! 父さんを舐めちゃいかんぞ、お前! まだまだ、息子の仕掛けたロックくらい外せるさ! あ、今のは錠前のロックと六駆をかけた高度なジョークでな、今から行くガールズバーで披露するのも良いかべっしゃあぁぁぁぁっ」


 親に手を挙げる者は世間一般でクズと呼ばれる。

 ならば、甘んじてクズのそしりを受けよう。

 六駆はその後、3発ほど『豪拳ごうけん』を自分の父親に叩き込んだ。


「ちょ、待ってくれ! お前、本気はなしじゃん!? 本気の六駆と俺が対等に戦えるわけないじゃん!?」

「ところでさ、親父」


「嘘だろ、お前! 父親ボコっといて!? ところでって流れになる!?」

「なる。ところで親父。スカレグラーナって覚えてる?」



「ああ! 駅前に出来たメイド喫茶だろ?」

「こんな事を親に言わなきゃならない子の気持ちは分からないかな? ……ぶち殺すよ?」



 逆神家は加齢とともにまず記憶が消え失せるらしかった。

 六駆くんだって人の事言えない癖にと思わないでもないが、今回は大吾が生活費を使い込んだと言う重罪を犯しているので攻守交代は存在しない。


 ずっと六駆のターン。


「あ、ああ! アレだろ!? ハリウッド女優の!! えっ、違う? じゃあ、あれだ! 北欧のサッカー選手!! それも違う? 分かった! サバンナの部族の名前だ! はぁぁぁぁんっ!?」


 六駆おじさん、ここで『豪脚ごうきゃく』を繰り出す。

 まだモンスターに使った事のないスキルを身内に使うな。


「もういいや。分かったから、ちょっとこっち来て」

「どこ行くの!? 待ってくれ、父さんジャージだし! せめて、背中にブルドッグのついたよそ行きのジャージに着替えさせて! あああっ!!」


 六駆は不毛な15分を過ごし、大吾の首根っこを捕まえて『ゲート』をくぐる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ただいま。……ふんっ」


 ヌーオスタ村に戻って来た六駆は、大吾を放り投げる。

 それに群がるのは村の衆。


「おお! サカガミ! サカガミ!!」

「確かにサカガミ! なんか太ったけど、サカガミの煌気オーラ!!」

「ちょっと臭いけどサカガミ! 清潔感のないサカガミ!!」



「な、なんなんですか!? ここ、どこですか!? なんで俺連れてこられたんですか!?」

「最悪だ。身内の恥を晒すとか。本当に最悪だ。禁則事項以外の何者でもないよ」



 とりあえず腹立ちまぎれに大吾を蹴る六駆。

 ドメスティックな空気が立ち込めるが、それを止める者はいない。


『まあまあ、逆神くん! 落ち着いて! ね、ここは冷静に! 時間もないし!!』


 いた。

 チーム莉子の頼れる上司。その名は南雲修一。

 彼は、相手がどんなにどうしようもないおっさんでも、礼節を忘れない。



 そんなの六駆とのやり取りを見ていたら分かる? これは失礼。



『逆神くんのお父様。お目にかかるのはこれがはじめましてですね。私は南雲と申します。逆神くんにはいつもお世話になっております』

「おお! あんたが南雲さんか! この間はエビスビールの詰め合わせを送ってもらっちまって、どうもすみません! すっげぇ美味かったです!!」


 南雲と大吾。同じおっさんなのに、この埋めようのない差はいかがしたものか。

 ちなみに南雲は六駆の身柄を引き受ける事になった際に、逆神家へビールの詰め合わせと手紙を送っていた。


 ビールは主に大吾が飲んで、手紙は四郎が読んだ。

 返事も四郎が書いた。大吾はその分ビールを飲んだ。

 現世が夜中でなければ、六駆も南雲も迷わず四郎を連れて来ただろう。


「時間がないから手っ取り早く説明するよ。親父は王都のなんだっけ?」

「もぉぉ、六駆くんってば! ヘモリコンだよぉ!」


「あ、そうそう! ヘモリコンに通じる『ゲート』出して! 行った事あるから、『基点マーキング』くらい残してるでしょ?」

「あーあー!! ここスカレグラーナか! いや、懐かしいなぁ! なんか竜がいたとこだろ! 思い出した、思い出した!!」


 話のテンポが3つくらい遅れる。

 ダメなおっさんの持つ108ある必殺技のうちの1つである。

 そして六駆の堪忍袋の緒が切れる。この1時間で通算4度目。


『ジェロードさん! 悪いけど、六駆くんを押さえてください!』

「うむ。事情は知れぬが、拝承つかまつった。逆神六駆よ、気を鎮められよ」


「ぐぅぅ! なんでこんな時に全力出してるんですか、ジェロードさん!! 結構ガチで動けない!! おい、クソ親父! あんたが封印した古龍が残り2匹、この世界で悪さしてるんだよ!! 責任取って、冥竜とか言うヤツ倒してこい!!」


 ちなみに、クララと芽衣も一緒になって六駆を押さえつけているため、彼は本気で振りほどけない。

 チーム莉子、頭脳プレーを見せる。


「ええ……。いきなり古龍と戦えって言われてもなぁ。なにせ、俺は引退してからもう20年くらい経つ訳だし? そんなこと言われても、準備がさぁ」


『逆神さん。探索員協会として非公式にはなりますが、依頼させてください。報酬は逆神くんに支払いますので』

「マジっすか!? 報酬が!? やります!!」



『逆神くん。君は怒るかもしれないけど、親子って似るものだね』

「ヤメてください! 僕はこんなポンコツじゃないですよ!!」



 誰も言わないのなら、ここでハッキリさせておこう。

 逆神六駆と逆神大吾、彼らはお金を前にすると、ほぼ思考回路が同じになる。


「よっしゃあ! 20年ぶりに使うけど、出るか!? 『ゲート』ぉぉっ!! お、出た!!」


「あのー。パパさん? なんかその『ゲート』、小っちゃくないですかにゃ?」

「あら、クララちゃん! こんばんは! うん、俺もビックリしてる。これ、通れるかな?」


 大吾の出した『ゲート』は、だいたい1メートルくらいの高さしかなかった。

 でもまあ、ギリギリ通れるだろう。


「じゃあ、冥竜倒したら帰って良いから。行ってらっしゃい」

「おう! 行ってくるぜ!!」


 サーベイランスの南雲が大吾を呼び止める。

 どうしても確認したい事があったのだ。


『逆神さん! 何故あなたは、古龍を討伐ではなく封印したんでしょうか? 高度な理由があるのだと愚考しますが』


 すると大吾は汚い笑顔を見せて、ハッキリと答えた。


「いや、普通に倒せなかったんですよ! もう、3匹同時に相手とか、キツいのなんのって! 奇襲しかけたってのに! んで、無理やり封印する方向にシフトチェンジしたんですわ! じゃ、行って来まーす!!」


 南雲は1分ほど黙った。

 コーヒーを飲んでいたのだ。


 カフェインを補給して、六駆に尋ねる。


『お父上を独りで行かせて大丈夫なの?』

「問題ないですよ。ガチで死にそうになったら助けに……行かなくて良いか!!」


 南雲は『君の家ってなんだか嫌だなぁ』と呟いた。

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