第435話 作戦前夜 ~それぞれの夜~

 いよいよ『アトミルカ殲滅作戦』の決行を明日に控え、太陽が定時で退社して月が出勤して来る時分になった。


 これまでにない規模の作戦である。

 胸に宿す正義の炎も人それぞれ。

 ここでは戦いを控えた探索員たちの夜を可能な限りお伝えしていこうと思う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 久坂家では。


「さあ、トンカツが揚がった! 久坂剣友! 塚地小鳩! サクサクのうちに食べて欲しい!!」


「ほぉ! こりゃあええ匂いじゃのぉ! 戦いの前はトンカツに限るわい! ゲン担ぎっちゅうのも意外と馬鹿にできんけぇ!」

「美味しそうですわね! では、わたくしクララさんと芽衣さんも呼んできますわ!」


 小鳩の運転する車に同乗して、どら猫クララと芽衣も久坂家にやって来ていた。

 2人を呼んでも良いかと師匠に尋ねた小鳩。

 「どうせ明日にゃ【稀有転移黒石ブラックストーン】で本部行くんじゃけぇ、お主らも泊まっていきゃあええで!」と快く招き入れた久坂。


「うにゃー! やっとレポート終わったぞなー!! 日須美大学も酷いとこだにゃー。探索員の仕事で講義に出られないって言ったら、みんながレポート書けって言うんだにゃー。ねー、芽衣ちゃん! 酷いにゃー?」

「みみみっ! 小鳩さん! クララ先輩の監視任務を終えたのです!! みみみっ!! 1時間しか居眠りしなかったです!!」



「えっ!? クララさん、レポートを3つも済ませたんですの!? ……なんだか不吉ですわね。大事な作戦の前ですのに」


 マジメなどら猫が黒猫みたいに凶兆の象徴になっていた。



「ひょっひょっひょ! やっぱり若いもんがようけおると賑やかでええのぉ! お主ら、たんまり食うちょけよ! のぉ、55の!」

「確かにそうかもしれん!」



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらはイギリスに浮かぶ、人工島・ストウェア。


「やだー! おっぱい男爵、ステキ! まさか活きの良いおっぱいのデリバリーサービスしてもらえるなんて! すごいぞ、男爵! よっ! ワールドワイドおっぱいマスター!!」

「ポイントカードがいっぱいになっていたんです。明日死ぬかもしれませんから。だったら使っておかなければと思いまして」


 カルケルからストウェアに戻って来た川端一真監察官が、本気を出していた。


 彼の行きつけのお店『OPPAI』では、日本円での支払いが可能。

 20000円につきスタンプを1つ押してもらえる。

 そして、スタンプが100個貯まると出張サービスと指名サービスを優先的に受けられる。


 別にタダでサービスを受けられる訳ではないので、普通に川端が料金を支払っている。

 この飽くなきおっぱい道を歩む男にも、いつか春は来るのだろうか。


「川端さん! 自分は、自分はやってやりますよ! 一等戦功を挙げて、ストウェアから本部に転属させてもらうんです! ぐぅぅぅっ! なんだこの酒! 喉が焼ける!!」

「あららー! 水戸くん! 下戸なのにテキーラなんて飲んじゃって! じゃあね、おじさんが美味しい飲み方教えてあげる! ジェニファーちゃんのおっぱいにテキーラを注いでー!!」


「何やってるんですか、雨宮さん!! ……次、私の番ですよ!?」

「男爵はピッツァでも食べてて! ピッツァ!! それすっごい不味かったから!!」


「う、うぐぅぅぅっ! 酒の勢いでも借りないと、やってられませんよぉ!! すみません、キャシーさん、今のお酒もう一杯ください! えっ? ジェシーさん!? じゃあ、今のキャシーさんもう一杯ください!!」



 既に何かが崩れ去ろうとしているストウェア組であった。



「ところでさー。男爵に水戸くん。日本との時差考えると、もうそろそろあっち朝だよ?」

「嘘でしょう、雨宮さん。早く代わって下さい!! ジェニファーちゃん!!」

「も、モルスァ……。うぐっ、ふぐがが……。気持ち悪い……」


 多分彼らはこの作戦でひどい目に遭うだろう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 南雲修一のマンションでは。


「南雲。肉が焼けたぞ。しかし、お前のマンションは直火じゃないのがいかんな。やはり肉は直火焼きに限る」

「すみません。オール電化と言う響きに魅力を感じてしまいまして。新居はガスコンロもあるキッチンにしましょう」



 いきなり「将来の事を語り合う」という死亡フラグを踏み抜いて行く熟年カップル。



「先ほど加賀美くんから連絡が来ましたよ。今回、坂本くんは置いて行くそうです。修行は一応したそうなんですが、戦いについて行けそうにないと」

「そうか。律儀な男だな、加賀美も。そのような報告、明日の出撃前でも良いだろうに」


「あ、いえ……。加賀美くんが言っていました。南雲さんに連絡すれば、一緒に居る五楼さんにも伝わると思った……と……」

「……おい。どうして私が貴様のところにいる事がバレている? しかも、良識派の加賀美にだと!? ゴシップからは縁遠い男だろうに」


「……あの、実は屋払くんと和泉くんからも先ほど連絡が。屋払くんは五楼さんに明日の装備の変更の言伝を、和泉くんには点滴パックを持参しても良いか五楼さんに尋ねて欲しいと言われました」

「なん……だと……。どうしてヤツらは私の居場所を把握している!?」


「すみません。私にも分かりません」


 君のところのオペレーターが怪しいとなぜ思わないのか、監察官きっての知恵者よ。


「もしかすると、ヤツらも修行で煌気オーラ感知能力の腕を上げたのか? しかし、この私の抑えている煌気オーラを気取るとは。……やるな」


 あなたのところのオペレーターも一枚嚙んでいますよ。


「とりあえず、お肉を頂きましょうか。せっかく五楼さんが上等なものを持参してくださったので」

「ああ。しかし、お母上の辛子高菜は絶品だな。作戦が終わったら習いに伺うのも悪くない」


 死亡フラグ以外がほとんど存在しない南雲と五楼の夜も更けていく。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 お待たせしました、逆神家。


『さっきねぇ、そっちにええもん送っちょいたからね! お父さんの【黄箱きばこ】に封印するように頼んじょったから、お腹空いたら食べるんよ!』

『頑張ってねー。六駆、莉子さんー。お好み焼きはスキルで温めて食べてねー』


 テレビ電話中の六駆と莉子。

 相手はみつ子とアナスタシア。



 驚異的な技術でお好み焼きを新鮮なまま封印した話をしているところである。



「ありがとう! いつもは莉子がご飯用意してくれるんだけど、明日は忙しいからさ! 助かるよ、お袋! ばあちゃん!」

「すみません、アナスタシアさん。みつ子さんも。わたしは作るよって言ったんですけど、六駆くんが早く寝ようって言うので」


 いかがわしい意味ではありません。

 六駆くんにそんな甲斐性はありません。


『ええのよ、ええの! あと、莉子ちゃん! みつ子さんなんて呼ばんでよ! おばあちゃんって言うてええんじゃからね!』

『私も、ママーとか、お母様ーとか呼んでくれて良いのですよー』


 莉子は「ふぇぇ」と恐縮しながら、ニッコニコの笑顔であった。


「じゃあ、そろそろ僕たちは寝るから! あっ、そうそう! 親父ね、飲みに行くとかさっき電話してきたよ! その前はパチンコ屋に行ってたみたい!」

『そうかね! 六駆もばあちゃん想いの子になったねぇ! 今度、ゼリーみたいな名前の分からない甘いお菓子あげるけぇね!』


 電話を終えた2人は「おやすみなさーい」と速やかに就寝した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 最後に逆神大吾。

 行きつけのガールズバーまであと500メートルの地点だった。


「大吾!! あんたぁ! まーたそがいな店に行きよってから! アナちゃんが可哀想じゃろうがね!!」

「げぇっ!? 母ちゃん!? なんで!?」


「いつから母さんが『ゲート』を使えんと思っちょったんかいね? さぁぁぁぁぁぁぁっ! 『餓狼砲ウルファング』!!!」

「マジかよ、母ちゃん!! 街中でそれ撃つか、普通!! おぎゃあぁぁぁぁっ!!」


 各々の夜が過ぎていき、朝日が昇れば決戦の日。

 続々と使命を帯びた者たちが協会本部に集まり始めていた。

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