第434話 逆神家の女たち

 逆神みつ子の放った煌気オーラ砲で逆神大吾がぶっ飛んで行った。


「勘弁してくれよ、母ちゃん! 普通、久しぶりに会った息子に攻撃してくるか!?」

「黙りな、このバカタレ!! あたしゃ、老人会では『呉の狼牙ろうが』で通ってんだよ!! その息子が、定職にも就かずいい年してギャンブルばっかりしちょるなんてねぇ! 誰にも言えやしないよ!! 『呉の鮮血の雨合羽ブラッドレインコート』で有名なよし恵さんにもため息つかれたんだよ!!」


「なんだよ、母ちゃんの入ってる老人会おかしいんじゃねぇの!?」

「おかしいのはあんたの頭じゃろうがね!! お父さんは優しいから何も言わんけどねぇ! あたしゃ、いつでもあんたを亡き者にする覚悟はあるんよ!!」


 大吾は口先三寸で適当な言い訳をさせたら右に出る者なしと謳われるダメ人間。

 対して、みつ子は正論でぶん殴っていくスタイル。



「あ、アレだよ! こんなデカい音立てたら、ご近所迷惑だろ!?」

「結界構築してあるから平気だよ! 社会に迷惑かけちょるあんたが何を言うんかね!!」



 ぐうの音も出ないフィニッシュブローが炸裂した。


 逆神みつ子は逆神家の男たちと違い、先天的なスキル使いではない。

 煌気オーラが発現したのは50代になった頃。

 探索員協会にもそのような記録はない実に稀有な事例である。


「じいちゃん。カルピス勝手におかわりしていいかな?」

「それじゃったら、ワシが淹れて来ようかの。莉子ちゃんも飲むじゃろ?」


「あ、はい。ありがとうございます!」

「それにしても、いつ来ても綺麗な台所だの。アナスタシアさんは几帳面だからの」


 六駆が2杯目のカルピスをぐびぐびやっていると、緑の髪をした美人がやって来た。


「あらー。六駆! もう来ていたのですね。私ったら、お布団の用意に夢中で気付きませんでしたわー」

「お袋! 久しぶり! 元気そうで良かったよ!」


 緑の髪が似合うのは、異世界人かロバートの馬場さんくらいである。

 つまり、逆神アナスタシアはどこからどう見ても異世界人であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 アナスタシアは異世界・ノムルラートの王女だった。

 と言うか、今でも王女である。


 ノムルラートには善人しかおらず、住人の99.9パーセントが聖の煌気オーラを持っている。

 そんな世界に突如として発生した異形のモンスター。

 そこに転生したのが周回者リピーター時代の逆神大吾であった。


 彼の属性の性質は言うまでもなくダメ煌気オーラ

 そして、異形のモンスターたちに効果的だったのも負の煌気オーラ


 瞬く間に国を救い、彼は英雄として王宮に招かれた。

 そこで当時は姫だったアナスタシアがうっかり一目惚れをしてしまう。



 ノムルラート最大の悲劇であった。

 「お嬢様はちょっと悪い男に惹かれる」パターンである。


 ちょっとじゃねぇ事は承知しております。



 美人に惚れられると、やる事は1つ。

 大吾はその後3年もノムルラートに用もないのに居座り、せっせと子作りした結果、六駆が生まれた。


 だが、「そろそろパチンコ屋が恋しいから帰るわ!」と言い出した大吾。

 「ならば私もお供いたします」と言ってついて来たのがアナスタシア。


 ノムルラートには善人しかいないので、「たまに女王として顔を出してくれたら別に異世界に住んでもいいですよ」と住人たちは国を挙げて見送った。


 だが、アナスタシアには特異な能力が備わっていた事が現世に来て分かる。

 それは「無意識の状態で周囲の人間に煌気オーラを付与、さらにそれを増強してしまう」というもので、煌気オーラ総量も凄まじいアナスタシアの周りではすぐに影響が出始めた。

 まず、義母のみつ子が煌気オーラに目覚めた。


 「これはおかしい」と四郎が調べたところ、その特異能力が判明する。


 既にお察しの方も多いかと思われるが、小学校に入るまでアナスタシアと呉で生活していた逆神六駆。

 彼も母の特異能力の影響をバリバリに受けており、元から高かった潜在能力が「頭のおかしいレベル」へと到達していく事を誰も止められなかった。


 なお、アナスタシアが影響を与えるのはあくまでも「聖の煌気オーラに対して」であり、「負の煌気使いとにかくダメなヤツ」である大吾にはまったく何の変化も現れていない事を付言しておく。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 と、そんな話を莉子に話した六駆。


「ふぇぇ……。六駆くんのお母さん、とっても凄い人なんだぁ……」

「いえいえー。私なんて、お料理が好きなただの主婦ですよー。莉子さんは既に強い力をお持ちですわねー。六駆ったら、ステキなお嬢さんを捕まえましたねー」


「そうなんだよ、お袋! 莉子は頭も良いし、料理も上手なんだ! あと、戦わさせてもセンスの塊で! しかも遊びに出掛けたらご飯をご馳走してくれるし!!」



 六駆くん。スタイルについてはまったく触れない危機管理能力を発揮する。



「まあまあー。お時間がある時に、一度ノムルラートへいらしてくださいなー。国賓として歓迎いたしますわよー」

「ふぇぇ!? こ、国賓ですか!?」


 そこに焼け焦げた大吾を引きずってみつ子が戻って来た。

 愚息を部屋の隅に放り投げると、笑顔に戻り孫のために作っておいた料理をテーブルに並べる。


「さあさあ、しっかり食べんさいよ! 2人とも、まだ高校生じゃけぇね! いっぱい食べて、栄養取らんとね!! お父さんにはビール冷やしてあるけぇね!」

「こりゃすまんの。ああ、電話でも話したがの、探索員協会の久坂さんと五楼さんと言う方のおかげで、どうやらワシら同居できそうだぞい」


 みつ子は「ありがたいねぇ!」と言って喜んだ。


「じゃけど、あたしらもここでの生活に慣れちょるからねぇ。アナちゃんは特に、現世で呉以外の街に住んだことはないけぇ。まずは時々遊びに行くくらいから始めようかってアナちゃんとも話よったんよ!」

「はいー。私、お母様の老人会のお世話もありますのでー。皆さんお年を召していることなんて感じさせないくらいお元気でー。うふふー」


 アナスタシアの特異能力については前述の通りである。

 つまり——。



「最近はみんながねぇ、スキル使うの楽しみにしちょってねぇ! 節子さんは『呉の紅い弾丸デッドバレット』って呼ばれ始めたし、久恵さんは『呉の断頭台ギロチンキラー』っちゅうてね! 最近力を付けて来たんよー!!」


 呉市の一部でアトミルカばりの力を備えた、戦う老婆集団が生まれていた。



 では、協会本部になにゆえ知られていないのかと言えば、みつ子の張った広域結界の影響。

 アナスタシアと常に同居している事でその強度は増すばかり。

 よって、この町の異常な煌気オーラ値は完全に隠匿されているのである。


「六駆はお金貯めよるんてねぇ! 偉いねぇ! お父さんも仕事始めたし、逆神家の未来は明るいねぇ! 莉子ちゃんも、遠慮せんといつでも遊びに来いさんね!!」

「わぁ! ありがとうございます! 是非! このいなり寿司の作り方、教えてもらいたいですっ!!」


 莉子さん、さすがの順応力を見せる。

 既に逆神家別宅の異常さに慣れたご様子。


 それから夜まで宴の席は続き、夜になると回復して来た大吾が「よっしゃ! アナスタシア! 六駆に弟か妹でも作ってやるか!!」とギリギリを攻める気配を見せ始めたため、みつ子が『餓狼砲ウルファング』で再びこんがりと焼き上げた。


 なお、六駆と莉子は布団を並べて夜を過ごしたが、健全な高校生カップルの彼らには何もなかった事をここで明言しておく。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「じゃあね、お袋! ばあちゃん! 次の作戦が終わったらまた来るよ!」

「お世話になりましたぁ! とっても楽しかったですっ!!」


「待っちょるけぇね! 無理はしちゃいけんよ!!」

「六駆! 莉子さん! 頑張ってくださいねー。次は私がそっちへ行きますからねー。困った時は呼んでくださいねー。お母さん、子供たちのためなら頑張っちゃいますー」


 みつ子とアナスタシアに手を振って、『ゲート』で移動時間2秒の帰宅をキメた逆神家。

 久しぶりの母の顔は、六駆の心を少し穏やかにした。


 そして彼らは再び戦いの地へと赴く。

 なお、『ゲート』をしまった後に大吾がいない事に気付いた六駆だが、「しまった! なんちゃって! ははっ!」と笑って家の中へ入っていった。

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