第591話 【苦労人のあっくん・その7】スマートなエージェントみたいになった、賢いワンコ!!

 莉子ちゃんがヴァーグルの2割を粉々にしていた頃。

 逆サイドではあっくんがハゲたおっさんの唇、もといドン・ドルフィンと戦っていた。


「どうした! 動きが鈍いぞ! 『桃色爆水流唇ダイナマイトキッス』!!」

「動きも鈍くならぁ……。俺ぁ野郎から投げキスされ続けてんだぜぇ? さすがに心が追いついて来ねぇんだよなぁ。防ぐのも相殺すんのも気が進まねぇ」


 あっくんは常にドンのスキルを回避していた。

 ハゲた脂っぽいおっさんの放つ投げキスには触れたくないのだ。


 そこに救世主が現れる。


「……隙ができました! 阿久津さん、ここは小生にお任せを!! ぐふぁっ!! なんのぉ!! 『磁力吸引力場マグネティックゾーン』!! げはぁっ!!」


 ドンはどう見ても鉄製の装備を身に着けていた。

 先ほど、あっくんのスキルを相殺した際にその鉄の鎧を一部剥ぎ取り依り代として鋼鉄属性のスキルを発現していたシーンを、和泉隊員は見逃さない。


 彼は体が弱く、強力なスキルの発現に耐えられるのは良くて3回。

 使いどころは熟慮する必要がある。

 だが、それを見極めたなら躊躇はしない。


 それが親友のためであれば、是非もなし。


「あんたはよぉ。まーたそうやって無理しやがって。まったく、俺に罪悪感与えるのがうめぇ人だぜ。くははっ」

「ご安心を。小生、今日も絶好調でげふっ」


「そうかぃ! んじゃ、この機会を活用させてもらうぜぇ!! おらぁ!! 結晶シルヴィス、展開!! 覚悟はできんだろうなぁ? 投げキス野郎!!」

「ま、待て! こちらは身動きが取れんのだぞ!? そんな状態で勝って功を誇るのか!?」


「くははっ。犯罪組織のてめぇに講釈されるとはなぁ。耳が痛ぇぜ。俺ぁ性格が悪ぃんだよなぁ。卑怯? 結構じゃねぇかよ。俺の功になってくれや! おらぁぁぁ!!」

「ま、待て! キスしてやるから!!」


「黙ってろぃ! 『紅色結晶大火星弾シルヴィス・グラン・アーレス』!!! ま、殺しゃしねぇよ。運悪く死んじまったら諦めろぃ。くはははっ」


 阿久津&和泉のズッ友コンビ。

 ドン・ドルフィンに完勝する。


「和泉さんはしばらくそこで転がってな。俺ぁ向こうの様子見て来るからよぉ」

「承知しました。足手まといになり、申し訳ないです」


「あぁ? あんたが足手まといになった事なんかあったかぁ? 俺ぁ記憶力も悪ぃからよぉ。全然覚えてねぇなぁ。くははっ。帰ったらよぉ、胃腸に優しいうめぇ雑炊食わせてやるぜぇ? やたらと飯作るのが趣味のヤツがいるんだよなぁ」

「ふふっ。それは楽しみです。では、お言葉に甘えてしばし倒れ伏しております」


 あっくんは和泉隊員の周りに結晶の衛星をいくつか展開し、自動防衛プログラムを付与してから未だ交戦の続いている反対側へと駆けだした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 アシッド・ブラウンは左足を負傷していた。

 だが、莉子ちゃんの加減ミスった『旋風太刀風せんぷうたちかぜ』を喰らってその程度で済んでいるのは幸運である。


 が、もちろん運だけではなく、賢いワンコの機転によるところが大きい。


「困った。ババアが褒めてた子がいる! 女子大生!!」

「わぁぁぁ! ワンちゃんだぁ! 久しぶりー!!」


 ポッサムくん、早くも莉子ちゃんのハートをゲットする。


「ま、待ってくれ。小坂さん。あの犬……犬なのか? あれは一体!?」

「えっとぉ、とても賢いワンちゃんです!」


「……それは見たら分かるが。君は面識があるのか?」

「はいっ! カルケルを襲ってきた、見る目がとてもあるおばさんと一緒にいたワンちゃんですよ! 煌気オーラブレスを吐いて、動きは『瞬動しゅんどう』を使ったわたしと同じくらい速いです! あと爪から煌気オーラの斬撃を飛ばしてきたりもします!! 可愛いですよねぇ!!」


 敵のヤバさを理解した水戸監察官。

 現在はおっぱい覚醒モードなので、戦意高揚中の彼。

 思考も「いかにして敵を倒すか」に注力されており、普段ならば撤退を進言してもおかしくないシーンにも関わらず、水戸監察官は煌気オーラを拳に集約させる。


「私も援護します! 莉子ちゃんに比べたら存在価値なんてないくらいの威力ですけど! 初手は警戒されるはずなので、陽動になると思います!!」

「青山さん! 自分のために多くの配慮を!! 申し訳ない!!」



「あの。水戸さん? 申し訳ないって言えばおっぱい凝視しても良いと思ったら大間違いですよ? 私じゃなかったら、訴訟ものですからね?」


 そんな事を言いながらも既に許してしまっている青山仁香さん。25歳。

 彼女は恋に落ちると絶対沼にハマるタイプである。守りたい、この心。



 水戸くんも煌気オーラチャージ完了。

 莉子ちゃんはずっと解放状態なので、ノーモーション、ノーチャージでスキルが撃てる。


 撃てるだけで成功するとは言っておりません。


「では、自分の合図で一斉に仕掛けよう! 2人とも、問題ないね!?」

「了!!」

「はいっ!!」


 まず先陣を切ったのは水戸監察官。


「うぉぉぉぉ!! 『蛇神糸締縛棘スネイクレッドバインド』!!」


 かなりの煌気オーラを消費するが、太く丈夫な煌気オーラ糸を大蛇のように自在に動かした上で敵の捕縛を図る極大スキルである。


「援護します! 『ソニック・ミラージュショット』!!」


 続けて青山さんが約100本の煌気オーラを纏わせた手裏剣を投じた。

 そのうちの90は幻だが、煌気オーラ感知に集中しなければどれが実態を持っているものなのかは瞬時に判断できない。


 常に隊長の補佐を担う彼女の強スキル。

 自分が目立とうと一切考えず、誰かの勝利に徹する姿勢は称賛に値する。


 2つのスキルが同時にポッサムに襲い掛かった。

 ワンコの対応も早い。


「アメリカ! 背中に乗れ!!」

「わぁお! ポッサム氏、格下の私を乗せてくれるのかい!?」


「戦闘中に格とか関係ない! 勝つ、最善選ぶ! それだけ! 掴まれ、アメリカ!!」


 ポッサムは両足に煌気オーラを溜めて、空高くジャンプした。

 その距離は100メートルを優に超え、まず青山さんの投擲スキルの射程外に出る。


「アメリカ! あの縄、撃ち落とせ!!」

「了解だよ! ポッサム氏!! 『狂酸性雨の大砲アシッドバズーカ』!!」


 アシッドも若返りによって実力を上げており、ポッサムのサポートがあれば極大スキルを撃つことも可能。

 ひょっとすると、実戦を重ねればさらに化けるかもしれない。


「小坂さん! 後詰を頼む!」

「頑張って! 莉子ちゃん!!」


 だが、まだ地上にはこの子がいた。


「やぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 煌気オーラを高める莉子ちゃん。

 だが、コントロールがイマイチなので、大半は体から溢れて行く。

 それでも充分に驚異的な煌気オーラを留める事には成功。


「もぉ! なんか上手くいかないっ!! けど、身体強化ならイケる!! 気がする!! たぁぁ! 『跳躍翔フロッパー』!!」


 きっと大半の人が覚えていないだろう。

 『苺光閃いちごこうせん』無双を始める少し前、ルベルバック戦争の辺りで時々使っていた、大ジャンプをするスキルである。


 莉子ちゃんが上空へと猛スピードで跳び上がる。

 ポッサムの高度を超えてもなお勢いは収まらず、ようやく止まったと思えば、彼女は手刀を構えていた。


「さっきので感覚を取り戻したんだからぁ! ワンちゃん、ちょっとお仕置きだよ!! てぇぇぇい!! 『飛来フライ斧の一撃アックスラッシュ』!!」


 先ほど地割れを産み出した事を軽く忘れている莉子ちゃん。

 振り下ろした手刀からは「これが斧? 冗談じゃない。明日猟友会に来てください。本物の斧をお見せしますよ」と山岡士郎に言われるのは必至と思われる、凶悪な斬撃が繰り出された。


 あと、どうしてわざわざアレンジスキルにするのですか。


「これ、やべぇ! アメリカ、全力で掴まれ!」

「アイアイサー!」


「オレ、ブレスに名前付けた! 『豪風の息ダジガナル』!!」


 ポッサムは真横に風属性のブレスを全力で吐いた。

 飛行する術のないポッサムだが、こうすれば強引に推進力を得る事が出来る。


 結果、ワンコとアメリカはヤベェ手刀の悪夢から逃れる。


 その悪夢は地上にいる味方に向かうのだが、莉子ちゃんは煌気オーラ供給を止めない。


「ふぇぇっ! 煌気オーラで足場が作れないっ!! お、落ちるぅ!! ひゃぁぁ!!」


 着地の事を考えていなかったため、莉子ちゃんは莉子ちゃんで大ピンチ。

 そこに駆けつけてしまったのが、「苦労は友達、怖くないよ!」でお馴染み、我らがあっくん。


「あぁ……? こりゃあ何の冗談だぁ? 勘弁しろぃ。何から手ぇ付けりゃ良いんだって話なんだよなぁ。水戸さん! まだ極大スキルいけっか!?」

「ああ! だが、もう一発が限界だ! その先はおっぱいが切れる!!」


「……真顔で言ってるところがよぉ。頭痛くなって来るぜぇ。ならよぉ、小坂のスキルは俺と水戸さんで対処! 青山さんはあの爆弾娘をキャッチしてくれぃ!」

「了!」


 敵を討つためのスキルだったのに、今まさに味方が討たれようとしている事実。

 みんな、一体何と戦っているんだ。

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