第592話 【苦労人のあっくん・その8】賢いワンコ、撤収する! ~遊撃隊は莉子氏のスキルに全力です~

 迫りくる『斧の一撃アックスラッシュ』が今まさに遊撃隊に向かい牙を剥く。

 この場のワンコはポッサムだけかと思っていたが、よく考えれば莉子ちゃんも最近は恋愛ワンコ乙女。


 牙を剥く相手を間違えた以外はだいたい合っている。


「ふぇぇぇ! ごめんなさぁーい!!」


 落下中の莉子ちゃんは冷静さを取り戻し、意外と余裕のある様子で「うっかり殺しかけてすみません」と反省しながら地上目掛けて一直線。

 ちなみに彼女は「ぶつかる瞬間に煌気オーラを地面に放出したら、きっと大丈夫だよねっ!」と考えている。


 莉子ちゃんはその方法で普通に助かるが、ヴァーグルの存在が消滅するので、できればヤメて頂きたい。

 そんな我々の希望を一身に背負って空中を小刻みに駆け上がって行くのは、青山仁香Aランク探索員。


 潜伏機動部隊ではとにかく機動力に重きを置いた煌気オーラ運用が徹底され、水中や空中に煌気オーラで足場を構築するのはお手の物。

 飛行スキルが使えない前提であれば、彼女の空中での自由度は極めて高い。


「莉子ちゃん! 受け止めるからそのままこっちに!!」

「青山さん!! ありがとうございますー!! うわっぷ!!」


 青山隊員、無事に莉子ちゃんを胸でトラップ。

 なお、トラップされた方の乙女は一瞬で涙目になる。


「ふふっ! 莉子ちゃんでも怖い事ってあるのね! もう大丈夫だよ!!」

「ふぇぇ。青山さん……。Cカップって普通に柔らかいし、弾力あるんですね……。わたし、AからCくらいまでって誤差かと思ってましたぁ……。ふぐぅ……」


 青山さんは思った。


 「この部隊、おっぱいの話ばっかりでなんか嫌だな」と。


 そしておっぱい警察の諸君。

 莉子ちゃんは1ランクの詐称をしておりますが、本当に誤差の範囲なのでこれは厳重注意で留めて頂きたい。


 術者は救出されたが、地上に残るあっくん、水戸監察官、和泉Sランクは依然として生と死の狭間に立っていた。


「おらぁぁぁ!! 『結晶外殻シルヴィスミガリア』解除! 全ての結晶を1点集中!! ……ちっ。やべぇな。俺ぁ煌気オーラが心許なくなってきやがったぜぇ。水戸さん、準備良いかぁ!?」

「任せてくれ! 自分はこれでも監察官! 信用してくれて大丈夫だ!!」



「今日のあんたを見てよぉ、そのセリフ鵜呑みにするヤツぁ。多分、どんな悪徳商法にも余裕で引っ掛かるだろうなぁ」

「阿久津くん。力を手に入れるには代償が必要なんだ……。分かって欲しい……」



 分かりたくないあっくんは返事をせずに、和泉Sランクに声をかけた。

 しばらく地面と一体化する事で体力を取り戻した彼は、既にあっくんの注文を察している。


「お任せください。小生はお二人のスキルを増強させます!」

「悪ぃな。結局あんたにゃ無理させちまう」


「なにをおっしゃいますか! 小生、阿久津さんのためならば命を削ることくらい! 異世界ゲレで命を救ってもらった御恩は忘れていませんげふぁ!!」

「んな事言ったら、俺ぁ、あんたに色んなものを貰いすぎてんだよなぁ。……ちっ。しょうもねぇこと喋っちまったぜ」


 水戸監察官の煌気オーラ集約も完了して、指揮官に報告する。


「阿久津くん! なんだか自分と和泉くんと、扱いに差を感じるのは気のせいか!?」

「感受性は残ってるようで安心したぜぇ? 俺に敬意を表させてくれよなぁ! おらぁ! 行くぜ、お二人さんよぉ!! 『天川衛星収束砲オ・ガラクスィアス』!!」


 全ての結集から熱線が放たれる。

 さながら空に昇る天の川のような、見た目も鮮やか、あっくんの極大スキルである。


「うぉぉぉぉ!! 自分の戦意よ、昂れ!! 『一糸豪鬼弩流スレッドボルグバウ』!!」


 こちらは水戸信介監察官の極大スキル。

 煌気オーラ糸を数十万本束ねて撃ち出す、超巨大な煌気オーラ砲。

 糸で構築されているので、少々の迎撃を受けても相殺されにくい特性を持つ。


 糸スキル主体で戦えば良いのにと思われるスキル使いの皆様。

 水戸くんのスキルは極めて燃費が悪く、持久戦にまったく向かない。

 よって、普段はムチムチ鞭を使っているのである。


 ちなみにそのアドバイスをしたのは雨宮上級監察官。

 彼はマジメにしていればただの有能なおじさんである。


「小生の出番ですな! 『エクセレンス・タオ・オフェンシブ』!!」


 2つの極大スキルに増強効果のある補助スキルを付与した和泉Sランク。

 3人の共同作業により、放たれた一撃は驚異的な威力を誇る。


 『斧の一撃アックスラッシュ』と衝突すると大気が振動し、空間が一瞬歪んだ。

 次の瞬間には双方の煌気オーラが消え去っていた。


 つまり、あっくんと水戸くんの極大スキルを和泉さんがドーピングしたものと、莉子ちゃんの手加減無用の『斧の一撃アックスラッシュ』がほぼ同威力だったと言う事実。



 もうこの子を当分戦場に出してはいけない気がするのは間違いだろうか。



 なお、あっくんは極大スキルを既に2発撃っており、水戸監察官はわずかな煌気オーラが残ってはいるものの「ああ。こんなところに綺麗なお花が咲いている」などと宣い始めているため、どう見てもおっぱい切れ。

 和泉Sランクは煌気オーラこそ半分以上残っているが、そもそも攻撃スキルが少ない。


 どうやって戦うのだろうか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 だが、事態を伺っていたポッサムは決断を下していた。


「アメリカ! オレたち、撤退する!!」

「わぁお! おじさんは放置するのかい?」


「ハゲの回収はリスキー! せっかく取得したデータが失われる可能性、ある! ババアが怒る! 最優先の目的を遂行する!!」

「しかし、ポッサム氏なら疲弊した彼らに勝てるのでは?」


「オレ、うぬぼれない! ライアン言ってた! 不確定要素と脅威が同時に存在する、これは撤退のタイミング! 4人は倒せる! けど、女子大生は無理! 良くて相打ち! データもなくなる! 遠征任務の意味も、なくなる!!」

「オッケー! 私はポッサム氏に従うさ! 相場の世界でも損切りのタイミングは重要だからね! ふぅー!!」


 やり方を選べば、遊撃隊の何人かを戦闘不能に追い込むことは比較的容易な状況であった。

 にもかかわらず、ポッサムは迷わず撤退する。


 彼が言ったように、今回の目的はモンスターのデータ取得。

 それは果たされ、なおかつ莉子ちゃん以外のメンバーならいつでも処理できると賢いワンコは判断していた。


 よって、戦場にアンタッチャブル過ぎる莉子ちゃんがいる以上、敵が疲弊しきった今こそ退き時だとワンコは語る。


「アメリカ! 目くらましのスキル使え! オレは煙吐く!!」

「イエッサー!! 行くよ! 『漂う酸の毒アシッドミスト』!!」


 ポッサムはアシッドを背中に乗せたまま、煌気オーラの出力を抑えてブレスを吐いた。


「バアァァァァァウ!! 『煙口波デコイガル』!! アメリカ! スキルの名前、イカしてる?」

「最高にクールさ! ポッサム氏には敵わないね!!」


 視界が最悪の状態をきっちり作り出したワンコは脚力強化でスピードを上げ、施設を出たところで転移石を使用。

 そのままデトモルトへと帰還して行った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 あっくんはおおよその状況を推察していたが、念のためサーベイランスを呼ぶ。


「阿久津だぁ。敵の反応のサーチを頼むぜぇ。確実に逃げられてんだろうがよぉ」

『了解しました! ……付近に反応は1つ! これは阿久津さんが倒されたピースの構成員ですね! 煌気オーラ力場で封じられているようですが?』


「あぁ。和泉さんの仕業だなぁ? あんたよぉ、寝てろっつただろうがよぉ」

「これは申し訳ありません。隊長の命令を無視してしまいました」


「ちっ。全然反省してねぇな。とりあえず、任務完了かぁ? 一応、捕虜も一匹捕まえたしよぉ。リコ蜘蛛もぶち殺したぜぇ?」

「あっくんさん。わたしの名前が付いたクモさんたちに酷いこと言ってる……」


 名前を付けたのは君の旦那です。

 責任の所在を追求するなら、まず旦那を責めるべきではないでしょうか。


『あっ! 待ってください!!』

「……勘弁しろぃ。そのテンション、ぜってぇ問題発生の報告じゃねぇか」


『周囲にモンスター反応が多数!! その数……大きいものだけでも、28!! 放置すると施設のセキュリティは先ほどの小坂Aランク探索員による砲撃で壊滅状態ですので、暴走したモンスターが野に放たれます!!』

「あぁ。了解したぜぇ。……前回の太平洋横断させられた任務、ありゃ、今思えば結構楽しかったんだよなぁ」


 賢いワンコ、ポッサムくん。

 撤退する際にきっちりモンスターたちを散布していた。


 疲労の見える遊撃隊の任務完了まであとわずか。

 あっくんは無事に家に帰ってあったかい布団で眠れるのだろうか。

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